Valkan Raven #2-1

 「勘違いするな」はあいつの口癖。実際に何をと具体的に言われた事は少ないけれど、どうやら私は何かと勘違いをしてしまう癖があるらしい。
 他人の勘違いには生きている内に敏感になってしまった。薄っぺらい嘘吐きと決め付けを誰もかれもが投げ合っているのは、気持ち悪くてもう沢山。それはこの異質な『数字の世界』で出会った人達も殆どが感じているだろうと思う。そう決め付けてしまっているのも私の勘違いでしかないのだが。
 私は孤独だと言った。でも本当は、すべての時間が孤独だった訳ではない。
 私に"魅姫"という名前と居場所をくれた人はいた。母方の祖母が此の世から消えてしまったのは私が7つの時だったけど、それでも彼女が私の、唯一自分の存在を認めてくれた人だった。
 両親も弟も会いに来ない親戚の家にいても、祖母と過ごせた時だけ、私は全然寂しくなかった。
 今いる此処も寂しくはないけど、何もかもが理解出来なくて凄く怖い。でも今は此処だけしか、私が私でいられる場所が無い。
 世界に排他された『私』を、此処だけは決め付けなく認めてくれると信じてる。此処で出会った彼も、あの人達も、あいつも――

 #2

 2-1

  ――4月になって未だ日は経っていない。だけどこの『帝鷲町』では、道に咲いている花や草や、暖かみを持った風が次の季節を濃く感じさせてくれる。
 車も自転車も見ない不思議な町の外れに孤立して建っている廃アパートで、私、鴉夢桜魅姫は新しい人生を始めている。この建物には3つしか使える部屋が無いが、真ん中の部屋が現在私の新しい家となっている。
 まだ暮らし始めて3日しか経っていないので殺風景だけど、璃音への依頼料として全財産を持って来ていたお陰で、必要最低限の生活用具と雑貨は揃える事が出来た。正直言うとコレは大嫌いな母親が送ってきたお金だけど、彼女は私をお金と引き替えに捨てたんだと思ったら、このお金は私の物。どう使おうと私の自由だ。
 結局依頼料に関しては渡そうとしたけど断られたので、生活費に当てる事にした。その代わりに突きつけられた条件には従っているけど……。
 彼が何を考えているのかは全然分からない。ただ試験をされたあの日、アパートの屋根の上で彼が言った言葉を覚えている。
 "お前はあの時「生きたい」と言った。俺はそうじゃないとお前を拾った意味が無い"――

 廃アパートの端にある鈴鷺 璃音の家には大きなゴミ袋が3つ、和室の隅に固めて置かれている。畳に乗った古い卓袱台の上には炊き立ての白米と味噌汁と目玉焼きと牛乳が置かれており、家主である茶髪の若い青年と、隣人の黒髪の少女が向かい合わせに座っている。
 黒いロングワンピースに白いエプロンを付けた格好をした魅姫は、丸盆を抱えながら緊張した様子で相手を見つめている。長い間棚に仕舞い込まれていたらしい取れない茶渋が付いた茶碗を持ち上げた璃音は、調理者の顔を一瞥してから食事を開始した。
「飯が硬い。 芯が残ってる」
(仕方がないわよ。 このアパート、電気とガスが通ってなくてカセットコンロしか使えないもの。 鍋で御飯を炊くなんて、小学校の時の家庭科以来よ)
「誰が半熟にしろと言った。 完全に焼け」
(知らないわよ、あんたの好みなんか)
「なんで白飯の横に牛乳があるんだよ! お前のBig Bustの搾りたてかよ?!」
(……)
――何故朝食の抜き打ちテストなんかさせられてるんだろう。私は何時こいつのお嫁さんになったんだろう。
 亭主関白極まりない。ただの犯罪者じゃないの、あんた。朝っぱらからセクハラ言ってるんじゃないわよ。何よビッグバストって、巨乳って言いなさいよ……言わなくても良いわよ。――
 反論を堂々と言いたかったが、背後の壁にアサルトライフルが入ったギターケースが立て掛けられてる。本物の銃では無いだろうが、逆らったら問答無用に撃ってくるだろう。
 その後も手製の料理に文句を次々と挙げられる。舌打ちすら出来ない状況に魅姫のストレスが溜まっていく中、床の上に転がっていたスマートフォンの画面に0800の数字が表示された。
「味噌汁、美味いな」
(?)
「もうこんな時間か。 片付けろ、昨日言った場所に行くぞ。 その前に俺の用事に付き合え」

 アパートを出た2人は、左右を溝に挟まれた田道を延々と歩く。上半身が隠れる程の大きな紙袋を抱えた魅姫は、狭い視界の中をおぼつかない足取りで進んでいく。
 Vネックシャツとジーンズパンツの上から草臥れたトレンチコートを羽織った璃音が2歩程後の位置を歩きながら誘導する。同時に監視もされているようで、時々発せられる鋭い視線に激しい悪寒を感じさせられていた。
「何度も言うが、本当に「表の世界」に帰らないんだな?」
「何回も言うけど、帰らない。 帰りたい場所なんか無い、何処にも無い」
 威圧的にされる質問に幾度も応える。眠気を誘う筈の春の風が、今は木枯らしのように感じられる。
 紙袋に入った赤いチェックのスカートが、上に乗せられた藁半紙の隙間から時々姿をちらつかせている。溝に落ち掛けた体を服を引っ張られて救われた魅姫は、崩れ落ちた荷物を拾い戻しながら、煙草を吹かしている青年に話し掛けた。
「私はずっと独りだった。 今までの私は、あなたに殺して貰ったから」
「……ここのRuleを言っておく、忘れたら知らねえからな。
 管理と俺に逆らうな、それだけで良い」

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