横取り
夜風はトレンチコートの上からでも容赦なく体温を奪っていく。だが身体中が一塊の氷のようになっても、懐の拳銃だけは俺に馴染まずにその存在を主張していた。
俺は目の前を歩く3人の男をにらむ。真ん中の上背の男が今夜の、そして最初にして最後のターゲットだ。
ボスから拳銃を渡されたとき、俺の前には二つの選択肢しかなかった。その場で殴り殺されるか、間違いなく生きては戻れない暗殺に挑んで死ぬかだ。俺は後者を選んだ。組織の金に手を付けた人間が生き延びるにはそうするしかなかった。
どうやって標的の男を殺し、2人のボディーガードをやり過ごすかを何度も考えた。だがいつも結果は『標的を殺して殺される』か、『標的も殺せずに殺される』かだった。
ちなみにこの場から尻尾を巻いて逃げるというのは無しだ。標的が死んだという知らせが入らなければ、俺が地の果てまで追われて殺されるだけだからだ。
周囲の人通りがなくなり、とうとう俺と相手の3人だけになった。もう時間はかけられない。俺は懐の拳銃に手を伸ばし5メートル先の標的に向かって、
ぽわわわわわわわ。ぽわわわわわわわ。
深夜の裏道に気の抜けた音が響いた。俺も標的も思わず足を止めた。
次の瞬間、強いスポットライトのような光が3人を照らした。
ぽわわわわわわわ。
3人の身体は次第に宙に浮かびはじめた。それに気づいたやつらは手足をばたつかせながら叫んだが、奇妙な音の方が大きくかき消されてしまった。
俺は空を見た。街の夜空に銀色の円盤としか言いようのないものが浮かんでおり、そこから光が地上に伸びていた。3人は謎の円盤に吸い込まれているようだった。
3人は地上から見る間に遠ざかり、ついに円盤の中に消えた。奇妙な音は鳴りやみ、円盤は虻みたいな動きでどこかへ飛んで行った。
しばらくしてから、俺はようやく標的の男を殺す術を失ったことに気付いた。
【続く】
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