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偶然と必然 最終話

22:01

遅かったのか・・・?

僕を徒労感が襲った。

彼女の姿は見当たらない。

僕はその場に呆然と立ち尽くす。

こんなことって・・・。

と、その時、奥のトイレのドアが開き、中から女性が出てきた。

彼女は僕に気づいてハッ息を飲みと固まった。僕も彼女が突然現れたので、頭が混乱してその場に立ち尽くしてしまった。

しばし、そのまま時が流れた。

それを見かねたのかマスターが「はいはい、まずは座りなよ」と助け舟を出してくれた。僕たちは向かい合わせで腰掛けて、20年ぶりのお互いの姿を確認した。

「あんた、ホンマにスキンヘッドにしたのね。イカついなあ〜」
「ええ感じやろ。そっちは目尻に皺が増えたな」
「やかましわ!それが20年近くぶりにあっていう言葉か!」
「お互い様や!」
そう言って僕たちは笑い合った。

彼女はエリ。僕が初めて働いた職場での同僚だ。僕がまともに就職したのが諸事情あって26歳の時だったので、彼女は1歳年下だったが先輩だった。不思議とウマがあって二人でよく行動を共にした。

当時、昼休みには必ず二人で職場近くのスターバックスに行って、テラスでコーヒーを飲みながら煙草を吸った(当時のスタバは屋外では喫煙できた)。僕がマルボロで彼女がマルボロ・ライトだった。そして僕は彼女の愚痴やら上司への文句をよく聴いたものだった。

お互い遠距離恋愛だったが彼氏・彼女がいたので、エリと僕は友達以上恋人未満といった関係だった。けどひょっとしたら、当時の彼女以上に僕はエリと話したかもしれない。おそらく彼女も。

休日はよく遊びに行った。映画を見たり、飲みに行ったり。ここのバーにもしばしば二人で飲み来たものだった。

1年半ほどそんな関係が続いたが、彼女が退職したのを機に、その後は会うことはほとんどなくなった。彼女は関東に引っ越し、お互い結婚してからは年賀状のやり取りを10年ぐらい続けて、やがてつながりの糸がプツリと切れてしまった。

「ミナミで学生時代の仲間と会っていてね。真っ直ぐ帰ろうかと思ったんだけど、ふとこの店のことを思い出して・・・。そしたら、なんだかあんたにも会いたくなったのよ」
「ホンマにびっくりしたわ。エリとまさかもう一度会えるなんてなあ」
「わたし、この週末は京都の実家に帰って来てるの。親に子どもを預けてるし、あと少ししか時間がないけど、私の話、聴いてくれる?」
「もちろん。何か話したいことがあったから、僕を呼び出したんやろ」
「うん、そうなの」

そして彼女は語り始めた。

エリはここ数年、旦那とうまくいっておらず、離婚を考えているらしい。しかし子どものことを考えるとなかなか別れるわけにはいかない。けど、もう旦那と一緒にやっていくのは限界だと感じている。自分の人生、本当にこのままでいいのだろうかとも。

「ねえ、経験者として教えてほしいだけど、離婚って大変よね?」
「かなり、大変やで。離婚は結婚の10倍はエネルギーが要るし、その後の精神的ダメージがかなりデカい。心身ともボロボロになるで」
「そうよね・・・」
「幸いにも僕は、助けてくれる仲間がいたから、何とか乗り越えることができた。でも人生で最もハードな体験の一つやったよ。2度と味わいたくないわ」

「わたし、怖いんだ・・・」
「そうか、エリは怖いんやね」

そう言うと、彼女の目から大粒の涙がこぼれた。

その後も彼女は涙まじりで30分近く話し続けた。僕はひたすら彼女の話を全力で聴いた。そして最後には、彼女は少し笑顔になった。

「こんなに正直に話したのは久しぶりよ。ありがとうね」
「いやいや、エリはホンマに辛い思いしてたんやなあ」
「うん。誰にも言えないから、余計しんどかった・・・」
「孤独がいちばん苦しいよな」

「そういや昔、あんた私に付き合わないかって言ったの憶えてる?」
「さて、そうやったっけ?憶えてへんなあ」僕はとぼけた。
「あの時、私は『あんたとは茶飲み友達がちょうどいいのよ』って断ったけど、実は結構、嬉しかったのよ」
「そうやったの?」
「そう。もし私たち付き合ってたら、どうなってたやろうね?」
「さあ、上手くいったかもしれへんし、そうじゃないかもしれへん」
「そうよね。しょせんは『もし・・・たら・れば』の話よね」

僕は少し身体が熱くなっているのを感じた。

彼女は時計を見た。
「今なら、ギリギリ電車に間に合いそう。もう行かなくちゃ。あんたに会えて嬉しかった」
「ああ、俺も間に合ってよかったよ」
「またね、聴いてくれてありがとう」
「ああ、いつかまた」

そして彼女が店を出ると、マスターが「お疲れさん」と言ってジャック・ダニエルをロックで出してくれた。

僕はそのウイスキーを飲みながら、今起こった出来事をふりかえった。

偶然か必然か

僕は考えた。
偶然なのか、必然なのか?
この再会には意味があるのか、それとも意味なんてないのか?

いや、そんなことどうでもいい。
どうだっていいんだ。

もう一度、あの子に会えた。
それだけで充分だ。

もう、何も考えるな。
しょせん、思考したことなど大したことではない。

僕は、胸の奥に暖かいものがあるのを感じていた。

それは、小さな焚き火のように、優しく僕の心に温もりを与えてくれた。

<偶然と必然 完>


追記

帰り道、僕は大事なことを忘れていたことに気づき愕然とした。


彼女と連絡先を交換してなかった・・・。

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