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不登校は怠けなのか?② トラウマによる闘争/逃走反応、あるいは凍りつき

はじめに

前回の記事で取り上げましたが、日本財団が行った調査、「不登校傾向にある子どもの実態調査」では中学生の学校に行きたくない理由は、1位「朝、起きられない」。2位「疲れる」。3位「学校に行こうとすると、体調が悪くなる」という体調面の原因が挙げられています。


こうした体調面の不調は、どこから来るのでしょうか。生徒により、様々ではありますが、今回は、体調面の不調を招くトラウマを扱います。

経験上、学校への出席が難しい生徒は、多かれ少なかれトラウマ的な体験をしていることが多い印象があり、俗に言うトラウマが、身体的にはどんな状態なのか、まとめてみました。

トラウマの定義

 俗にトラウマと呼ばれる現象は、医学的には米国精神医学会診断統計マニュアル第5版(DSM-5)においてPTSD(心的外傷後ストレス障害)として定義されており、トラウマ体験にさらされたことで生じる特徴的なストレス症候群のことをさすとしています。

主な症状は
・侵入的症状……いわゆるフラッシュバックや悪夢が該当し、動悸や発汗を伴うことが多い。

・回避症状……特定の出来事を思い出したり、考えたりすることを避ける。連想のきっかけとなるものも含む。

・認知と気分の陰性の変化……否定的な考え方、興味や関心の喪失、孤立感、疎外感など。

・覚醒度と反応性の著しい変化……イライラ感、自己破壊的行動、過剰な警戒心、集中困難など

 また、長期間のストレスに晒された結果として、感情の調整困難自尊心の喪失などが慢性的に起こっている状態を複雑性PTSDと呼ぶこともあります。

トラウマの原因とポリヴェーガル理論

 トラウマを生理学的に説明した理論として有力と考えられているのは、ポージェスのポリヴェーガル理論です。

 ポージェスは、進化の過程で生物が獲得した3つの自律神経の働きに注目し、危機的な状況において活性化される「闘争/逃走反応」「凍りつき反応」を導く自律神経の誤作動がトラウマの原因であるとして理論を立てています。

 トラウマに関しては、以前の記事でも取り扱っていますが、


 以下に、3つの自律神経とその特徴をまとめます。

交感神経(闘争/逃走反応)

危機的な状態に陥った際に、アドレナリンとコルチゾールを分泌させて爆発的なエネルギー消費を行い、危機を脱する作用をします。具体的には心拍や呼吸の数が増加し、血圧や血糖値の上昇などの生理的な反応が起こります。こうすることで、戦うにせよ、逃げるにせよ、生存の可能性を大きく向上させることができるのです。ただし、この交感神経の活発な状態が常態化すると、慢性的なイライラや警戒心の増大、自己破壊行動などを引き起こすといいます。

背側迷走神経(凍りつき反応)

逃げることも戦うこともかなわないと感じたときに、身体の反応を極力減らすことで危機をやり過ごす、いわゆる「死んだふり」の状態を作る自律神経。同時に酸素やエネルギーの消費量を抑え、苦痛を感じにくくすることで生存の確率を高めます。副交感神経系に属しますが、一般に考えられている善玉としての副交感神経からは程遠い働きをし、「絶望」と呼んでもよいような精神状態を作り出します。ただし、この背側迷走神経も、生存のために必要な作用をしているだけだということには注意が必要です。

腹側迷走神経(社会的関与)

表情筋と相互に影響しあっており、協調的なコミュニケーションを促進することで生存率を高めるための自律神経です。「競争的な要素を含んだ遊び」のようにリラックスと緊張が入り混じった状態で活性化されやすく、その状態では他の神経が活性化されないという特徴があります。

トラウマは、危機的な状況への適応

 ポリヴェーガル理論においては、トラウマとは心的外傷に晒された結果として「危機的な状況で生き延びるための自律神経」が過度に活性化された状態だとされています。

 自律神経は、心拍数や呼吸など、無意識の反応を司る神経です。そして、感情や感覚、生理反応などにも大きく影響を与えています。

 社会的な動物である人間の日常生活では、人とコミュニケーションをとるときに働く腹側迷走神経の活性化が欠かせません。この腹側迷走神経は、心臓や肺だけでなく、目や耳、鼻、顔の筋肉などに働きかけて変化に富んだ表情や声の抑揚を作り出します。この腹側迷走神経が働いているときには、心身を緊張させる交感神経に緩やかなブレーキをかけることができます。

 しかし、トラウマの状態では周囲を「安全な状況」として認識できないために「凍りつき」や「闘争/逃走」反応が活性化されていると考えられます。 

 そのため、トラウマを抱える人は、不安や恐怖を感じるような刺激を受けた際に、強く反発をしたり、無気力やうつ状態になりやすいということがわかります。

 トラウマの難しい点は、必ずしも「現在通う学校」に対する防衛反応ではないことです。小中学校や家庭での危機的な体験を通して、自律神経が誤作動しやすい状況が作り上げられていた場合、目の前に危険が存在しなかったとしても、防衛反応は出続けてしまいます。

 こうして作り上げられた言動を元として、人は「性格」や「人格」、「個性」として理解をします。

 教師からすれば、トラウマを持った生徒は、「ちょっとした注意に対して強い反発をする生徒」「何を言ってもやる気を出さない生徒」「雨が降ると学校に来ない怠けた生徒」というように見えるのですが、そのとき、生徒の脳が現状を「生命の危機」だと誤解をしているのだと考えると、話は単純ではないことがわかります。

 また、心的外傷は自律神経に影響を及ぼしているため、気持ちの問題に収まらず、身体的にも不調が現れることになります。交感神経優位の状態が続けば、頭痛や高血圧、血行の悪化による肩こりや疲労などが症状として現れ、背側迷走神経が優位の状態になれば、腹痛や息苦しさ、ひどいときには気を失うことすらあると言います。

 心的外傷そのものにアプローチしてトラウマを解消するのは非常に難しいことですが、少なくとも学校を「安全で安心できる場所」と認識できれば、自律神経が誤作動する回数を減らすことができます。

 学校は、未知の知識や技能の習得、あるいは人間的に成長するための場であるため、ある程度の試練やストレスがかかるのが当然という場でもあります。もちろん、いじめや体罰は論外であるものの、常に「安全で安心できる場所」とはなりません。それでも、無気力や体調不良、過度な反発を単なる「本人の性格の問題」で片付けない姿勢が私たち教員に必要とされるように思います。

まとめ

俗にいうトラウマとは、「危機的状況に適応した結果として、自律神経が誤作動を起こし、闘争/逃走反応や凍り付き反応が起こりやすくなっている状態であり、生徒の無気力や体調不良、ちょっとした言葉かけへの過度の反発の裏には、心的外傷が隠れている可能性がある。

次回も、引き続きトラウマについて取り上げ、トラウマを解消するための心理療法やトラウマの解消のために学校できることをまとめたいと思います。

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