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ソニー創業者井深大の欧米土産、感激を味わったステレオ録音 ~ 日本初の2chステレオの生録のお話

『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (20)

今では当たり前のように私たちの生活に浸透している技術も、半世紀以上前の日本ではそのほとんどが存在していませんでした。例えば、ステレオ。今では音響と名の付くものでステレオでないものはありませんが、日本で初めてステレオ録音が実施されたのは1952 (昭和27) 年のことでした。

1952 (昭和27) 年4月、
東通工 (現ソニー)で開発していたテープレコーダーの輸出に伴い、欧米の新しい技術情報を視察調査するため、同年3月より約1カ月の日程で初渡米していたソニー創業者の一人井深大は、帰国の数日前に訪問先でバイノーラルレコードを聴かされ、両耳で聴く音の素晴らしさに驚愕。すぐにアメリカから電報で、

「2チャンネルで記録すると、
素晴らしい音が再生できる」

と、東通工の技術者で、テープレコーダー開発を行っていた木原信敏に連絡が入ります。

これを受けて木原は早速、放送局用に開発した高級テープレコーダー『KP-2型』を使い2チャンネル (ステレオ) での記録ができるように改良を加えます。

『KP-2型』は2つのトラックでいろいろな位置にヘッドを配置して、遅延した音を取り出す実験に使っていた機械でもあり、ほとんど手を加えることなく、井深大からの連絡を受けた翌日にはステレオ録音に対応した『TC-KP2』として完成します。

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さっそくどこか録音させてくれる楽団はないかと、樋口晃 (後のソニー副社長) に紹介されたのが当時銀座にあったキャバレー『エー・ワン』でした。

マイクロホンの専門家、中津留要 と機材を運び込み、マイクスタンドを2本立ててスタンバイ。

『エー・ワン』で演奏をしていた楽団員は数名で、ダンスミュージックを中心に演奏。お客が数組フロアで楽しそうに踊っている中、木原たちは完成したばかりの『TC-KP2』を使い10曲ほどの演奏を録音。

これが日本初のステレオの生録となったのでした。

とにかく、その音の綺麗なこと。澄み切った透明な響きと、左右から別々に聞こえてくる音が分離していて、楽器の所在が完全に判別できる臨場感は、今までに経験したことのない、言葉では表現できない感激を味あわせてくれたのでした。
 ついには床に座り込み、飽かず聞き惚れて、時の経つのも忘れるほどでした。自分で苦労をして機械を作り、調整し、録音をとりに行き、それが期待以上の成果を挙げたのですから感激もひとしおでした。


ソニー技術の秘密』第3章より

井深大、盛田昭夫もたちまちステレオ音響に魅了され、木原の開発した『TC-KP2』で録音されたステレオの再生を、帰国早々社内で聴いた井深大 は、

「思っていた以上に素晴らしい。
左右に広がる効果は動く音として使える。大勢の人に聴いてもらおう」

と次から次へと客人を会社に招き、社内でそのステレオ録音の効果を体験してもらうと共に「ステレオ音響」の普及に努めたのです。

当時の雑誌『電波科學』では、次のような記事で東通工のステレオ再生について紹介されています。

" 音響を立体的に再生すれば、スピーカーを通して実際に演奏している状態そのまま、各楽器の位置も音を通じて判かり、実演そのままの音楽を楽しめるわけである。わが国著名のテープ・レコーダー・メーカーである東京通信工業KKでは、テープ・レコーダーによる立体音響再生の研究に努力していたが、このほどほぼ完成し、音響界の人気をさらっている。
この方法による音楽鑑賞を行った科・研の田口泖三郎 氏は、「音楽の風呂に入ったようだ」と絶賛された。
また従来の1ウエイ再生方式によっては全く不可能だった移動する音の再生に成功し、自動車の走行する音等はその移動状況が極めて明瞭に判り、今後のオーディオ界の進路を示すものとして、極めて重要視されている。
"

『電波科學』1952 (昭和27) 年11月号より

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ステレオ録音に対応した『TC-KP2』はその後、テープが走行する「録音部」と2組の「録音増幅器」の3機構成となり、マイクや録音ヘッドからの出力を十分な振幅に増強し、極めて低い歪で十分なパワーをスピーカに届けられるように改良を加えられ、初の立体 (ステレオ) 録音機『ステレコーダー』として完成。

1952 (昭和27) 年12月、NHKで行われた「二元立体 (ステレオ) ラジオ試験放送」で活躍することになるのでした。

文:黒川 (FieldArchive)


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