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「日本昔話再生機構」ものがたり 第3話 産業医の闘い/1. 産業医の憂鬱

「《働き方改革》で休日の昔話再生を禁じても、年間の昔話再生回数とクローン・キャスト数が同じでは、平日が過重労働になるだけです」
ここは、ラムネ星にある「日本昔話再生支援機構」の月例部長会議の場。発言しているのは、クローン・キャストの健康管理を担当する産業医のエル・スリナリ医師。
「プロジェクト管理部長とクローン・キャスト育成部長は、どうお考えですか?」

 50代後半のプロジェクト管理部長が揶揄するような笑顔で答える。
「スリナリ先生は28歳でいらっしゃいましたね」
スリナリ医師がムッとして応じる。
「私の年齢は関係ないでしょう」
プロジェクト管理部長が笑いながら続ける。
「若いというのは良いことです。自らが正しいと思うことを一途に追求できる。ですが、先生、若者の正義感は、ともすると視野が狭くなりがちです」
「私が視野狭窄に陥っていると、おっしゃりたいのですか?」

「我々『日本昔話再生支援機構』は、『むかし、むかし、あるところの日本』にクローン・キャストを派遣し、年間に100件の日本昔話をそれぞれ50回ずつ再生しています」
というプロジェクト管理部長の言葉に、スリナリ医師がムキになって答える。
「今さら言われなくても、年間の昔話再生回数は知っています」
 プロジェクト管理部長が笑いを消し、鋭い視線をスリナリ医師に投げる。
「では、この5,000回が我がラムネ星と我々の並行世界である地球にとって、どのような意味を持つかもご存じのはずです」
「と、おっしゃいますと」
スリナリ医師が、少しひるむ。

 プロジェクト管理部長が、強い口調で続ける。
「我々『日本昔話再生支援機構』が昔話再生を始めてから、80年。この間、毎年5,000件の昔話再生を維持してきた。その結果、今から100年前に40パーセントまで落ち込んでいた日本人の昔話記憶率が50パーセントまで向上し、そこで下げ止まっている」
 ここで、「機構」の技術部長が割って入る。技術部長は、まだ30代だ。
「日本人の昔話記憶率が30パーセントまで下がると、地球上から日本人が消えるのよ。それだけで済むなら、あっちの世界の話でしょってことだけど、日本人が消える時にそれと同数のラムネ星人も消えてしまう。これは、他人ごとじゃないのよ」
 プロジェクト管理部長が、話を引き取る。
「だから、毎年5,000件の『日本昔話』を再生するのは、ラムネ星の安全保障上の重大課題なのだよ」

 二人の幹部から攻撃を浴びたスリナリ医師は、クローン・キャスト育成部長に矛先を転じる。
「では、クローン・キャストを増員すべきです。このまま平日の過重労働が続くとクローン・キャストが疲弊し、近い将来、年間5,000件の昔話再生ができなくなります」
 定年を来年に控えたクローン・キャスト育成部長が手元の茶を一口すすってから答える。
「先生のおっしゃることは、よぉ、わかってます。わしも、『働き方改革』が始まった時から、今のままのクローン・キャスト数では回らん思ぅてきましてん。そやけど、クローン・キャストを増やすにはクローン製造設備を拡充せなあかん。クローン人間養育所も増やさにゃいかん。これ、全部、金がかかるんですわ。そやさかい、すぐには、どうも、こうも、できまへん」

 ここで、プロジェクト管理部長が割って入る。
「もちろん、うちの理事長からラムネ星統合政府に予算措置を依頼している。だが、ラムネ星統合政府と地球連邦政府の間の交渉が長引いていてね」
「『日本昔話再生支援機構』の費用はラムネ星と地球の折半なのは、先生もご存知でしょ。地球がOKしないと、予算は増額できないの」
と、技術部長が付け足す。

 スリナリ医師は、自分の中で堪忍袋の緒が切れるブツンという音を聞いた。
「あなた達は、私に、クローン・キャストたちが日々消耗して擦り切れていくのを黙って見ていろとおっしゃるのですか! 私が事前にお送りした資料を、見てくださいましたか? 休日の昔話再生を禁止してからの1年間で、クローン・キャストの休職者が20パーセントも増加しています。メンタルの不調を訴えるキャストは40パーセント増加し、全キャストの6割が不眠、抑うつ傾向、処方薬への過度の依存などを抱えています」

 クローン・キャスト育成部長が茶をひと口すすって、答える。
「資料は、よ~く読ませていただきました。うちの部署でも、心身の不調を抱えたクローン・キャストが増えとるのは把握しとります。そやけど、さっきも言いましたように、今すぐ、手ぇ打てる状態にはおまへんのや。ここは、センセと、うちんとこの部署が協力を密にして乗り切る以外、手がない思ぅとります」
「そんな程度のことでは、とても乗り切れません!」

 プロジェクト管理部長が、会議室に集まった部長たちを見渡す。
「他に、この場で議論したい内容がある方はいらっしゃいますか?」
並みいる部長たちが、一様に首を横に振る。
「では、クローン・キャストの疲労対策については、スリナリ先生と育成部長で個別に検討していただくこととして、本日の月例部長会議は、これで散会とします。皆さん、お忙しい中、ありがとうございました」

 プロジェクト管理部長が退室し、その他の部長たちも、後に続いて出て行った。育成部長がスリナリ医師に近づいてくる。
「ほな、センセ、この件はセンセとわしでよぉ~く話し合うことにしまひょ」
「では、今すぐ、ここで話しましょう」
「そぉしたいのは山々なんですが、これから、統合政府のお偉いさんの視察を案内せなあきまへんのや。また、日を改めて打ち合わせしまひょ。わしの方から連絡させていただきます。ほな、今日のところは、これで」
育成部長が会議室を出て行った。

 会議室にひとり残された産業医、スリナリ医師は両手で頭を抱えて考え込むのだった。

〈『日本昔話再生支援機構誕生秘話』につづく〉