5月25日(土):介護に必要な意味のあるムダ
先般に厚生労働省研究班が発表した2030年の認知症患者数が推定で523万人にのぼる旨を受け、この数日は関連のことを記しています。
以前にも記したように現在の推計は10年前の推計よりも下振れしている面もあるので、予防や治療、介護を含めて社会全体での取り組みを充実させて、現在の推定からさらに下振れさせることができれば良いですね。
先日には認知症への理解を深める意味で関連の書籍を幾つかピックアップしてご案内し、昨日は書籍「認知症の名医9人」のことを取り上げながら、ケアにおける人間関係の構築や社会的包摂に触れました。
本日もそれに続き、同書で触れていた「効率」についての話です。
書籍内では著者と医師の方との対話のなかで、大きな介護施設では効率を求めてしまうことへの問題提起がなされていました。
そこで取り上げられていたような非常に高いレベルでケアを実施している介護施設の現場に対して、効率重視のメガネでその光景を見るとムダな時間が流れているように捉えてしまう人も少なくないといいます。
それに対して、この介護施設に関与する医師の方は「作業効率なんてとんでもない。ムダがあるから質が高い、クオリティが高いんです。」と明快な答えでした。
そして「それより重要なことが確実にあるというコンセンサスが取れている。普通の施設だったら『何でこんな手のかかる人を連れてきたんだ』と怒られるような人を受け入れていますからね、ここでは。」と続けています。
これは非常に大事な部分だと思いますね。
介護や看取りも含めて、ご本人や家族にこうあってほしいという姿、どのようにサポートしていくべきかがこの介護施設では明確に描かれているのがわかります。
そのうえで他の介護施設ではムダだと切り落とされてしまう部分でも、この介護施設にとっては重要な意味を持つ行為であるのは間違いありません。
この違いは見据えている世界、見えている現実が異なるからに他ならないでしょう。
ひとつ言えるのは効率という合理性を追い求めると、絶対にこぼれ落ちるものがある、ということです。
手間や時間、余白があることで、はじめてできることや生まれる価値があります。
それをどれぐらい大事に考えるかどうか、ですね。
効率をまったく度外視できるかといえば、組織としてそれが難しい面もわかりますので、大事なのはそれぞれの観点を持ちながらのバランスだろうと思います。
明日も関連の話を続ける予定です。
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