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専門家でないから新たな価値をつくれる──徳島NPOの「サードプレイス」としての農業活動

富士通Japan徳島支社の濱上です。2020年4月に徳島に赴任して、出会った多くの方々は、本業とは別に複数の場で活躍している印象があります。お話をうかがった清瀬由香さんもそのひとり。ITコンサルタントでありながら「特定非営利活動法人とくしま農大アグリ」に所属し、週末はコミュニティ農園で野菜をつくり、自分たちが作った野菜を日曜市で販売するという一面も。なぜそのような活動をしているのか、陽が昇ったばかりの早朝、「徳島びっくり日曜市(以下、日曜市)」にお邪魔してお話をうかがいました。

徳島びっくり日曜市  
http://www.nichiyouichi.com/
1997年にオープンした大規模な日曜市。毎週日曜日の早朝から午後2時頃まで徳島繊維卸団地で開催されており、出店数は300ブース、毎回約2万人が訪れる。農産物、魚介類、キャベツ焼き、焼き鳥などの屋台の他、日用雑貨、骨董品、メダカまで出店内容は豊富。地元の人たちはもちろん京阪神や首都圏からの訪問者も多く、リピーターが後を絶たない。

自分が食べたいものを、自分の手でつくりたい

清瀬:こんにちは。よろしくお願いします。「特定非営利活動法人とくしま農大アグリ」代表の米田一行さんにも同席してもらいます。米田さんは私の農業の師匠です。

米田:初めまして、米田です。

濱上:よろしくお願いいたします。米田さんたちのNPOはいつ頃から活動されているのですか?

米田:15年前からです。徳島には農業関連の職業訓練校があるのですが、そこで一般の人向けにやっている野菜づくりを学ぶコースの卒業生を中心にNPOを立ち上げました。だからメンバーはほとんどが会社員で、農業経験のない人ばかりです。

濱上:なぜそうした活動をされることになったのですか?

米田:今、生産者がどんどん減っているでしょう? 農家でも息子や娘があとを継いでくれなくなっています。それが続くと、どうなると思いますか? いずれ野菜が買えない時代がやってきます。大げさに聞こえるかもしれませんが、つくる人がいるから買えるのであって、つくる人がいなくなれば、いくらお金を出しても買えなくなります。それじゃダメだ、農業を変えよう、農業に新たな価値を見出そう、と休耕地を借りてコミュニティ農園を始めたんです。

濱上: コミュニティ農園ですか、いいですね。

米田:ここ数年は一緒に活動する人の中に「自分たちが食べたいものをつくる」ことを楽しみに参加する人が増えていて、野菜だけでなく、味噌づくりなどにも取り組んでいます。

清瀬:私の関わり方もそれに近いものでしたね。娘がアトピー性皮膚炎だったので、体にいいものを食べさせたい、安心して食べさせられるものを自分でつくりたいと考えていたときに米田さんと出会いました。

いろんな人たちが集まっているから、できることの幅が広い

濱上:私はこの日曜市に来るのが今日で5回目なのですが、来るたびに「また来たい」と思うんです。支社の仲間にも同じことを言っている人がたくさんいますし、実際にリピーターが多いという話もよく聞きます。そんな風に人を惹きつける理由は何だと思われますか?

清瀬:そうですね……。雑多なところ、混沌としたところじゃないでしょうか。野菜や花の直売所のようなブースもありますが、ガレージセールみたいなブースもあって、中には「誰が買うんだろう?」というような怪しげなもの(笑)も売っています。そんなカオスな雰囲気がアジアのマーケットのようなにぎわいを醸しだしていて、誰もが気取らずに買い物できるところが魅力じゃないでしょうか。

米田:ここには本当にいろんな人が来ますが、それがいいんですよ。農業を専門にやってきた人たちだけが交流しても、お互いに自分の考えを主張するだけで、話が平行線になってしまう。それだと、これまでの延長でしか物事が進みません。新しいものを生み出すには専門家ではない人の意見が大切なんです。

濱上:そういう声を聞くために、自らこのブースに出ていらっしゃるんですね。

清瀬:米田さんを慕ってブースに立ち寄ってくださる人も多いですし、実際に私たちのブースは販売するだけでなく、どんな食べ方がおいしいか、どんな料理が合うかなどと、いろんな人たちが意見を交換し合う場にもなっています。そういう情報を現地に来られない人とも共有しようと、Clubhouse という音声アプリでライブ中継したこともあります。Facebook と連動させて、おすすめ野菜の写真をアップして注文を受けたり、私たちのところの野菜だけでなく、ほかのブースで販売しているすだちやしいたけ、わかめ、ちりめんなどの徳島の特産品をセットにして全国各地へ配送したり……。梱包もすごいんです。日曜市の配送を担当しているのは82歳のパッキングのプロですから。箱のメーカーに勤めていた人で、蘭の花なども完璧に梱包して送ってくれます。その梱包の素晴らしさに感動してリピーターになった人もいるくらい。

濱上:本当にいろんなことをやっておられるんですね。

米田:いろんな人たちが集まっているから、できることの幅が広いんですよ。一人で解決できないことでも、声を上げれば、他の人から思いがけない答えが返ってくる。まずやってみることが大事。うまくいかなかったら、やめたらええんよ。

清瀬:肩書きや立場に関係なく、みんながフラットに交流しあうことが、豊かさにつながっている気がしますね。

「居心地がいい場所」としての農業活動

濱上:遠方から来られる人も多いのですか?

清瀬:けっこういらっしゃいますよ。神戸からだと車で2時間程度で来れますから。午前7時に着いて、ここで朝ごはんを食べて、徳島の野菜をたくさん買って、午前中のうちに神戸に帰るという人もいます。日曜市をきっかけに、小さなツーリズムが生まれているとも言えますね。

濱上:本当にいろんな人がいますね。さっきも普段は会社員だけど、日曜市ではカフェをしているという人と会いました。清瀬さんたちNPOのメンバーだそうで……。そういう人たちがお互いに刺激しあえば、おっしゃるとおり、新しい何かが生まれるでしょうし、何より楽しいですよね。

清瀬由香さん(左)と米田一行さん(右)

(会話の途中で、清瀬さんが着ているのと同じ「Over the sun」の文字が入ったTシャツを着た人が通りかかる)

清瀬:あっ、「Over the sun」だ! こんにちは!

濱上:今の人は、どなたですか?

清瀬:TBSラジオ『OVER THE SUN』というポッドキャスト番組のリスナーさんです。「Over the sun」と「オバサン」をかけた人気番組なんですよ。お互いがリスナーであることがわかるよう、番組Tシャツを着て外出して、リスナー同士の偶然の出会いを楽しんでいるんです。今日は徳島のリスナーに日曜市で取材を受けると知らせてあるので、このTシャツを着て来てくれる人が多いと思いますよ。

濱上:そうやってつながりを楽しんでおられるんですね。

清瀬:コロナウィルスの影響で人と会えなかったり、やりたいことが制限された時期があったからこそ、誰かと一緒に楽しんだり、やりたいことを自由にできる機会をこれまで以上に大切にしたいという思いが強くなりました。私たちの時間は有限ですから、その時間を好きな人たちともっと楽しみたいと思っています。

大切なのは「自らが変わることを恐れない」こと

濱上:NPOとしては、今後、どんなふうに活動されていかれるのですか?

米田:スケールを求めるより小さな変化を積み重ね、継続することを大切に考えています。

清瀬:そうですね。ただ、その積み重ねの延長上には、大きくする話も出てくるかもしれません。今でも「こっちの畑も使ってください」とか、「うちの古民家を倉庫に使わんで?(使いませんか)」とか、声をかけていただくこともありますから。

米田:コロナ禍もそうでしたが、環境は変わります。野菜にしても、天候次第で全然ダメなときもある。そうなったときも諦めるなり、やり方を変えるなりして、いつまでも固執しないことが大切です。環境に応じて、私たちも変わらなくてはなりません。日々、挑戦です。

清瀬:私たちのNPOは「来るものは拒まず、去る者は追わず」がモットーなんです。仕事や所用で活動に参加できなくてもペナルティもないし、他のメンバーに責められることもありません。みんな、やりたくてやっているので、むしろ「休んだら損」と思っていますよ(笑)。

濱上:家庭でも、職場でもない、3つ目の居心地がいい場所という意味の「サードプレイス」という言葉がありますが、米田さんや清瀬さんたちのNPOの農業活動はまさにそれですね。そこでの挑戦や体験が「新しい価値」の発見や生活の豊かさにつながるというのは、とても興味深いお話でした。ここからまた徳島の「新しい物語」が生まれそうです。
本日はお時間をいただき、ありがとうございました。

清瀬 由香(きよせ ゆか)さん
徳島出身。20 代でフリーランス、アルバイト、契約社員、正社員と多様な勤務形態を経験。ママのコミュニティであるNPOチルドリン徳島を設立。現在はテレワーク推進協議会委員としてテレワーク事業を受託運営管理。ICT ウーマン(旧ICT ママ)の育成も手掛ける。徳島県のe-とくしま推進委員、テレワーク推進協議会委員、ブランド戦略会議委員。