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東京都立大学MBA入学体験記(修論のテーマ)

先日、修士論文の最終口頭試問が終了しました。ということで今回は簡単に私がとりあげた修論のテーマを書いてみたいと思います。私はイノベーション創出に繋がり得る個人の組織行動を明らかにしたいとの想いから「個人レベルの両利き」をテーマとして、自分自身をも対象に含めた探索と深化の人材マネジメント手法を探究しました。

尚、このような場で公開するのは大変おこがましいのと、レギュレーション的にどこまで公開してよいかも不明瞭なので、概要が何となくわかる程度に抽象度をかなり上げて記載していますがご容赦ください。

【題名】
個人の両利き行動に影響を与える認知的要因の解明

【要約】
本研究のそもそもの問題意識は私の国内外での業務経験で感じた日本人の働き方の相対的な異質性に起因しています。詳細は省きますが、特に日本の大企業で残っている旧来型の日本型雇用慣行が、就労者の同質化や挑戦心の減退などを生じさせてイノベーション創出を阻害しているのではないかという問題意識がありました。

国際的な日本企業によるイノベーション創出の評価は、ご存じのとおり、他の先進国と比較して大きく劣後しており、日本経済の競争力を強化するには、ベンチャーやスタートアップによる新産業の創造はもちろんですが、日本における研究開発費の94%を占める大企業のイノベーション力を高めることが不可欠と言われています(日本生産性本部イノベーション会議, 2019)。

以上から本研究では、日本の大企業に勤める就労者がいかに組織のイノベーション創出に寄与する組織行動をとり得るのかを明らかにすることとし、これを組織行動論(ミクロ組織論)の学術的な理論に依拠する形で研究することとしました。様々な理論のなかから近年、主にイノベーション研究の分野で世界的に注目されている両利き理論のうち、就労者の革新的パフォーマンス等に強い影響を及ぼすことが知られている「個人レベル」の両利き研究に着目しました。

近年、実務の世界においても両利きの概念が注目されています。両利きの基本的な概念は、まるで右手と左手の両方を同じように上手く使えるかのように、探索と深化を高い次元でバランスを取る組織をさします(入山, 2015)。March(1991)において、探索は「サーチ、変化、リスクテイク、実験、遊び、柔軟性、発見、イノベーション」が含まれるものであるとし、深化は「精錬、選択、生産、効率淘汰、実践、実行」を含むものであるとしており、探索と深化の両立は組織が存続していくために不可欠であるが、組織内の資源を奪い合う対立関係にあるとされています。

従来は、組織レベルの両利きの研究が主流でした。しかし特に海外では、両利き研究の焦点が組織レベルから組織内の就労者という個人レベルに移り始めていると主張する論者も少なからず存在しており、最近では、個人の両利きと組織の両利きを関連付ける研究(Mom et al, 2019)や、個人の両利きと組織のパフォーマンスの関連性を示す研究(Ando, 2021)も出てきています。そのような状況であるにも関わらず、個人レベルの研究の蓄積は十分ではなく、そのメカニズムはほとんど明らかになっていない状況です。

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そこで本研究では、個人の両利きの新たな先行要因を明らかにする必要性に着目しました。具体的には就労者がどのような「認知的メカニズム」によって探索と深化の行動を発現させて、高いパフォーマンスを発揮しているのかを、質問票調査をもちいた定量分析によって検証することにしました。

修士論文は研究の新規性が求められます。そこで本研究では、個人の両利き行動の新たな先行要因として2つの認知的要因を取り上げました。

一つ目は先行研究(Mom et al, 2009、他)で言及されていたものの、定量的に検証されていなかった探索行動と深化行動をタスク単位で柔軟に切り替える「両利きの切り替え能力」です。成果が不確実で心理的な負荷が高い探索行動を、就労者がおこなうためには、就労者みずからが認知的に行動を切り替えることが重要となってくると考えました。

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二つ目は組織学習の研究でいわれているCompetency Trap(Levitt & March, 1988)を個人レベルの認知的な要素として翻案した「個人レベルの能力の罠」です。これは過去の成功体験によって深化に偏重していく傾向のことを示します。組織レベルの研究で用いられている能力の罠を、個人の認知(個人レベルの能力の罠)と行動(深化行動)にわけて影響を検証しました。

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これら2つを新規性として取り上げて操作化したうえで、個人レベルの探索行動と深化行動を目的変数としたモデルに説明変数として組み込みました。
また、上司のリーダーシップ行動(Rosing et al, 2011)から部下の「切り替え能力」と「能力の罠」を通じた両利き行動への調整効果を検証しました。
さらに、個人の両利き行動が、個人の革新的パフォーマンスと業務パフォーマンスに与えるという海外の先行研究(Zacher & Rosing, 2016; Jasmand et al., 2012)を日本において追試確認する形としました。

これらを検証するための6つの作業仮説をモデル図として表現したものが以下です。尚、重回帰分析をおこなう際には、先行研究から統制変数(性別、職位、学歴、職種、社会人年数、開放性、個人資源の余裕、職務自律性)を加えています。

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日系の大企業就労者を対象とした質問票調査で収集したデータをもとに、多変量解析を行って、仮説の検証を行ないました。結果として、仮説で想定したとおり「切り替え能力」が探索行動に、「能力の罠」が深化行動に、それぞれ有意な正の影響を与えていることが確認されました。また、上司のリーダーシップ行動によって「能力の罠」をもたない就労者の深化行動への交互作用効果が見られたことや、上司のリーダーシップ行動の使い分けが部下の探索行動を促進することが確認されました。さらに海外の先行研究の追試として、両利きの就労者はパフォーマンスが高いことを確認しました。

以上の結果を実務的な視点でざっくりまとめると、以下の5点になります。

①高いレベルの両利き行動ができている就労者は有意にパフォーマンスが高い(探索行動が想定する革新的パフォーマンスと、深化行動が想定する業務パフォーマンスの両方が高いことを確認)

②過去の成功体験から得た仕事のやり方を改善して、深化行動によって確実な成果を出していくことは重要だが、過剰にそのやり方に偏りすぎて目先の成果を重視し過ぎてしまうという強い性質(能力の罠)があるので、その罠に陥らないように認知的にコントロールすることが重要となる。

③将来のイノベーション創出に向けた探索行動は大変重要であるが、新しいことを探索する取組みは成果も不確実であり、心理的なコストが高いので、就労者みずからが意識的に探索に行動を切り替えるという認知的なコントロールが必要となる。

④その他にも両利きになるためには開放性(新しいものを好む・発想できる)と職務自律性が大事。探索のほうは個人資源の余裕(時間的・心理的なバッファ)も大事。

⑤上司は、部下の2つの認知特性を見極めながらリーダーシップをおこなっていくことで、部下の両利き行動をマネジメントできる。


いかがでしたでしょうか。実際は上記を70本程度の国内外の先行研究を引用し、理論的な意義や妥当性などを述べながら、約42000文字の文章+多変量解析の結果を論文として纏めた形となりますが、概要をイメージして頂くためにごくごく簡潔にご紹介をさせて頂きました。

論文を書き終えて感じたことは、「自ら問いを立てて、それを検証し、新しい価値を創出する」ための調査力や思考方法、アウトプット力などが、やはり実務でも大変有用であり、本質的な能力でありえるということです。ビジネスパーソンが学術的な修士論文を執筆することの価値を実体験できたという意味では、本当に貴重な経験になりました。

また、実務において自分自身や部下の両利きをマネジメントしていく上で、今回明らかにしたことを心掛けていくことは私にとって大変有用と感じています。ご指導をいただいた先生にはこの場を借りて、改めて感謝申し上げたいと思います。

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--------参考文献--------
入山章栄(2015)『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』日経BP.

日本生産性本部イノベーション会議(2019)「イノベーションを起こす大企業実現に向けて中間報告」日本生産性本部.

Ando, F. (2021). The influence of individual and organizational ambidexterity on their interpretations of the workplace. Annals of Business Administrative Science, 20(5), 155-168.

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