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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 4. 老人にならなかった浦島太郎

『第5話 浦島太郎の苦悩 3. 乙姫の気遣い』からつづく

 竜宮城からの帰り道、タローはウミガメがしきりに話しかけてくるテレパシーが頭に鳴り渡って叫び出しそうだった。ウミガメが自分を気遣ってくれているのは分かる。分かるが、そっとして置いて欲しい。こうしてウミガメの背中にしがみついているだけで、全神経と全精力を消耗している気がする。

 浜に帰り着きウミガメの背中から降りたタローが漁村に向けて歩こうとすると、とたんに全身にブレーキがかかったようになり、そのまま砂浜に座りこみかけた。
――ここで座ってしまったら、二度と立ち上がれない。
 タローは動こうとしない身体にムチ打って漁村に向かい、母が亡くなって久しいことを確かめた。昔のタローを知る人が誰も残っていないことも確かめた

 いよいよ、『浦島太郎』は最終盤を迎えた。タローは浜の白砂の上に玉手箱を据え、その前に膝をついた。これから、この箱を開ける。中から白い煙が現れ、タローは90歳を超えた老人に変身する。50年の寿命しか与えられていないクローン・キャストが寿命の倍ちかい年齢の老人に変身する。クローン・キャストが体験する変身の中でも最も過酷な変身のひとつだ。

 タローは玉手箱に手をかけた。箱を結わえた紐をほどく。フタを外す。中から白い煙が……出てこなかった。玉手箱の中は空っぽだった。
「煙が出ない」
タローは小声でつぶやいた。手から玉手箱が落ちた。
「煙が出ない。なら、変身はなしだ」
タローは老人に変身するのを止め、白砂の浜に座り込んだ。

『第5話 浦島太郎の苦悩 5. 責められる乙姫』につづく