見出し画像

市長の妻


ヴィヴィアンはマリアママの友人。
そう、僕がこの町に来たときからの付き合いだ。

マリアとエルマン以外で一番最初に話しかけてくれたのも、このヴィヴィアンだ。

バウレスの市長(タウイ)はエルマンパパの親族であり、ヴィヴィアンやその子供たちと共に、よくマリアのホテルで食事を共にしていた。

サンタクルスの大学に通うお兄ちゃんと別に、姉のアリソン、弟のロベルトともよく遊んだ。
いや、正確にはイタズラ好きなアリソンたちに構われたと言うべきか。

ヴィヴィアンは顔を合わせる度に、「オサキ、スペイン語を勉強しなさい」と怒っていた。笑
マリアやアリソンはそれを見て、いつも笑っていた。
今となれば有難い話だ。

独り身の中年など日本にいたら、もう誰かに怒られることなどない。
ヴィヴィアンの愛情を感じてならない。

娘のアリソンは、シャイなくせにイタズラが大好きで、食事中にちょっかいを出してきたり間違ったスペイン語を教えてきたり、子供らしくて(たぶん高校生)可愛かった。


さて、そんなヴィヴィアンも最後マリアと共にお別れの挨拶をした時だけは、いつもと少し様子が違っていた。

マリアの運転する車で、最寄りの滑走路(雨季は道が冠水するため小型飛行機で移動)に向かう途中のこと。

マリアがちょうど市役所から出てきたタウイとヴィヴィアンを見つけ、車を止めて助手席側の窓を開けた。

「オサキが日本へ帰るのよ」
マリアがそう言うと、ヴィヴィアンはとても寂しそうな表情で隣にいたタウイに「ちょっとオサキが帰るんだって」そう話しかけた。

タウイは市長らしく、あまり顔色を変えず毅然とした感じで拍手を求めた。
ヴィヴィアンは寂しそうな顔をしながらも、「またバウレスに戻っておいで」「ちゃんとスペイン語を勉強してね!」そういつもと同じ強い口調で、握手してくれた。

「もちろん、またバウレスに帰ってくるよ」
僕はふたりにそう伝えた。

その様子を運転席で見ていたマリアは涙ぐみながら、車を発進させた。
それを横目で見た僕も、思わず貰いそうになった。


そのヴィヴィアンも、娘のアリソンもSNSをアップするたび、いいねやメッセージをくれる。
その度に僕は、これは終わりではなく始まりなのだと確信している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?