夏と柚子とくずきりと
「あなた13時過ぎに産まれたんだけど、お昼にコーンスープ飲んだあとだったから、喉が渇いて仕方なかった」
誕生日がくるたびに、母がそうボヤく。
物心ついてからは、毎年聞かされている。
お産自体はあまり時間がかからず、陣痛から1時間でつるっと出てきたらしい。
昼食にスペースを奪われ、押し出されるように飛び出してきたのかもしれない。
だからかどうかは知らないが、食い意地の張ったおとなになった。
ところで、誕生日といえばケーキ。
春はあけぼの、夏は夜、誕生日はケーキ。風邪の引き始めは葛根湯。
しかし真夏生まれだと、昨今の辟易するような暑さでは、ケーキよりもアイスケーキがいい。
そして、年齢を重ねるたびに知覚過敏が気になり、アイスよりゼリーがありがたくなる。
もはや生活必需品となったサクサクしょうゆアーモンドが切れたので買い足しに行ったところ、ゼリーではないがいいものに出会った。
パッケージもさわやかだし、大好物の柑橘だし、ゼリーより食べごたえがありそうな、涼やかな《くずきり》。
名前と存在は知っているものの、あまり食べる機会がない。
仕事柄、毎夏必ずうろうろするお中元ギフトセンターや、カタログで見かけるくらいだ。
そして、ところてんとくずきりの違いを答えよと言われたら
と、曖昧な言葉をつるつると並べ立てて、最終的に話題を変える。
おとなになっても、わからぬものはわからぬ。
その大きなちがいは原料で、ところてんはテングサやオゴノリなどの海藻、くずきりはその名のとおり、植物の葛の根からとれるくず粉だという。
ところてんは冷やして固めるが、くずきりは熱を加えて固めるという点も異なる。
ところてんは海から、くずきりは陸から、わたしの風邪は喉から。
いざ開封。
これは手ごわい。開けるときに中身飛び出しがちですよ警告。
品質を守り、長期保存するためには、今の技術ではひったひたのパンパンに中身やシロップを詰めるのはいたしかたない。
そろそろとフィルムをはがす。
ダメだった。
イラストと同じくらい飛び出した。リアル覆水盆に返らず。
コーンスープに押し出されてこの世に誕生したわたし自身のようだ。
おとなになっても、できぬものはできぬ。
シロップをすこし無駄にしてしまったが、くずきりと、下の方でスタンバイしている色あざやかな柚子皮は無事だ。
くずきりはフォークよりも箸でいただくのが粋だとは思うが、スプーンは大不正解。
ひたひたのシロップに気をとられた。
その昔、内定者懇親会で自社カフェのデザートプレートがふるまわれた際、同期の男がゼリーをフォークでつついていた光景を思い出す。
そんな彼も、複数人の部下をかかえる立派な責任者である。
おとなになったら、それなりになる。
くずきり本体にはほとんど味がないが、濃いめの柚子シロップがしっかりからんでいる。
和を感じる柚子の酸味と、ひんやりつるつるな食感がさわやかで爽快。
柚子皮はほんのり苦みも感じられて、喉と胃がしゃっきりする。
ところどころ黒点があったが、農薬不使用の証だそうなので安心だ。
ゼリーや寒天よりも弾力があり、噛みごたえがあるからお腹にもたまる。
暑すぎて食欲がないときや、具合の悪いときにはうってつけだろう。
そういえば、風邪の引き始めは葛根湯、の葛根湯も、その名の通り葛の根からつくられる漢方だ。
葛には、血行を促し、内臓の働きを活発にする効果があるという。
くずきりにも、同じ効果がのぞめるだろうか。
涼やかな見た目や、さわやかな食感とは裏腹に、冷房で冷え切った身体を温め、弱った胃腸の働きを活発にしてくれるなんて、現代人にはなんとありがたい存在だ。
土手や斜面で陸の支配者然として生い茂っていても、邪険にできない。
またひとつ歳をとった。
葛のような、マルチなひとになれたらいい。
間違っても、クズにはならないようにしたい。
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