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ウミタナゴ属魚類

休日を利用して日本各地で魚を採集(購入)して、見つかった寄生虫を気の向くまま調べています。要は、同時にいろんな寄生虫を調べているのですが、その中の1つにウミタナゴ属魚類のエラに寄生している単生類があります。今回は、昨日(2022年8月5日)まで行っていた調査のお話です。

ウミタナゴ属魚類って?

スズキ目ウミタナゴ科の海産魚です。「タナゴ」といえば、コイ科の淡水魚の方の魚を思い浮かべる方も多いと思いますが、形が似ている海水魚ということで、名付けられています。地域によって扱いが異なる魚ではないかと思います。胎生であることから安産のおまじないとされている地域や出産の様子が逆子を連想させることから縁起の悪い魚としている地域もあります。私が住んでいる兵庫県では釣りの餌取りとして嫌われているのですが、調査先としてよく行く広島県では釣りの対象や食用として好まれています。

今回の調査で採集したマタナゴ。知人(詳細下記)によると、平べったくて取りにくい魚。

種類が増えました!?

20世紀までは、このタナゴによく似た海水魚を「ウミタナゴ」と呼んでいましたが、2008年に以下のような特徴の違いから2種2亜種に分けられました。

  • アカタナゴ(Ditrema jordani Franz, 1910)体色は銅赤色で、眼窩下前部には白線で縁取られた暗色の丸いマークか、暗色の広い逆台形のマークがある。背鰭の棘のある部分の下半分が黒い。背鰭の後端が尻鰭のはじまりより前にある。

  • ウミタナゴ(Ditrema temminckii temminckii Bleeker, 1853)新鮮な状態では背面が暗青色で、眼窩下前部には黒い斜めの帯があり、尻鰭基部に黒い線はない。体色は銀色で、眼窩下前部には黒い斜めの帯か暗い三角形の印がある。背鰭の後端は尻鰭のはじまりと大体同じである。鰓蓋に2つの明瞭な暗色斑がある

  • マタナゴ(Ditrema temminckii pacificum Kawafuchi and Nakabo, 2008)新鮮な状態では背面が暗青色で、眼窩下前部には黒い斜めの帯があり、尻鰭基部に黒い線はない。体色は銀色で、眼窩下前部には黒い斜めの帯か暗い三角形の印がある。背鰭の後端は尻鰭のはじまりと大体同じである。鰓蓋に三日月状の黒色斑がある

言い方を変えると、アカタナゴとそれ以外(2種)に分かれて、それ以外がウミタナゴとマタナゴ(2亜種)になったということです。ウミタナゴ属魚類は食用にもなっているため、寄生虫の研究は少しだけされていました。ウミタナゴ属魚類の分類がこのように再検討されたことから、寄生虫の分類もやり直す必要(価値)があります

今回の調査でマタナゴのエラから採集した単生類。5匹中4匹にいたので、高確率で寄生しています。ヒトが食べても何もおきません。

ウミタナゴの単生類

現在は、2種2亜種になったウミタナゴ属魚類の単生類の研究は1938年から行われてきました。1938年に神戸市垂水のウミタナゴからMicrocotyle tanago1940年に三重県浜島のウミタナゴからMicrocotyle ditrematisが発見されました。Microcotyle tanagoについては、1940年に瀬戸内海のどこかで再び見つかったという報告がありますが、それ以降は報告がありません。当然、2種2亜種に分かれたウミタナゴ属魚類にどちらの単生類が寄生しているのかはわかっていません。
今のところ、手元にマタナゴの単生類の標本があります。Microcotyle tanagoだと確信しているのですが、ここではこれ以上は述べられません。いつになるかわかりませんが、論文にしてからのお楽しみです。また、マタナゴの単生類がMicrocotyle tanagoであったとしても、論文にするには内容不足です。そこで、私が注目しているのは、マタナゴとそっくりなアオタナゴです。マタナゴとの違いは、尻鰭の根元に黒い筋が入っていることだけです。このアオタナゴにもMicrocotyle属の仲間が寄生しているみたいなので、解明すれば論文になると考えています。

まだ子供のアオタナゴです。他の魚を採集するときに引っ掛けてしまったらしいです。大きなサイズのアオタナゴをまだ見つけられていません。

アオタナゴ探し

コロナ禍の始まった2020年に科研費の奨励研究に指定されたことで研究費がもらえました。この時の、最優先課題がこのウミタナゴ属魚類の寄生虫の分類でした。大学院のころに釣りをしているとよくウミタナゴ属魚類を採集していたことから、すぐに解決できると思っていました。しかし、月に1度ペースで広島で釣りをしても採集することができませんでした。特に、アオタナゴの採集が難易度を高めていました。ベテランのアングラーもアオタナゴを釣ったことはない(気にしてない)です。そのため、アオタナゴの情報はほとんどありませんでした。
その後、しばらく距離をとっていたのですが、広島大学竹原ステーションの方から、竹原市の海岸でそれなりの頻度でウミタナゴ属魚類が採集できることを聞いたことから、再度広島に向かいました。2020年は過去の記憶をもとに釣りをしていましたが、今回はウミタナゴ属魚類の習性を調べることからはじめました。ウミタナゴは、アマモと呼ばれる海草を好みます。そこで、潜るのが好きな知人(ダイバーではない)と一緒に広島県のアマモ場を巡り、手網やモリ(使用できるか確認の上)も使用して採集を行いました。

竹原ステーションの夜の海岸。星がとてもきれいでした。

アマモ巡り

アマモ(Zostera marina)は、世界中に生息している海草で、密集して生えることでアマモ場を形成します。アマモ場は、水質浄化、幼魚の生育場所、生物多様性の場、二酸化炭素固定などの役割を果たしています。しかし、アマモ場は日本だけでなく、世界でも面積を減らしています。瀬戸内海では1960年に約22600ヘクタールあったアマモ場が、1990年には6400ヘクタールになっています。その後、保全や再生事業が行われたため、最近は増加しているようです。
アオタナゴはアマモ場があるところに生息しているということから、朝から晩まで広島の海のアマモ場の近くを探し回りました。知人が。私は、初日にゴーグルを壊すという失態を犯したというのもあるのですが、運動能力の低さから命に関わるということで、補助に徹しました。

宿泊していた竹原ステーション前の海岸。この海底にアマモ場が広がっています。
呉市下蒲刈にある大地蔵漁港です。この漁港内と外にアマモ場が広がっていました。
呉市蒲刈町の恋が浜海岸です。この沖にアマモ場がありましたが、深すぎて届きませんでした。
呉市広にある海岸です。アオタナゴの子供が群れていたそうですが、雨が降ってきたことからやむなく中止になりました。

近くて遠い

3日間の調査で分かったことは、アマモ場の近くの防波堤や石畳の隙間にマタナゴもアオタナゴもいました。特に夜間は動きが遅く、昼間は素早いことから、夜は防波堤や石畳の隙間で休んで、昼間にアマモ場に行っているようです。釣りで採集するのであれば、動き始める明け方に防波堤や石畳で行うのがよいと考えています。
アオタナゴの習性がわかってきたことで、寄生虫はいませんでしたが、寝込みを襲ってアオタナゴを採集することにも成功しました。しかし、次の課題もでてきました。寄生虫がいそうなサイズのアオタナゴをまだ見つけられていないこと、釣りで採集するにも口が小さいので、ちょうどよい針がないことなどです。今回の調査はウミタナゴ属魚類の単生類を調べるという目標にだいぶ近づいたと思います。ただ、近づいたからこそ、その距離の遠さがわかりました

おまけ

広島の海は魚が多くてとてもよいです。アオタナゴを探すついでに、いろんな魚が手に入りました。

上から、オニオコゼ(刺抜き)、クロダイ、マタナゴです。採集した知人に頼まれて、オニオコゼの寄生虫を調べてみましたが、いませんでした。ただ、条虫(サナダムシの仲間)が入っているのかな?と思われる殻がいくらかありました。
ウミタナゴ属魚類はとても淡白なので、味をプラスしてやるような調理がよいかと思います。
クロダイは何しても食べられます。

参考文献

Katafuchi, H., Nakabo, T. Revision of the East Asian genus Ditrema (Embiotocidae), with description of a new subspecies. Ichthyol Res 54, 350–366 (2007).
Yamaguti, S. (1938). Studies on the helminth fauna of Japan. Part 24. Trematodes of fishes, V. Japanese Journal of Zoology, 8, 15–74.
Yamaguti, S. 1940. Studies on the helminth fauna of Japan. Part 31. Trematodes of fishes, VII. Japanese Journal of Zoology 9: 35–108, 2 pls.
杉本憲司, 木下咲菜, 高嶋ひかる, 高田陽一, 吉永圭介, 岡田光正 2019 波浪抑制によって拡大したアマモ場の長期的な分布変化及び生物多様評価 土木学会論文週B3 Vol. 75, 2,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%BF%E3%83%8A%E3%82%B4

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