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 道端でこんなことをされても、誰も気がつきはしないだろう。
 鬼は僕の身体を岩垣の上に押し倒し、着ていた白いシャツのボタンを荒々しく、吟味するように荒っぽく開けた。
 そのシャツよりも白い銀色のボタンが弾け落ちるように、胸板が湿った熱気に晒されると、冷ややかな風を胸元から感じてしまい、つい、意図しない声を荒げた。
 鬼は片方の手で、腰回りを強く掴み、ファスナーをむざむざと開ける異様な音が耳に入った。

 汗ばんだ触手が、僕の奥の中に沈む、秘宝を淫らに掻き探る。
 失われた秘宝は、どんなに穢れと厭悪に満ち足りていたのか、僕は知る由もない。
 痛い、とも思わなかった。
 男が望むように伏し目になって、耳元で卑猥な言の葉で囁いた。

 鬼は身体の軸から、のぼせ切っているのか、何も言わなかった。
 その代わりに強く、両足の間を強く抱きしめた。
 煙草のくゆらせた、臭気が顎を包み込み、なかなか、やるじゃないか、と甘い声を耳元で囁かれたとき、心が緋色の雫となって、深く熟れた野苺のように実っていく。
 鬼は大きく息を切らしながら屈み、自らやった餌に喰らいつく百足のように形振り構わず、舐め回した。
 当の僕は本心とは裏腹に腰を反らし、小さく喘ぎながら、冷たい耳たぶをつねられた。
 夜更けの炉端物語を諳んじた、漆塗りの柱時計が野分の夜をひそひそと刻む音を。
 僕を独りの少年として、いや、禁じられた遊びを共に行うための冥界の皇子として、鬼は僕を見つめていた。
「――君は生まれながらの死刑囚だ。忌まわしい大罪を犯し、それだけでは飽き足らず、ついには禁断の扉を開けたのさ」
 闇夜で怪しい奇術を放つ、百鬼夜行の一団にでも僕はつい、攫われたんだろうか。
 峻厳な森が葉辺を裏返すような、物々しい音だけが聞こえた。

 カナカナ、カナカナ。
 木立の奥から蜩の唄が心の水琴窟に木霊する。
 気が付いたら、僕は川辺のほとりでうつ伏せになって倒れていた。
 そうか、気が滅入っただけだ。
 疲れていたんだ。
 よろめきながら何とか立ち上がり、瞼に滲んだ汗と一粒だけ残った涙を拭いた。
 山の音と川の音、星の音が同じときはなかった。
 僕は笑えない。
 笑えなかった、笑えなく。

星神楽 66 星々の廃市|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)


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