Valkan Raven #2-5

  2ー5  

 土道を踏む足音が空間に響く。靴が砂利を潰す音が不定期に鳴り、浅く断続的な息づかいが、耳の奥に流れて鼓膜を刺激する。
 周囲は完全に闇に覆われている。一足先に黒に染まっていた空の雲は、今は放出した夜の漆黒に溶け込み、その姿を晒す権利を何かから奪われたかのように、誰にも知られる事無く風に乗って流れていく。
 上半分が見えない視界で、鮮明に確認出来る目的地へ向かって駆けていく。研ぎ澄まされた神経が過剰に辺りの物音に反応すると、時折手と目で背後に合図を送りながら、聞こえてくる全ての音を避けるように、道を選んで進んでいく。
 伸ばされた太めの指が、地面に落ちている数個の袋菓子を拾う。建物が並ぶ一角にある公共用のゴミ箱に未開封の食物達を放り込むと、磨かれた革靴を履いた足は、悪気を感じる事無く、死の運命を迎えるモノ達から離れていく。
 汗に濡れた髪がへばり付く顔が、幾度も後方を振り返る。何時までも何時までも続く踏み心地の悪い道に、耐えかねずに履いている靴を乱暴に脱ぐと、両手に鷲掴みにして疾走する。
 括られた跳ね癖のある茶髪が風に揺れる。耳から離したスマートフォンを上着のポケットに入れ、整った顔に付いた鋭い茶眼が釣り上げられると、赤い点のように見える煙草をくわえた口から、猛毒の煙が吹き出される。
 草臥れたトレンチコートが大きく靡く。色気のある声で英語の歌を歌っていた口が不気味な笑みを浮かべると、黒いグローブをはめた手に掴まれているモノから、金属がスライドするような音が聞こえた。

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