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「ソニー技術の秘密」にまつわる話

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ここでは、ソニー株式会社の研究技術開発の要を果たし、「ソニー創成期の基礎技術」を確立させた 木原信敏 (きはら のぶとし) の著書『ソニー技術の秘密』に記された研究開発の歴史を振…
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ソニー創成期の基礎技術を確立した、伝説の技術者が残した名著 〜 『ソニー技術の秘密』 にまつわる話を

■ ソニー創成期の基礎技術を確立した、伝説の技術者1946年 (昭和21)年に井深大、盛田昭夫により創設され、現在では世界的な大企業としてその名を世界に轟かせている ソニー株式会社(Sony Corporation) その創業期より数々の「世界初」「日本初」の製品を誕生させ、ソニー創成期の基礎技術を確立した、伝説の技術者がかつて存在していました。 1950 (昭和25) 年に発売された、国産初のテープレコーダー『G型テープコーダー』。 1955 (昭和30)年に、ト

井深大の秘蔵っ子といわれ、録音・録画文化の礎を築いた伝説の技術者 〜 東京通信工業 (現 ソニー) 新卒採用第1期生-木原信敏

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (1) モノづくりに心奪われた科学少年ソニー創業者の一人井深大 (いぶか まさる、1908 - 1997)の秘蔵っ子といわれ、日本のメカトロニクス機器の原点ともいえる、1950年に誕生した日本初のテープレコーダー『G型』を始め、数多くの「日本初」「世界初」の製品開発に携わり、ソニーを技術面で支え続けた伝説の技術者・木原信敏 (きはら のぶとし、1926 - 2011) 1926 (大正15)年、東京・中野で誕生した木原は、幼少の頃より『科

GHQの将校から知らされた、テープを巻いて音を出す機械とは?〜未知の機械「テープレコーダー」開発に着手

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (4) GHQの将校から知らされた 「テープレコーダー」 の存在1949 (昭和24) 年6月、 東京通信工業 (現 ソニー、以下 東通工) の技術者として採用された木原信敏の手によって開発された『ワイヤーレコーダー』は、製品化を目前にステンレス製ワイヤーの加工に必要な (会社が倒れかねないほど高額な) 「ダイヤモンドダイス」の購入が必要とわかり、ソニー創業者の一人・盛田昭夫が社運をかけて購入を決断します。 『ワイヤーレコーダー』開発のお

フライパンとしゃもじで磁性粉を作成!? 国産初 『テープレコーダー』 開発の第一歩 〜 音の出る紙 『ソニ・テープ (Soni-Tape)』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (5) どうすれば磁石の粉が作れるのか?GHQの将校が東京通信工業 (現 ソニー、以下 東通工) に持ち込んだ未知の機械「テープレコーダー」の音や操作性に感銘を受けたソニー創業者・井深大と盛田昭夫は「テープレコーダー」の開発を決意。入社2年目となった木原信敏にその開発が託されることになります。 「テープレコーダー」開発決断のお話はこちら↓ 1950 (昭和25) 年に入ると、東通工で生産される「テープレコーダー」に使用する「磁気テープ」

東通工 (現ソニー) 念願の「録音できる機械」製品開発の可能性を実証! 〜 『簡易試作テープレコーダー』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (6) 『簡易試作テープレコーダー』を制作1949 (昭和24) 年6月、 東京通信工業 (現 ソニー、以下 東通工) 入社2年目を迎えた技術者・木原信敏は、ソニー創業者の一人・盛田昭夫と共に、東京・神田の薬品問屋街で手に入れた「蓚酸 (しゅうさん) 第二鉄」を、フライパンでしゃもじで煎って作成した磁性粉 (磁石の粉) を8㍉幅の紙テープに塗布した自作「磁気テープ」の録音再生のテストをするために、簡単な装置を組み上げます。 フライパンが活

海外機器の研究から得た情報とノウハウを集結〜東通工 (現ソニー) 製 『試作1号機』 テープレコーダー

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (7) テープの巻き取り方法フライパンでしゃもじで煎って作った磁性粉を塗布した「磁気テープ」を使った 『簡易試作テープレコーダー』での録音再生テストで音出しに成功した東京通信工業 (現 ソニー、以下 東通工) 入社2年目の技術者・木原信敏は、東通工での製品化を意識した『試作1号機』テープレコーダーの開発に取り掛かります。 木原お手製の『簡易試作テープレコーダー』のお話はこちら↓ 『ワイヤーレコーダー』研究の経験から、機構部分や増幅部分の

東通工 (現ソニー) 独自の技術成長と、新しいアイディアを産み出した 〜 『G型』テープレコーダー試作機(GT-1型)

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (8) 『G型』試作機誕生東京通信工業 (現ソニー、以下 東通工) はその創業時より「大衆向けの新しく独特な商品」を開発することを模索しており、その最初のチャレンジとして『ワイヤーレコーダー』の開発に取り組みます。 『ワイヤーレコーダー』開発のお話はこちら↓ しかしその後、東通工の調査に訪れたGHQの将校から「テープレコーダー」の存在を知ることとなり、その音や操作性の面から経営陣の判断で「テープレコーダー」開発へと移行することとなり、東

販売苦戦を強いられた東通工 (現ソニー)による国産初のテープレコーダー 〜 『GT-3型 テープコーダー(Tapecorder)』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (9) 『GT-3型 テープコーダー』一般市販開始東京通信工業 (現ソニーの前身、以下 東通工) 入社2年目の若き技術者・木原信敏の手により開発された国産初のテープレコーダー『G型』は1950 (昭和25) 年8月に完成。 東通工創業時よりの悲願であった「大衆向けの新しく独特な商品」の完成に、社内の誰もが「素晴らしい機械が完成した。これは売れる!」とその販売成功を信じていました。 『G型』テープレコーダー試作機のお話はこちら↓ 東通工

東通工 (現ソニー) による国産2台目にして、既に録音再生機器の基本となる多機能を備えた 〜 『A型』テープレコーダー試作機

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (11) 日本のメカトロニクス機器の原点ともいえる、国産初のテープレコーダー『G型』の開発と、ほぼ同時期に東京通信工業 (現ソニーの前身、以下 東通工) 入社2年目の若き技術者・木原信敏によって研究開発が進められていた機器がもう一つありました。 それが、一般家庭への普及を念頭に製作された『A型』テープレコーダーでした。 国産初のテープレコーダー『G型』開発のお話はこちら↓ 小型化を目指した『A型』テープレコーダー 『G型』テープレコー

ソニーの伝統となった、伝説の合同設計会議 〜 『H型』テープレコーダー試作機

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (12) 「日本初のテープレコーダーができたのだから、 飛ぶように売れるに違いない」 1950 (昭和25) 年5月、ソニー創業者の井深大、盛田昭夫 はじめ、東京通信工業 (現ソニーの前身、以下 東通工) の皆が国産初となるテープレコーダー『G型』の完成を喜んだのも束の間、いざ販売を始めてみると、目算とは大違い、「面白い、便利だ」とみな驚き、一様に注目するものの、誰も「買おう」とは言ってくれない苦境に立たされてしまいます。 販売に苦戦す

アメリカと同じやり方では満足いくものはできない! 肩がけ可能で「街頭インタビュー」に最適、日本初のポータブル第一号機 〜 『M型』テープレコーダー試作機

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (16) 教育機関での予算に合わせたコストダウンを実現し、音質や音量も向上した『P型』テープレコーダーは、「視聴覚教育機材」として最適なものとなり、1952 (昭和27) 年頃の、学校をはじめとする教育分野を中心に、大きく普及することに成功していました。 しかし、『P型』テープレコーダーは小型で軽量となったとはいえ、使用できる場所はAC電源のある場所のみと限られていました。 1951 (昭和26) 年頃には既にNHKでもスタンシル・ホフ

磁気録音方式で「トーキー映画」の発展に大きく貢献 ~ 映画(シネマ)用録音装置「シネコーダー」

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (18) 1927年 (昭和2) 年に、アメリカのワーナー・ブラザースが公開した長編映画『ジャズ・シンガー』は、世界初の映像と音声が同期した「トーキー映画 (talking picture)」として広く知られています。 古くは、蓄音機の音声を映像に合わせて鳴らすことから始まるこの「トーキー映画」は、第1次世界大戦後、フィルムに音を移し代える方法が確立され、日本においても、1931年 (昭和6)年に最初のトーキー映画『マダムと女房』 が松竹

スライド映写機をトーキー化! 既存技術の融合から生まれたプレゼンテーション機器 〜 『オートスライド AS-2型』

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (19) 1951 (昭和26) 年3月に、東通工 (現ソニー)で開発された『H型』テープレコーダーは、当時の進駐軍政策の一環として進められていた「視聴覚教育」の現場での需要に答え、全国の教育現場へと導入されていました。 しかし、テープレコーダーは音声のみの情報伝達であり、これからの視聴覚教育やビジネスの現場においては、 「音声と映像の融合が不可欠」 であるとの考えから、既存のスライド映写装置とテープレコーダーを融合し、映像と音声を同

ソニー創業者井深大の欧米土産、感激を味わったステレオ録音 ~ 日本初の2chステレオの生録のお話

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (20) 今では当たり前のように私たちの生活に浸透している技術も、半世紀以上前の日本ではそのほとんどが存在していませんでした。例えば、ステレオ。今では音響と名の付くものでステレオでないものはありませんが、日本で初めてステレオ録音が実施されたのは1952 (昭和27) 年のことでした。 1952 (昭和27) 年4月、 東通工 (現ソニー)で開発していたテープレコーダーの輸出に伴い、欧米の新しい技術情報を視察調査するため、同年3月より約1カ