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読書感想文【井上智洋『「現金給付」の経済学』

通読した所感

 井上智洋氏の『「現金給付」の経済学』を読んだ。その感想を書いていきたいと思う。まず、この本を読んで最初に感じたことは「井上智洋節全開だな」ということ。氏の世界観というか、技術的発展論は本当にブレないなと感じた。こういうことを言うとアレだが、氏の想定する未来社会は非常に特殊なので、其のことが氏の他にない政策提言に繋がっているのではないかと思う。
 それは、2030年ごろに汎用AIが開発され、ホワイトワーカーから雇用崩壊が発生するのでBIしかない、という具合だ。これは新書大賞を取った『人工知能と経済の未来ー2030年雇用大崩壊ー』から変わっていないなと思う。しかし、このシナリオは少々現実離れしていると私は思うので、やはり氏の提言には受け入れ難いものがある。
 氏の提言、二段階BIなどに関してはそのシナリオ、つまりAIによる雇用崩壊が訪れるなら確かにそれが最適解なんだろう。という風に同意することが多いが、そもそもそうはならんやろ、と思うことが非常に多い。正直、過激なことを言って研究費を集めたり政治的な反緊縮ムーブメント活性化の為に敢えてこういうことを言っているのではないか思ったりもする。 
 なんだか、否定的な事を書いてばかりだが、この本は非常に面白いところも多かった。そもそも、私は井上智洋氏の大ファンで氏の著作をほぼ全て読んでいるし、なんなら昔大阪で開かれていた怪しげなBI関係の団体が主催の講演会に参加したこともあるくらいだ。 
 話を戻して面白かった所を具体的に言うと、その面白いところというのは
①横断性条件によって近経のモデルから機動的財政論を肯定するところ。
②JGPに対する極めてcriticalな批判。
③グリーンマルクス主義批判、もっと言えば斎藤幸平氏の脱成長コミュニズム批判。

の3つである。順に触れていく。

横断性条件と近経的アプローチからの財政均衡主義批判

 これは以前望月氏とのYouTubeライブでも触れていたところだが、氏の最近の主張の中でもっとも目を引くところではある。財政均衡主義批判はMMTの専売特許などではなく主流派的なモデルからもそういった結論に至ることができるという点が非常に面白い。  
 読んでいない人に向けて半ば乱暴なほど端的にまとめると横断性条件とは「人は死ぬ瞬間に資産を使い切るという想定」で、その想定を国家に当てはめた場合国家は永続を前提とするので国家の借金は自転車操業的に借り換え続ければ良い、という事だ。
 私は機動的財政論を支持しているのでポジショントーク的に膾炙して欲しいし、単純に正しいとおもう。なんにせよ、この本の最大の論点であると私は思う。

ビルトインスタビライザーとしてのJGP批判

 次にJGPに対しての批判だが、これには感心させられた。私はJGPにかなり肯定的だったので少し考える必要があるなと感じた。批判の内容としては幾つかあったが、面白かったのは、JGPは「つまらない、もしくは相応に辛い且つ必要不可欠ではない業務」でないとビルトインスタビライザーの役割を果たすことができない。というものだ。これは相当面白い。
 よくJGPには介護などのエッセンシャルワークが最適だと言われるが、このロジックからすればそれは不適ということになる。このロジックを無理矢理まとめると「楽しかったり、楽な仕事であれば好況時でも民間への労働移動が起こらず、社会に必要不可欠な仕事に従事する人が好況だからといって民間企業に転職されては困る」という事だ。
 この問題について、MMTerやJGPに肯定的な人間は深く考える必要があるは思う。私はそれでもBIよりJGPを実施するべきだと思っているが、どのような職業がfitするのか、実際JGPを導入する時にどのような制度設計にするべきなのか考える上で避けては通れない論点だと思う。

グリーン・マルクス主義批判

 このグリーンマルクス主義批判、最近流行りの斎藤幸平氏批判だったわけだが、正直肩透かしな部分も多かった。冒頭でも述べたが氏の想定する未来があまりにも技術的楽観論に基づいており、シンギュラリティが全てを解決してくれる!!という加速主義的世界観がひしひしと感じられて微妙な気持ちになってしまった。そもそも氏は加速主義的を標榜しているわけだが......。   
 正直、氏がオルタナティブとして提示した加速主義とグリーンニューディールの悪魔合体のような道筋自体は現実味もなく面白くもなんともなかったわけだが、グリーンマルクス主義などへの批判は非常に面白かった。その一つが、非常に痛快で笑ってしまったのでここに引用する。「グリーン・マルクス主義者は、環境を守りたいのか資本主義を打倒したいのか、どちらが目的でどちらが手段なのかわからないのである。」(p198line8)
 これは私もずっと思っていた事で、人新生の資本論を読んだ時も自分に有利なようにチェリーピッキングしているのではないのか?との疑念が拭えなかった。ガチガチのマルクス主義者である私としては、正々堂々と資本主義の打倒こそが本願であると彼らには言ってもらいたいものだ。まぁこの批判に関しては面白くもそこまで学術的広がりがあるとは言えないし、似たような事を言う人は多い。これとは別に面白い論点を提示すると思ったのはマルクス主義的な生産過程が支配的な古い価値観に対する批判であった。つまり、現在のGDP構成比で考えても主要な産業はサービス産業なのだからグリーンマルクス主義者達が言うように、経済発展と環境的なカタストロフは不可分だという言説がそもそも誤りだというものだ。これは確かに、一定の価値のある批判に見える。資本主義的生産様式における破壊的な生産力の拡大が物質代謝の在り方を疎外し地球を破壊する。という見方に対して、サービス産業中心の経済成長の可能性、だからこそのBIであり現金給付、ヘリコプターマネーなのだ、というのは非常に考える価値のある論点だと感じた。
 まぁしかし、サービス産業中心というのは先進国だけの話で、地球全体で見てしまえば結局生産がモノを言う社会であるし、規制等の政策をしても二酸化炭素排出量の押し付け合いになるだけのような気もするが......。

最後に

 3つほど面白いところを挙げてみたが、そもそもこの本はあまり知識がない人にとっては入門書として非常に優れているのでオススメである。逆に言えば、ある程度知識がある人からすれば内容詰め込みすぎで中身ペラッペラに感じる部分はあるが、それでも上記含むいくつかの論点は読む価値ありなので気になる方は読んでみてはいかがだろうか。
 こんなところまでたどりついて、しかも最後まで読んで頂いたことに感謝を表し終える。また何か書いたときは是非読んでください。

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