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不登校は怠けなのか?③ トラウマの治療法と学校でできること

前回の記事で、学校に通えない程の肉体的、精神的な不調に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)が関わっている可能性を示唆しました。

 では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)俗にいうトラウマを治療することは可能なのでしょうか。

 精神の不調、というと、精神科に行って投薬によって治療する印象が強いように思いますが、薬物療法は万能なわけではありません。

 もちろん、うつ病のような症状があり、脳内のセロトニンの分泌状態が変化してしまっていることが明確であれば、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を処方してもらうことで大きな改善が見込めることはありますし、睡眠障害など具体的な症状を緩和することで余裕が生まれることもありますが、一般的に、トラウマの治療には心理療法(サイコセラピー)が有効だとされています。

 ポリヴェーガルの立場からは、安全な状況を危機的な状況と誤認識したまま不適切な自律神経が活性化されてしまうことがトラウマの原因となっているため、その誤認識を再処理することでトラウマの解消が可能になると考えられます。

 心理療法の方法論自体は、それこそ非常に様々な流儀がありますが、無意識にアプローチする手法、思考パターンにアプローチする認知的な手法、身体的な反応に注目する身体的な手法があります。

1.精神分析的心理療法……無意識を想定し、無意識の不具合が現実の困難を作るという観点から行う心理療法。

2.認知行動療法……認知と行動を変化させることで様々な問題や困難、症状を改善する技法。より発展的なスキーマ療法では、「健康な大人のモード」、「傷ついた子どものモード」など場面によって顔を出してくるスキーマと呼ばれる思考の枠組みを想定してスキーマの変更を行う。

3.身体的な手法
EMDR……眼球運動や左右交互刺激などを通して身体的にアプローチする中で、トラウマ的体験の再処理を行う。

ソマティック・エクスペリシング……トラウマ的記憶と関連する身体的反応に注目し、再処理を行う。(例:走って逃げ出したい局面で逃げられなかった場合を思い出しながら、実際に走る行為をすることで解消を行う)。

EMDR

近年、特にEMDRに大きな注目が集まっており、日本では、日本EMDR学会が資格認定を行って普及に努めています。また、スポーツトラウマなどの解消にも効力を発揮しているという報告もあり、比較的高い安全性と応用範囲の広さが特徴です。

EMDRの作用機序については、まだ完全な解明がされているわけではありませんが、左右の両側性刺激と同時に心的外傷に関わる記憶を再生することで、不適応的なネットワークが脳の他の部分と適応的なネットワークを形成すると言われます。

実際にEMDRを体験すると、記憶に伴っていた不安や恐怖が薄れ、記憶との間に距離ができたように感じるそうです。

トラウマが、認知や自律神経の誤作動によって成り立っているのだとすれば、神経発火のパターンを再構築するようなアプローチは必ず必要になります。そのためには心理療法を行う必要がありますが、学校という場では、たとえスクールカウンセラーという立場だったとしても、そこまで踏み込んだ治療はできないのが現状です。

マインドフルネス

 マインドフルネスと呼ばれる技法がトラウマの対処に取り入れられることがあります。

 これは、座禅などから派生した概念で、「今、この瞬間」を感じることを指します。自らの身体感覚や自動思考に気づくことが適切なトラウマの対処に欠かせない要素であるため、トラウマ処理の前段階で取り入れられることが多くあります。

また、呼吸を整えることによって、背側迷走神経や交感神経が優位な状態から脱して、自律神経を整えることができるともいいます。

トラウマ治療の危険性

トラウマの治療には2つの大きな危険性がともないます。

①トラウマの元となったストレス体験を再生して再処理する過程を含むことが多く、それによって症状が悪化する可能性がある。とくに、自傷などの症状がある場合には注意が必要。

解離によって自己を保っている場合、感情や身体感覚を取り戻すことが症状の悪化につながる。そのため、トラウマ体験を取り扱う際には、十分注意をする必要がある。

 トラウマの対処では、医師と心理士が常駐するクリニックでカウンセリングを受けるのが良いのですが、心理士によるカウンセリングは保険適用がないために高額になってしまいます。

 心理療法には非常に長い時間がかかり、医師が診察の最中に心理療法を行うことは稀だといいます。そのため、医師による対処は投薬を中心としたものになることが多くあります。

 スクールカウンセラーの業務においても、教員との連携やコンサルティングに重点が置かれ、踏み込んだカウンセリングや心理療法が行われるケースは少ないのが現状です。生徒がトラウマ治療を行うためには保護者の経済力と理解が必須になるというのが非常に難しい点です。

学校で何ができるか 

踏み込んだ心理療法を学校が行うのは現実的ではありません。

その中で、学校には何ができるでしょうか。私は、注目すべきなのは、社会的関与のための自律神経である腹側迷走神経だと考えています。この自律神経が活性化している際には、トラウマを導く自律神経が活性化しにくいという特徴があります。

腹側迷走神経が活性化しやすい手段は

①「遊び」の要素を含んだ社会的な活動

②形だけでも表情を作ること(表情筋と影響を及ぼし合っているため)

③マインドフルネス

となります。

以上のことから、学校でできる対処方法としては、
 ・遊びの要素を含んだ活動を取り入れて社会活動を活発化させる
 ・ロールプレイなどを通して形から表情を作ることを学ぶ
 ・瞑想を随所に取り入れる

 この3点が挙げられます。
 ストレス体験そのものの処理をしなければ、折に触れてトラウマが噴出することがあり、非常に歯がゆい思いがしますが、まず、学校生活を営む上で、現実的なのは、学校生活の中に、こうした要素を取り入れていくことなのだろうと思います。


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