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工学系と美術系

久しぶりに、自転車仲間の先輩宅にお邪魔した。美大で建築を学んだ方で、今は早期リタイヤして自宅でグラフィックデザインをしている。その前は大手家電メーカーでプロダクトデザインをしていました。

今はプロダクトは試作品を自分で作ると、費用がかかるのと回収できないことが多いので、ロゴや名刺、チラシを作成しているとのこと。

ご自宅も自分で基本設計をしている。もう、学校を卒業したしてすぐのことだったらしく羨ましい限りです。築35年ほど経ち、内部、外部のメンテをしなければならなくなってきている。デザインは見る人が見ればわかる、坂本一成さんをリスペクトした作りになっている。最近は外壁や、屋根のリフォーム勧誘が多くなっているとの事。屋根を見れば明らかで、僕が営業マンでもここは行きますよ、と答えた。8年ほど前に塗り替えしているとは言え、やはり、下地や、外部の材料の劣化もあり、屋根は吹替を勧めた。応急処置としては塗り替えでも大丈夫なんだろうが、また、沢山営業が来るだろう。

若い頃よりも拘りがなくなったと、言われていたが、建築に対する未練があり、キャリアの晩年になって空間をデザインしたいという思いが残火になって、私と話していてさらに強く燃え上がるようになってきたそうです。

上記の私が担当した物件を見て、僕の事を誤解していたと話していました。ただの内装、リフォーム屋さんと、思っていたようです。自分は大差ないと思っていたけれど、美術系建築を学んできた人はどこか工学系建築をやってきた人をデザインがわかっていないと誤解していたと。亀さんという人なんですが、亀さんが学生時代から、仕事を始めた頃の建築家達の話もこちらが話せる事が不思議だと話していた。どうしても、自分が学生時代に雑誌などで活躍している建築家は詳しくなる傾向がある。日本だけかもしれないが、時系列や文脈で勉強する所までいかないようです。学生時代から先輩達にも昔の事よく知ってるよねと揶揄されていた。巨匠を見るより、巨匠が見たものを見たい。凄い設計の奥にあるエッセンスはどこにあるのか気になっていた。未だにそこまで行けてないが、探求をする気持ちは失ってないつもりだ。亀さんが欧州のコルビジェを巡る旅をした所も少し後の時代に自分も個人で追いかけていた。建築は動けないので自分がそこに、辿り着かないと行けない。大抵の名作は辺鄙なところにある。言葉に不安が多い日本人だと諦める事が多い。
その時の話をして、亀さんは参りましたと言っていた。とりあえず、行くだけなら気持ちさえ有れば行ける。、その先は日々の研鑽が物を言う。
怠けてるのでもはや、いつたどり着けるがわからない。でも、同じ体験をした人と話すとかつての熱が戻ってきて、立ち上がる気力になる。
ガウディの話も出て、実物を見るまで、ガウディの良さが全くわからなかったが、バルセロナの風土を考え抜かれている事が現地に立つと実感されたのだという。まさしく、建築写真がよく撮られすぎているからなんだろう。現地の匂い、色彩、日差しの中でしか感じる事ができない。建築は内部に空間が出来る。、それがプロダクトとは大きな違いになる。人は空間で生活している。

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