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Valkan Raven

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終わる兆しの見えない長年の不景気の中、荒んでいく一方の人々の生活と心は、 いつしか歪んだ現実から目を背けるか、自らも歪むかのどちらかとなっていた。 不幸な半生により存在価値を見…
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Valkan Raven #3-0

 ーー長くて怖い夜が明けて朝日が出てきてくれる度に、あの日アパートの屋根の上で、彼と並んで座っていた事を思い出す。

 訪れた夜の出来事が忘れられなくて震えていた私を、彼はいつも微笑みながら見守ってくれていた。家族にさえ存在を認められなかった私なのに、どうしていつも嫌がらずに居てくれるのかが、不思議でしょうがなかった。
 「この町に来る人は絶望した人だけだと思っていた」とつぶやいた時、彼は可笑しそ

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Valkan Raven #2-6

  2ー6  

 孤独なカラスが声を出す。自身の身と同じ色に染まった空の中、誰とも分からぬモノへと発せられる訴えは、夜闇に溶けて瞬く間に、静寂となって消えていく。
 声を耳に受け止めた唯一の人間が、進めていた歩を止めて振り返る。荒れた息を整えながら眉間を皺で寄せると、感覚の疎くなった足で徐々に前進を再開しながら、姿無き厄介者に軽蔑の溜息で答えた。
 ――五月蝿い。やかましくうざったい鳥め、低俗で

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Valkan Raven #2-5

  2ー5  

 土道を踏む足音が空間に響く。靴が砂利を潰す音が不定期に鳴り、浅く断続的な息づかいが、耳の奥に流れて鼓膜を刺激する。
 周囲は完全に闇に覆われている。一足先に黒に染まっていた空の雲は、今は放出した夜の漆黒に溶け込み、その姿を晒す権利を何かから奪われたかのように、誰にも知られる事無く風に乗って流れていく。
 上半分が見えない視界で、鮮明に確認出来る目的地へ向かって駆けていく。研ぎ澄

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Valkan Raven #2-4

  2ー4

 家主も訪問者もいない廃アパートの1室に置き去りにされているMacBookに、メールが送信されてくる。不定期に送られてくるメッセージのファイルは軽快な着信音と共に、DOCKに張り付いている封筒の形をしたアプリの右上の数字の数を急速に増やしていく。
 誰も弄っていないのにもかかわらず、送られてくるデータ達が画面の中で勝手に開かれていく。短い英語と数字の羅列は徐々に大量になって瞬く間に

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Valkan Raven #2-3

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2363683/名前:akaituki
新学期始まったね!さーあて張り切って依頼しようぜ、人wwww殺しのwwwww
2363684/名前:匿名希望
>>2363683
ガキ死ね、厨臭え乳臭え死ね
2363685/名前:匿名希望
新年度めんどいんごwwwww新入社員めんどいんごwwww皆殺しにしてくれんごwwwww
2363686/名前

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Valkan Raven #2-2

 2-2

 止める事を許されない足で建物の中に入ると、コンクリートに囲まれた受付の無い玄関を通る。行く手にある幅の狭い階段に不安を募らせたが、――引き返そうとは思わなかった。あの怖い眼で睨まれるだけだから。――
 魅姫は時間を掛けて階段を上ると、最上段に立つスーツ姿の男を見つける。振り向いてきた相手に浴びせられた、サングラス越しの刺すような視線に警戒心を掻き立てられるが、右手で装飾品を外されて露

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Valkan Raven #2-1

 「勘違いするな」はあいつの口癖。実際に何をと具体的に言われた事は少ないけれど、どうやら私は何かと勘違いをしてしまう癖があるらしい。
 他人の勘違いには生きている内に敏感になってしまった。薄っぺらい嘘吐きと決め付けを誰もかれもが投げ合っているのは、気持ち悪くてもう沢山。それはこの異質な『数字の世界』で出会った人達も殆どが感じているだろうと思う。そう決め付けてしまっているのも私の勘違いでしかないのだ

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Valkan Raven #2-0

 「生きる」という事の意味を生きている内に忘れてしまうのは、頻繁に起こり得るが本来はあってはならない事である。
 「死ぬ」という事の意味は、自らが死ぬ時に深く知るのかもしれない。それは自分以上に生かそうと努めた他人のその時であったり、時には知恵を得た後に直面した死から逃れられる事もあったりするが。
 この非常に単純で尊い二つの宿命を疎かにした人達は、底無しに歪む世の中で果て無く末無く歪み混ざってい

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Valkan Raven #1-0

 「人間の世界は、幾つもの群れで構成された部屋の集まりのような物だ」と、ある日彼は私に言った。
 その例えには納得が出来たし、心から救ってくれる物だと思った。今まで持っていた世間への価値観が全て私の勝手な決めつけでしか無かった事を、この言葉を言われてから頻繁に意識する事が出来るようになった。
 それでも人間の作っている部屋の数は、余りに膨大過ぎる。一生の間に何個かの部屋を出入り禁止になる事はあって

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