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ドゥーム/サイケデリック・ラップ

ロック~ハードコア~ノイズを飲み込んだ鬼ドープでヘヴィーウエイトなヒップホップを追求しているアメリカのDälekが5月10日にデビュー作『Negro Necro Nekros』の再発盤を発表する。1998年にCD/LPでリリースされた『Negro Necro Nekros』に6曲のボーナストラックが追加され、LPには12PGのブックレットが付いてくるという豪華仕様。現在、DälekのBandcampにて予約が開始している。

今作は90'sアンダーグラウンド・ヒップホップにおけるマスターピースの一つであり、オルタナティブなヒップホップが発展していく過程において非常に重要な役割を果たした作品である。『Negro Necro Nekros』の発表によってDälekは2nd Gen(Wajid Yaseen)、Techno Animalのアルバムに招かれ、ヨーロッパのレフトフィールドなブレイクビーツ・シーンで人気を集めていき、現在の地位を手に入れた。

Dälekはニュージャージー州のニューアークにてWill BrooksことMC DälekとAlap Momin(Oktopus)を中心に結成され、1998年に『Negro Necro Nekros』を発表して活動を開始。
纏わりつくような気怠く重いビートとラップに陰々滅々とした不協和音気味なサンプリングが合わさった毒々しいDälekの曲は、ドゥーム・メタル〜ストーナー・ロック〜スラッジ〜クラウドロックといったドラッギーでサイケデリックな音楽と近く、非常に幅広いジャンルのリスナーからサポートされている。

2002年にIpecac Recordingsから発表したアルバム『From Filthy Tongue of Gods and Griots』がアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンからアヴァンギャルド・ロック~ハードコア~メタル界隈から高い評価を受ける。以降、Dälekはロック~ハードコア~ノイズを意図的に取り入れていき、Hydra Head Recordsからのコンピレーション・アルバムのリリースやFaust、The Young Gods、Zuといったバンドとの合作を発表するまでに至る。

2000年代前半はアンダーグラウンド・ヒップホップがムーブメントとなり、ポスト・ロックやエレクトロニカといったジャンルとヒップホップの交流が盛んであったが、Dälekはより実験的な姿勢と反骨精神を持って他とは違った活動を繰り広げていた。上記に挙げたバンド達との合作、The Dillinger Escape Plan、Cult of Luna、isis、Melvinsとの共演などでDälekは自らの活動を通じてヒップホップの多様性を表し、本質的なヒップホップの魅力を他ジャンルのリスナーに届けた。

彼等が切り開いた道の先にDeath Grips、Clipping、Moor Motherといったヒップホップ・アクトが存在しており、オーバーグラウンドで挑戦的なことをしているJpegmafiaやArmand Hammerにもシンクロする部分がある。
見逃されがちだがDälekの功績はとても大きく、昨今のオルタナティブなヒップホップの流れやロック~メタルとヒップホップの融合、またはアシッドラップといったスタイルが受け入れられているのには、Dälekの存在が少なからず関わっているような気がする。

Dälekはデビュー当初から一貫してダウナーかつハードなビートとラップをクリエイトしており、そこにはドゥーム・メタルやスラッジとの親和性が常にあった。その根本にはRZAがWU-TANG CLANとGravediggazの1stで開拓したダウナーな世界観に少なからず影響を受けているようにも見受けられる。『From Filthy Tongue of Gods and Griots』以降、Dälekはディストーションを多用していき、歪みによるサイケデリックを強調。ハードコアやメタルのバックグラウンドがあるNecroとも近しいものがあるが、Dälekよりアヴァンギャルドでサイケデリックな側面が強く、それによってヒップホップ・ファンよりもバンド界隈のリスナーから支持されたのだろう。

2010年代に突入するとWill BrooksはDälekの活動を休止させ、iconAclass名義での活動をメインとしてDeadverse Recordingsから作品を発表していたが、Dälekと同様のダークでドープなヒップホップを提示。ストレートなヒップホップに特化しているがハードでドゥーミーな側面があり、Dälekのファンも違和感なく楽しめる作品であった。

2016年にDälekとして復帰作『Asphalt for Eden』をFull of HellやOld Man Gloomのアルバムをリリースしているメタル系レーベルProfound Lore Recordsから発表。2022年に発表されたアルバム『Precipice』にはTOOLのAdam Jonesが参加しており、ポスト・メタル的なアプローチを強めている。

Dälekはロック~ハードコアやノイズの要素を飲み込んでドゥームなヒップホップを展開しているが、彼等よりも前に同じようなドゥームなヒップホップを生み出していたのがKool Keith率いるDr. Octagonである。

Dr. OctagonはKeel Keithが生み出したキャラクターの一つであり、1993年に作られたUltramagnetic MC'sのデモ「Smoking Dust」で初登場する。木星で生まれた地球外生命体の外科医であり、黄色い目に銀色の肌、ピンクと白のアフロ、何色にも光る脳があるという設定らしい。

Dr. Octagonは数枚のシングルをリリース後、1996年に1stアルバム『Dr. Octagonecologyst』を発表。Dan the Automatorが全曲プロデュースを担当し、DJ Q-Bertがスクラッチで参加。バイオリン、ギター/ベース、フルートなどの楽器がドープでアブストラクトなビートとラップにマッチした独特な世界観を作り上げている。

リリース当時はトリップホップ全盛期でもあり、『Dr. Octagonecologyst』のダウナーでトリッピーな世界観とサウンドはトリップホップのDJやリスナーから大絶賛された。今作の影響は様々な場所に表れており、PitchforkやAllMusicといったメディアでも高い評価を得ている。

Keel Keithは優れたラップスキルとクレイジーな世界観でThe Prodigy、54-71、Scornとのコラボレーションを行い、アンダーグラウンドのカルトヒーローとして君臨している。

WordSoundからリリースされたScotty Hard、Mr. Dead、Sensationalのアルバムもストーナーやドゥームなサウンドとアトモスフィアがあり、身を削って得る退廃的な快楽が充満している。

2000年代はAnticonがサイケデリック・ロックをヒップホップにミックスさせた気怠さと浮遊感のある作品を発表し、Dälekとは違う方向性でロックとヒップホップのクロスオーバーを実現させ、サイケデリック・ミュージック自体を更新させるような動きを試みていた。Themselves、cLOUDDEAD、Why?のアルバムにおける歌唱法と多種多様な音楽を溶かしたトラックはいつ聴いても素晴らしい。

ドゥーミーでサイケデリックなヒップホップの歴史においてはCompany Flow『Funcrusher Plus』は欠かせない。ハードコア・バンドのメンバーを招いて作られた曲も収録されているというインスト・アルバム『Little Johnny from the Hospitul: Breaks & Instrumentals Vol.1』も同等の重要性が高い。

Company Flow解散後、EL-Pはシンセサイザーとディストーションを多用したスペーシーでロック的なサウンドを展開。Cannibal Ox『The Cold Vein』や自身の1stアルバム『Fantastic Damage』といった超傑作を発表し、EL-PはNine Inch Nails、 Beck、The Mars Voltaのリミックスを手掛けていき、彼のヒップホップ・サイケデリアに中毒となった者は多い。
Killer MikeとのRun The Jewlsでは、Company Flow/Definitive Juxの頃に開拓したサイケデリックでドープなサウンドをアップデートさせており、EL-Pの本質はまったく変わっていないことを証明している。

現行のオルタナティブ、またはレフトフィールドなヒップホップの源流の一つとして、これらの作品が再び評価されると嬉しい。





















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