見出し画像

初稿の連載小説「もっと遠くへ」3-6

3-5はこちら↓
https://note.com/fine_willet919/n/n063319ae0633

勧誘活動が忙しくなっていたのか、焼き鳥屋に顔を出す頻度も徐々に減っていき、週に一度程になっていました。

その頃の僕は、相変わらず、大学での友人などはおらず、アルバイト先の同僚と仕事終わりに酒を飲んで、これが東京に来て出来た唯一と言えるほどの道楽でしたので、それに耽り、たまに酔いが回りすぎて、同僚の女とキスをすることなどもありましたが、恋愛と呼べるほどの進展もなく、そんな生活に段々と、嫌気がさすのでした。

母親から年末は帰ってくるのかという連絡を貰っても、帰ると言えば、自ら白旗を振る行為に思えて、
「今年は帰らない、また連絡する」
と、告げて、初めて一人で迎える事になるかも知れない年越しの事が頭をよぎり、それはそれで悪くはないと自分に言い聞かせて、ボロアパートで紅白を観ながらカップそばを啜る自分を想像して、孤独と言う言葉が一番お似合いなのは自分なのかも知れないと、少しばかり特別な気持ちになるのでした。

やはり東京という場所は、小さな孤独の集合体であって、それらをかき集めても、点で見ればそれは間違いなく悲劇そのものであるが、遠くからぼんやりと眺めて見れば、例えば雨の日にぼやけて見えるネオンの明かりのように、それは違った何かになり得る気がする。

侘しさは消えずとも、もっと肯定的な喜劇的な美しい何かに。

湯元という男を紹介されたのは、年が明けて、しばらく経った一月の事でした。
想像通り、年越しは一人で過ごす事になり、そうはならないように声をかけるもアルバイト先の同僚たちは、皆田舎に帰省していて、
「田舎にいると、だらしがなくなる」
と帰ってきては口々に言っておりました。

湯元のことを亮介は師と慕っており、その男の風貌は、どうも奇妙といいますか、胡散臭い男で、普段着慣れていないのがよくわかる紺色のスーツに身を纏い、もみあげは両耳を塞ぎ、高級ブランドの財布と鞄で着飾り、
「人生の勝ち組になろうよ」
と、僕が既に負け組であることは確定している口調で話すのでした。
顔の毛は綺麗に剃られているのですが、顎のあたりに赤い一本の傷があり、剃刀で剃った時に出来た傷であることは容易に想像できたのですが、その傷が、どうも情けなく見えて、どんなに取り繕っていても、所詮は人間、全てを誤魔化すことなど出来はしないのです。

隣に座り、こくこく頷く亮介を見ていると、これこそ、あなたが嫌っていた社会の駒そのものではないかと、威勢よく立ち上がり、テーブルの角に膝をぶつけて、その拍子にカップがからんと音を立てて倒れる光景を想像してみるのですが、結果、そんなことができるはずもなく、僕も同様に頷くのでした。

「まあ、湯元さんはこう言ってるけど、俺は、お前のことをよく知ってるし、そんな焦らんでもええよ」
曖昧な返事をすることしか出来ず、今、目の前にいる亮介という男が、僕が知っている亮介とは別の人間のような気がしてきて、これはきっと時間が経てば、また元通りになっているのではないかと、変な想像を膨らませて、ゆっくりと目を閉じて、周りの騒音にだけ耳を傾けて、ただ時間が経つのを待ってからゆっくりと目を開けてみても、湯元の隣に座った亮介が
「まあ、考えるよな」と、見当違いな事を言うので、僕は、呆れて言葉が出ず、
「ちょっと寒いですね」と誤魔化すことしか出来ませんでした。

         ***


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?