『事ここに至りましては、帝国は現下の時局を打開し、自存自衛を全うするため、断固として立ちあがるのやむなきに至ったのであります』 東条英機 『大詔を拝し奉りて』 1941.12.08 真珠湾攻撃 大日本帝国 日本 20220315

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東條英機 演説 / Speech by Hideki Tojo - YouTube
https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/sp/movie.cgi?das_id=D0001400294_00000
大詔を拜し奉りて(上)|戦時録音資料|NHK 戦争証言アーカイブス
東条首相 ただ今、宣戦の御詔勅が渙発(かんぱつ)せられました。精鋭なる帝国陸海軍は、今や決死の戦いを行いつつあります。東亜全局の平和はこれを念願する帝国のあらゆる努力にもかかわらず、遂に決裂のやむなきに至ったのであります。過半来、政府はあらゆる手段を尽くし、対米国交調整の成立に努力してまいりましたが、彼は従来の主張を一歩も譲らざるのみならず、かえって英蘭比と連合し、支那より我が陸海軍の無条件全面撤兵、南京政府の否認、日独伊三国条約の破棄を要求し、帝国の一方的譲歩を強要してまいりました。これに対し帝国は、あくまで平和的妥結の努力を続けてまいりましたが、米国はなんら反省の色を示さず、今日に至りました。もし帝国にして彼らの強要に屈従せんと、帝国の権威を失墜、支那事変の完遂を切り得たるのみならず、遂には帝国の存立をも危殆(きたい)に陥らしむる結果となるのであります。事ここに至りましては、帝国は現下の時局を打開し、自存自衛を全うするため、断固として立ちあがるのやむなきに至ったのであります。
今、宣戦の大詔を拝しまして、恐懼(きょうく)感激に堪えません。私、小なりといえども、一身を捧げて決死奉公、ただただ宸襟(しんきん)を安んじ奉らんとの念願のみであります。国民諸君もまた、己が身を省みず、醜(しこ)の御盾たるの光栄を同じくせらるるものと信ずるものであります。およそ勝利の要決は、必勝の信念を堅持することであります。建国二千六百年、我等(われら)は未(いま)だかつて戦いに敗れたことを知りません。
https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/sp/movie.cgi?das_id=D0001400295_00000
大詔を拜し奉りて(下)|戦時録音資料|NHK 戦争証言アーカイブス
東条首相 この史蹟(しせき)の回顧こそ、いかなる強敵をも破壊するの確信を生ずるものであります。我等(われら)は光輝ある祖国の歴史を断じて汚さざるとともに、さらに栄えある帝国の明日を建設せんことを固く誓うものであります。
省みれば我等は、今日まで隠忍と自重との最大限を重ねたのでありまするが、断じて易きを求めたものでなく、また敵の強大を恐れたものでもありません。ひたすら世界平和の維持と、人類の惨禍の防止とを護念(ごねん)したるにほかなりません。しかも敵の挑戦を受け、祖国の生存と権威とが危うきに及びましては、決然立たざるを得ないのであります。当面の敵は物資の豊富を誇り、これによって世界の制覇を目指しておるのであります。この敵を粉砕し、東亜不動の新秩序を建設せんがためには、当然、長期戦たることを予想せねばなりません。これと同時に、絶大の建設的努力を要すること、言を要しません。かくて我等は、あくまで最後の勝利が祖国日本にあることを確信し、いかなる困難も障碍(しょうがい)も克服して進まなければなりません。これこそ、昭和の臣民我等に課せられたる天与の試練であり、この試練を突破して後にこそ、大東亜建設者としての栄誉を後生に担うことができるのであります。
この時に当たり、満州国及び中華民国との一徳一心の関係いよいよあり、独伊両国との盟約、ますます固きを加えつつあるをきん快とするものであります。帝国の隆替、東亜の興廃、まさにこの一戦にあり。一億国民が一切を挙げて、国に報い、国に殉ずるの時は今であります。八紘(はっこう)を宇と為す皇謨(こうぼ)の下に、この尽忠報国の大精神ある限り、英米といえども何ら恐るるに足らないのであります。勝利は常に御稜威(みいつ)の下にありと確信致すものであります。私は、ここに慎んで微衷を披瀝(ひれき)し、国民とともに大業翼賛の丹心を誓う次第であります。終わり。
https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/s16_1941_03.html
昭和16年(1941)12月|アメリカ・イギリスに対して宣戦を布告する:日本のあゆみ
昭和16年(1941)12月8日、日本は、イギリス・アメリカに対して宣戦を布告し、昭和20年(1945)8月15日まで続く太平洋戦争が始まりました。掲載資料は、宣戦に関する詔書の公布原本です。なお、対英米開戦にいたる経緯については、アジア歴史資料センター・インターネット特別展「公文書に見る日米交渉」も併せてご覧ください。
https://www.jacar.go.jp/nichibei/popup/19411208b.html
インターネット特別展 公文書に見る日米交渉
 昭和16年(1941年)11月26日に択捉島ヒトカップ湾を出撃した南雲忠一中将指揮下の機動部隊は、12月8日(現地時間7日)、ハワイの真珠湾において、アメリカ軍の艦隊や軍事施設に対する攻撃を行ないました。
 この10日後の12月18日、ルーズヴェルト米大統領は、アメリカ合衆国連邦最高裁判所判事のオーウェン・J・ロバーツ(Owen Josephus Roberts)を中心に専門の委員会(いわゆる「ロバーツ委員会 Roberts Commission」)を発足させ、真珠湾攻撃についての事後調査と評価を行なわせました。この委員会の報告書は、昭和17年(1942年)1月23日にアメリカ合衆国上院に提出されました。資料1と資料2は報告書全文の日本語訳(2分冊)です。この訳文については、作成の日時や過程、また作成者についても不明ですが、駐ドイツ日本大使館の用箋に書かれていることがわかります。
https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/s06_1931_01.html
昭和6年(1931)9月|満州事変:日本のあゆみ
昭和6年(1931)9月18日夜、奉天(瀋陽)郊外の柳条湖の南満州鉄道線路で爆薬が爆発。関東軍は、これを中国軍によるものとして軍事行動を開始し、満州事変が始まりました。9月21日、第2次若槻礼次郎内閣は、これを「事変」と見なすとの決定をしたうえで、9月24日「領土的欲望」を否定する、いわゆる「不拡大方針」を発表しました。掲載資料は、「不拡大方針」発表に関する閣議書です。

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http://bunshun.jp/articles/-/39305
「聖戦完遂」を叫んだ東條英機……敗戦後に見せた「躊躇なく『私』を選ぶ精神性」 | 文春オンライン

http://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/104604
東条英機らA級戦犯の最期克明に 教誨師が講演で語る|社会|地域のニュース|京都新聞

http://lite-ra.com/2018/01/post-3766.html
野中広務が語っていた安倍政権への怒り!「安倍首相は東條英機と変わらない」「麻生太郎の部落差別発言は絶対許さん」|LITERA/リテラ

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