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7分小説 『最後の日』 #シロクマ文芸部

 最後の日。

スマホのアラームが鳴って珍しくすんなりと目を覚ました。アップデートしてから使いにくくなったせいで手こずりながらアラームを止める。

昨夜はなかなか寝付けなくて、動画サイトでいい夢が見れるというBGMを聴きながら眠りについたからだろうか。


自分でも意識していないのに

明日、世界が終わるとしたら私はどうする?

という疑問が脳内にポンと思い浮かぶ。

頭を振っても消えることのないその問いを抱えたままトイレに行き、パジャマ姿でダイニングテーブルに着いた。



 時計代わりのTVの中でオフィスカジュアルを着こなしたアナウンサーが芸能ニュースを読み上げるのを菓子パンをかじりながら、だらだらと眺める。

今年の春からメインキャスターになった彼女のたどたどしかった司会進行も今やすっかり板についている。

少々元気すぎる気もしなくはないけれど、朝からそのテンションで仕事ができるのは尊敬に値する。だから私は彼女が嫌いではない。


面倒だから見たり見なかったりする今日の占いは見た日に限って必ずといっていいほど最下位だ。

『そんなさそり座の今日のラッキーアイテムはゴーヤのキーホルダーです。さあ今日も元気にがんばりましょう!』

そんなマニアックなものどこに売ってるのさ! と全くラッキーにさせる気のない番組の魂胆に悪態をつきながらTVを消し、身支度を整えた。



 毎朝最寄りの駅までの通り道にあるコンビニに寄り、カフェオレを注文する。

接客をしてくれるのは毎朝ほぼ同じ、目にも煌びやかな金髪ギャルだ。私は彼女のレジ捌きのスピーディーさに一目置いている。

実は数週間前まで彼女は金髪ではなかった。でも金髪になってからの方が笑顔がよりいきいきしたような気がする。咲き誇った向日葵のように。

きっと彼女の中で何かか弾けたのだろう。

何があったのかは多少気になるところではあるけれど、それを聞けるような間柄ではないし、知ったところでどうというあれもない。

ただ「お待たせしました。ホットカフェオレです」と私に渡すときの丁寧な手つきや、「今日もがんばって。いってらっしゃい!」という彼女の声は変わらず温かく心地いい。

それだけで十分だ。



 カフェオレを片手に駅の改札をくぐると、柔和な笑みを浮かべた駅員さんに「おはようございます」と声をかけられる。

「おはようございます」と返し、ホームの真ん中辺りまで進む。空いているベンチを見つけると腰を下ろし、少し冷めてきたカフェオレを啜った。

そのうち先ほどまで改札にいた駅員さんがホームに出てきてトングとチリトリを持って清掃を始める。それほどゴミが落ちているわけでもないのに、彼は毎朝律儀にホームを清掃する。

点字ブロック付近に何かを見つけたようでふいにしゃがみこむ。どうやら誰かが吐き捨てたガムがそこに貼り付いているようで、その駅員さんはトングをヘラ代わりにしてなんとか剥がそうと躍起になっている。

私は紙コップをゴミ箱に捨てるついでにちらりと彼の後ろ姿に目をやる。尻ポケットから何やら緑のゴーヤのような何かが見えた気もしたが、気のせいかもしれない。

再びベンチに腰かけると、目的の電車が来るまで二、三本電車を見送りながら私は密かにその駅員さんを今日も観察する。


 雪崩のようにどっと降りてくる人たちを見送ってから車内に乗り込む。

毎朝同じ時間、同じ車輌の電車に乗っていると名前も知らないけれど、見知った顔がちらほらいて妙な安心感がある。

その中でも毎日、左右のどちらかにぴょこんと寝癖が残った黒髪で、いつも少しネクタイが曲がっているサラリーマンを私はつい目で追ってしまう。

意図したわけではないが、その黒髪サラリーマンが座っている前が空いていたので、そこのつり革を掴む。

相手もたぶん私の顔を覚えているのだろう。ちらっと私の顔を見やってからスマホの画面に目を落とす。

見るともなしに目に入ってくる彼のスマホ画面は今日も今日とて、誰もがよく知っているアプリゲームだ。

彼は課金する派なんだろうか、とどうでもいいことを思いながら私もスマホを取り出し、またどうでもいい芸能ニュースをチェックする。


 月や日によって多少忙しさに差はあるものの淡々と進む事務仕事。やりがいがあるとかないとかそういう次元を越えて、目の前にあるものをひとつずつ消化していく。

むしろ昼休憩に入った今からが私の本気の見せ所だ。

このオフィスビルの地下にある食堂の、限定日替わり定食をゲットできるかどうかが午後からの私の仕事へのモチベーションにも関わってくるからだ。

正午を告げるチャイムが鳴るや否や急ぎ足で廊下を進み、素早くエレベーターのボタンを押し、そそくさと乗り込む。

この狭い箱に毎度同じメンツが揃うなんて偶然はそうないが、今日も一人だけ見知った顔のヤツがいる。

小顔でスタイルがよく、ムカつくほど端正な顔をした男だ。しかも堅苦しいスーツ姿ではなくラフな格好をしており、そこはかとなくできる経営者風を漂わせているのがさらに私の癪に触る。

向こうも向こうで私に対するライバル心があるようで、涼しげな目の奥に闘志を燃やしているのをひしひしと感じるが、素知らぬ顔をして目的の階についたエレベーターを下り、足早に食堂へと向かう。

そんな私をやつは悠々と抜き去り、既に出来ている行列の最後尾に並ぶ。悔しいけれど、今日も私はこいつの後ろに並ぶことになった。

それでもなんとか限定日替わり定食をゲットした私はほくほくとした気分で空いてる席を見つけ、腰を下ろす。

いくつかのテーブルの向こうに先ほどまでライバルだったやつが早くも定食に手をつけているのに気付き、なぜだか私の胸の奥に温かいものが込み上げてくる。

お互い無事に目的を達成した今はもうライバルではなく、同じ釜の飯を食う同志だ。

いただきます、と手を合わせ、今日のメインであるエビフライに箸を伸ばす。



 こたつに足を突っ込み、缶ビールをぐいっと傾ける。

今日一日向き合ってきた

明日、世界が終わるとしたら私はどうする?

という疑問は結局答えが出なかった。

きっと私は明日が最後の日になったとしても今日と変わらず朝起きてTVを見て、コンビニで買ったカフェオレをを飲みながら駅員さんを観察して、ゲーマーサラリーマンを意識しながらネットニュースを流し見して、デスクワークをして、限定日替わり定食をゲットし睡魔と闘いながら午後も働き、自宅に帰って今と同じようにビールを嗜むのだと思う。

別にそのことに対してさしたる不満も侘しさもない。

それが今の私の生き様だ。


でも、明日が最後の日になったとしても、朝から元気な女子アナや優しいコンビニの店員さん、律儀な駅員さん、ゲーマーサラリーマン、同じオフィスビルの社員が、いつも通り笑っていたらいいのになと思うのだった。



私の明日は変わらず来ると信じて。



 当たり前が当たり前にあるって実は奇跡なんだよな、と色々感じた時期に書いた作品をリメイクしました。淡々と過ぎ行く日常だからこそ、変わらないもの・変わるもの、流されるもの・流されないものに思いを馳せて。

 2023年もお世話になりました!
変わり者の私とお付き合い頂き、ありがとうございます! いつもお題を提供して下さる小牧さんにも感謝です🤗

まだ出会ってない人にも出会って、切磋琢磨していきたいな🙋<いい夢見てね♪)


 隕石落ちる系小説として

同じようで、全く違う世界観を楽しんで頂けたらと思います。また明日~!

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