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瀬戸内ハードコア自転車行①

9月9日(木)

 急速炊飯で炊いた新潟米に友人からもらったシジミの佃煮を投入、サランラップで念入りに丸める。これからは、嫌でも外食しかできない日々がまたはじまる。瀬戸内海一周、海上以外全行程自転車のストロングスタイルな旅。自炊生活の最後の悪あがきのような巨大な握り飯だった。空気入れ、パンク修理キット、タオル、着替え、日焼け止め、文庫本などをリュックに突っ込み、愛車・フジ子のチェーンに油をさす。君の車体は今日もキレイだね。明日の南あわじ発・鳴門行の自転車積載連絡バスに予約の電話を入れて、これでもう後には引けない。

 午前10時ごろ京都市伏見区を出発。本日は快晴なり。9月ながらまだまだ暑い。自然と顔がニヤニヤしてくる。長い一人暮らしでも独り言は少ない方だが、はじまりのこの時ばかりはうれしさに拍車をかけることばが漏れ出る。「さあ、はじまるドン!」

桂川を左手にぐんぐん南下。途中で広い国道に出てみる。
ガソリンでしか動けない哀れな鉄の塊に追いまくられてもなんのその。空は高く、景色は流れる。


 心は安く、気はかろし、
 揺れ揺れ、帆綱《ほづな》よ、空高く…
(北原白秋 / フレップ・トリップ)


14キロほど進んだ時点、島本町淀川河川敷の公園で最初の休憩。

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体が自転車旅行のしんどさに気づきはじめてきた。リュックに覆われた背中は汗びっしょり。すかさずタオルを背中に入れ込む。日陰を探し、地べたに座り給水。無類のビーチボーイズ(フジテレビ)好きで毎年積極的に肌を焼きにかかる私でも、さすがに炎天下で長時間自転車を漕いでいると陽光が憎らしくなる。暑い。「夏の終わりは、自分で決めていい」みたいなことを言っていたドラマだった。そんなふうに、季節の移ろいと同じ速度で人の心も動いていく。あのドラマの主人公は男2人でもヒロスエでもない。夏だ。

 実に2年ぶりの長距離自転車旅行。自分で行き先を決め、自分で速さを決める。

私は、いや、おれは徹底的に自由を味わわなければならない。なにをしてもいいし、なにをしなくてもいい。そう思ってはいるのだが、信号待ちのたびにスマートフォンをチラチラ眺めてしまう。出発前にインストールした、速度や距離、平均時速などを計測できるアプリケーションがこれまたよくできているんである。ちくしょう。さらに、どうすれば効率よく神戸まで行けるのか、地図上だけ見て近くても坂道が多いルートではダメだ、とスマートフォンはどんどん余計な思考を生み出させ私の自由を逼迫し、広い景色を見て漕いでいるはずの視界が数分ごとに手元のせせこましい筐体 きょうたいに集約されてしまう。本質的にはそこらへんのTik-Tok女子高生と変わらないではないか。いや、あんなにはキラキラしていない。すまない。

 12時過ぎ、茨木市太田東芝児童遊園なる公園にて昼食休憩。リュックを背負い続けた両肩に不快なしびれ、りが広がっている。でも何度これを経験しても、自転車自体に荷物をゴテゴテ取り付けようとは思わない。フレームや前輪両サイドにくっついているあれだ。なんだか見た目が良くない。そう、おれはハードコア自転車乗りである。余計なものはそぎ落とし、今あるものだけで間に合わす。「足るを知る」ってのかなあ。ふふ。
またもニヤつきながら握り飯をいただく。平日の昼時ということもあり、付近の中学生たちが群れを成して通っていく。みんな浅黒い。「若いっていいな」なんて安易なことは思わずに、あの中で苦しみもがいている側の子供に思いを馳せる。

 豊中を抜け兵庫県伊丹市に入った。頭上を飛び交うジェット機。轟音。

気づけば充電は10%台。今日は明石まで行かなければならないのに。スマートフォンに惑わされすぎたようだ。予備バッテリーなどという軟弱なものは持たない主義でね。芦屋のマクドナルドで上品な客にまじって休憩がてら充電、その後ようやく関西パンクモンスター:ブロンドニューハーフ御大 おんたいのお膝元、神戸市に入った。


私は知っている。神戸で安易にショートカットや車通りの少ない道を探してさまよわない方がいいということを。なぜなら、住宅地であろうと何であろうと角を曲がればすぐに急峻 きゅうしゅんな坂が出現するからだ。この街では人より坂の方が多いと言われている。私に。


もう日も暮れてあたりは真っ暗。冒険はせずに大人しく海沿いの国道2号線をひたすら走ることにする。時代遅れのガソリン車ども、私の横をビュンビュン通りすぎる。時折、「釣り」「エサ」などの看板が目に入ってきた。ようやく須磨まで来たようだ。しかし、海がこんなにも近いというのに2号線とどこまでも並走する線路に阻まれて岸までたどり着けない。その線路上をものすごい速さで進む新快速姫路行。人にはそれぞれその時期に見合った速度がある。私はゆっくり、寄り道しながら行こう。心は安く、気はかろし。そのような心持でいたため、闇の中でも、海まで線路下をくぐって進める地下道にすぐに気づいた。すかさず自転車を柵にくくりつけて地下道を進むと、「須磨海釣り公園」という看板が。施設自体はすでに閉まっているが、内部には2、3人の人影があった。まあね、海は誰のものでもないし、悪いことしなきゃ入っていいでしょ、ってか簡単に入れるじゃんこれ。

靴とTシャツを脱ぎ、下は履いたままざんぶと夜の海に没入。火照った体が優しい冷たさに包み込まれる。ああ海よ、願わくは京都市内にも出現してください。

人影がこっちを見ている。こんな夜にしかも海釣り公園で海に入る気狂いに恐れをなしたのか。
そそくさと陸に上がり、下半身はぐっしょり濡れたまま、まあ走っていれば乾くだろうと先を急ぐ。


 舞子公園で明石海峡大橋の威容 いようにおののけば、もうそこは明石。よく漕いだ。本日の移動距離は約97キロ。時刻は夜9時前。山陽明石駅前、アスピア明石内のスーパーマルハチで半額弁当を購入。今日は禁酒でいこう。街の灯りの下で人々を見やる。その瞬間の明石は特別うら若き女性が多いように見えた。私の願望か。子供手当やら何やらで住みやすい街だという噂だし、いいじゃないの。たまらんね明石。フジ子を駅の駐輪場に置く。料金は24時間で110円。すばらしい。明日迎えに来るからね。今日はありがとう。テリマカシー。

 日本標準時夜9時過ぎにインターネットカフェ・自遊空間明石でセルフチェックイン。受付に人はおらず機械相手に四苦八苦。漫画なんかなにも読めやしない夜だった。明日は海を渡る。

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