『落下の解剖学』/映画感想文
『Anatomie d'une chute』(原題)
『Anatomy of a Fall』(英題)
なんやこのぎこちないタイトルは!?と感じるが、がっつり直訳なんすね。
カンヌのパルムドール受賞、オスカーノミネート作品。
地味っぽさはプンプン臭うが、見逃すわけにはいかないでしょう。
1. あらすじ
人里離れた雪山に住む家族。
ある日、屋根裏から父親が転落死。同居していた妻が疑われる。
参考人は視覚障害のある息子。
事件は裁判にかけられるが、真相ははたして、、?!
2. 点数
73点
静謐な演出、秀逸な脚本や演技。
落ち着いた文化的な映画として間違いなくハイレベルだが、中盤から少しだれてしまい、インパクトは残せず。
映画から滲み出る雰囲気が是枝監督作品に類似しているが、日本人としての内国民優遇がはたらくため、「これでバロンドールかぁ」といった感想をもってしまった。最高賞をとってしまったが故の厳しい採点。
3. 感想
コラージュ遊び
役者の顔面の話からはじめます。
・主役の女優さん(サンドラ・ヒュラー)
作中と同じくドイツ出身らしい。
さすがドイツというべきか、まったく色気がない。
しかしそれがいい。まさに質実剛健。
かわいさ担当は他の女優さんに任せようじゃないか。
この方の顔面、ケイト・ブランシェットの骨格とラッセル・クロウの動物感を見事にフュージョンしていて、もはや芸術レベル。
最適な画像を見つけられなかったが、映像ではよりおわかりいただけるはず。
・弁護士役のいけおじ
主人公の元カレ兼弁護士として颯爽と登場。
ネイビーのニットとデニムというシンプルなファッションなのに、おしゃれに見えてくる。これがフランスパワーか、この野郎。
白髪ではなく、シルバーヘア。
しかも長くてcurly hair. エロさが溢れてるぞ。
ほとばしる貴族感、フランスの中村七之助やー!
このコラージュ遊びができればこの記事の目的は達したと言える。満足です。
裁判で明らかにされるもの
主人公が起訴されて裁判シーンに。
合計80分ほどは費やしているのではないだろうか。
ミステリーの皮をかぶった裁判映画といってもいい。
検察側は夫婦喧嘩の事実から被告人の動機や性格をアピール。
弁護側は夫の病気の事実から自殺の可能性をアピール。
証拠関係が弱いから、どちらもピントのずれた主張を繰り返し、
「それ、あなたの想像ですよね?」
とひろゆきばりのツッコミを受けるハメに。
本来であれば、客観証拠(死因、血痕、建物の構造)を中心に論じるべき。
作中でも他殺vs自殺で専門家同士の論戦はあるが、「どっちも説得力ありそうだね~」的な空気だけ残して流される。
このあたりは映画ならではというか、判断をより混沌に落とすための演出なのだろう。
本作のメインテーマはこの混沌、
「うぁぁぁぁ! どっちに判断すればええんやぁぁぁ!」
と頭ポリポリかいて叫んじゃうような状況。
こんな状況で、裁判官は、あなたはどうしますか?と。
裁判官は判決を出さなければならない。
刑事なので白黒はっきりと。グレーは許されない。
そのために審理を尽くすわけだが、それでも確信をもてないことはあるはずだ。
そんなシステムをずるいとか危ないと批判する人もいるだろう。
裁判を社会システムとして回すためには避けられない「合理化」。
こんな大人の流儀に対して、証人としての葛藤に悩む息子くんが
「判決を出すことって『これが真実だ』ってフリをすることなの?」
と付き添い役のお姉さんに聞くと、
「フリじゃないよ。『これが真実だ』って考えて、決めることなの。」
と返す。
これ、裁判の本質を表しているめっちゃいいセリフ。
できれば裁判官の口から聞きたかったな~(作中ではいけ好かないオバハンだった)
少年の証言の影響力
少年は証言台に向かう。
どんな衝撃の事実が明かされるのか?!と期待してしまったが、内容は大したことではない。
犬がアスピリン飲んで体調不良だった→父親が薬を嘔吐した
父親から「(犬は)いつかは死ぬんだ、心構えをしておけ」と言われた
弱い。自殺との関連性は弱すぎる。
でも少年の証言としてはリアル。実際でてくる事実はこんなものだ。
その後、少年の証言に沿った(と言いきれないが)判決が出される。
物語の構成として、「判決は少年の証言のおかげ」とみれなくもないがミスリードになるので微妙だった。
上記のように証言のインパクトは激弱。
判決理由は明かされなかったが、判決に影響は及ぼさずせいぜい「お気持ち表明」程度の意味しか持たない。
「少年のおかげで勝った!」ではなく、
「少年は深く深く考えた!」ことがなにより重要。
大人たちに惑わされ、諭され、少年は迷子になる。
そこで母親からの隔離を選び、徹底的に自己と向き合う。
その結果として導いた証言。
証言が彼なりの「真実」だし、「願望」も含まれている。
結果的に「願望」通りになったため、一種の成功体験を得ることとなったが、本人も観客も勘違いしてしまってはだめだ。
だから、「願望」とは逆の判決が出ていれば救いがない展開でもっと楽しめたのにと思ったり。
脚本が素晴らしく、特に夫婦喧嘩の罵りあいは圧巻。
他に犬の名演技も見どころ(カンヌのPalm Dog Award 受賞)
地味だけれど上質な会話劇を楽しめるので興味のある方はぜひ!
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