文献紹介(その1)~絶版になってしまったアイルランドの民俗音楽の決定版
アイルランドの音楽についてよく知りたいとき、どのような本を参考にしたらよいでしょうか。真っ先に挙げられるのが、アイルランド音楽の研究の第一人者であるブレンダン・ブラナックが書いた『アイルランドの民俗音楽とダンス(Folk Music and Dances of Ireland)』です!
本書について
1971年に多くの人に待ち望まれた末、アイルランド音楽について学術的に研究調査された本が出版されました。アイルランド本国でも長年に渡って他の主要な文献に引用されている基本的な文献です。
私は『フィドルが弾きたい!』音楽之友社刊を訳するにあたって、この本から多く引用されていたため知りました。
日本では、1985年に竹下英二先生の訳で全音楽譜出版社から出版されています。日本語版が出ていることを知ったとき、とても嬉しく思ったことを覚えています。私が購入したのは2004年頃でした。そのあと絶版となってしまいましたが、図書館にはあると思います。
著者ブレンダン・ブラナックについて
アイルランド音楽の本格的な研究は、この本からスタートしたと言われています。民俗音楽が価値のあるものと認められるようになったのが20世紀初頭ですから、ずいぶんと駆け足で進められた研究分野です。
ブレンダン・ブラナック(1912-1985年)は、伝統音楽の研究雑誌『キョール (Ceol:音楽の意味)』の出版者で、自身もバグパイプを専門的に演奏し「連合バグパイプ協会(ナ・ピーバリ・イリン Na Piobairi Uillean)」の創始者であり、会長を務めていた人物です。
彼はダンス音楽が暮らしの中にあった頃の奏者ともたくさん知り合いで、実践的な面においても深い内容になっています。
本が書かれた背景
それまでアイルランド音楽について書かれたものといえば、ゲール語文化復興運動の影響で、伝統と名のつくものの卓越さを鼓舞しようと、内容を誇張したり起源を偽ったりしたものが多かったそうです。ですから、この本以前の文献を参考にする際には注意が必要です。
膨大な曲とさまざまな資料を調べ上げ、過去の収集家の評価も行い、演奏家から聞き取りも多く行うなど、十分な調査に基づいて書かれている本として評価が高いです。
(ただし、p35の3世紀のケルトの物語『オシアン』については、それ自体が18世紀の創作(偽物)なので、注意して読む必要があります。)
どのような本か
この本は小冊子の体をなしていますが学術書なので、日本語でも読むのがやや難しいです。
「音楽の構造」「歌詞付きエアと歌謡」「舞踊」「ダンス音楽」「楽器」「伝統音楽の技法と様式」「偉大な収集家たち」といった項目別に書かれているので辞書のような使い方もできます。
私も分からないことがある度に何度もこの本を開きました。何十回、何百回読んだのか分かりません。
私が一番好きな章は、巻末の「若干の論評と結び」です。現状への若干の苦言と励ましになっていますが、決して堅苦しいものではなく、アイルランド音楽の本質に迫る大変興味深い話になっています。
例えば、「もし教師が伝統的な奏者でなければ、生徒に本物の資料から用いた音源を聞かせ音楽に触れさせ深めなければいけない」と述べられてて、日本にいながら音楽を学ぶ上で、とても参考になります。
ブレンダン・ブラナックの他の書物
アイルランド音楽の曲集『アイルランドのダンス音楽(キョール・リンカ・ナーヘン Ceol Rince na h'Eireann)全2巻 1971年』があります。
これらの本の巻頭には各楽器の装飾音の付け方の表があり、フィドルやパイプ、フルートなどの楽器が、同じ個所をどのように装飾を施したらよいのか示されていて、とても役に立ちます。
日本語の訳者について
実は、私は質問も兼ねて2005年に福島大学まで訳者の竹下先生を尋ねに行ったことがあります。退官間近だという先生の研究室には、アイルランドの伝統歌謡の歌のテープや資料が非常に数多くそろえられていたのが印象的でした。
先生は、アイルランド、イギリス、スコットランドの伝統歌がどのように日本に紹介されてきたのか、教育にどのように役に立つのか、というように社会学と教育学の両方の見地から研究されているということでした。
原著の初版から14年後、改訂版から8年後に日本語版がスピーディーに出版されているのは、竹下先生がそのような研究分野でアンテナを張っておられたからでしょう。
訳者がアイルランド音楽に通じていて、このような難しい研究書が日本語で届けられていたにも関わらず、絶版になってしまったのが大変残念でなりません。
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トップ画像:著者蔵書『アイルランドの民俗音楽とダンス』(手前)と『Ceol Rince na h'Eireann Ⅰ,Ⅲ』
『フィドルが弾きたい!』にもこの本がたびたび引用されています。こちらは、読みやすいので、アイルランド音楽をする人はぜひ、参考にしてくださいね。
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