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個人的に気になっているイラストレーターの方へ宛てたエッセイ

 絵を描いている高校生の話を聞いた。基本的に風景を描いていたらしい。

 河辺に腰を下ろして、向こう岸に見えるおぼろげな街並みをスケッチブックに描く。川があり、魚影があり、赤い水門とそれに連なって続く風景がある。水彩絵の具を使って、繰り返しスケッチブックの上に写生する。描いては次のページへ、描いては次のページへ。

 そう書くと、なんだか猛スピードで絵を量産していくプロみたいだけど、数枚描いて、ふと顔を上げると夜になっている。なにを描いたのかわからないぼやけた水彩が、紙の上に乱れていて、一枚も満足に完成していない。でも今日はこれだけ頑張った。高校生は今日の自分の実感と成果を噛み締めて、乾いた眼を擦り、立ち上がる。

 僕に話してくれたのは、その高校生の友人だった。しかしネット上の不特定多数が介入するログ上だったので、僕は、肝心の高校生絵描きの絵は見ることができていない。男の子か女の子かさえわからない。ただ友人は、高校生絵描きが河辺で絵を描きながら何度も涙を流していることを告げて、「友達として、なんとか力になれないものか」と零していた。「とても下手なんだ」。描いていると近くを遊んでいる子供が駆け寄って来てスケッチブックを覗き、ケラケラ笑って去っていく。その度に筆を握る手がぎゅっと締まって、確信をもっていた手先がおぼつかなく紙の上を漂っていたかも知れない。多くの人が知恵を絞っても、なかなか解決策は見つからなかった。けれども高校生絵描きは寡黙に絵に向き合い続けている。描いて、描いて、描き続けている。それでもなかなか報われない努力家の絵描きというのは胸に迫ってきて、僕は話にのめりこんだ。

 一か月ほど前、MIMICというイラスト自動生成サービスが炎上した。ネット上にあるイラストレーターの絵を学習したAiが、ユーザーが入力した言葉を基に、翻案したイラストを一瞬で出力する。悪用を危惧したクリエーターから、上手な付き合い方を学ぶべきと一歩引いた意見の者、これからいよいよ進歩していく技術を楽観する人まで、多様な意見が集まった。

 それから現在、毎週のように新しいAIサービスが登場している。僕も創作家の端くれだから、気持ちが昂じてなにか書きたいと思っていたのだが、どの意見もわかるからこそ気持ちの整理がつかない。なにか一本の軸をもちたい。しかし、それができない。僕が書こうしている意見は、あのぼやけた水彩画となにが違うのか。意図に沿わない絵の具を紙に垂らし続けるしかなく、はっきりしない水彩画を書いて、子供に笑われていたあの高校生絵描きの姿を、僕は見たこともない癖に自分に重ねてしまう。

 僕は絵描きではないけれど小説を書いている。いずれAIは小説書きも追い詰めていくのだろうかという嫌な「気持ち」から思い立って、この記事を書いている。

 あの時、高校生絵描きは何度も筆を折ろうとしていたのだと、その友人は言う。けれど友達として支え続けていくとも。高校生絵描きが今ミッドジャーニーやノベルAIに興味を持っているのか、自分の創作欲を燃やし続けているのか、失意の内にいるのかはもうわからない。もしかしたら新しい技術を利用して、アートの定型を壊してやろうと闘志を燃やしているかも知れない。(実は、僕も小説の内ではAIは利用する価値はあると考えている人間の一人だ。例えば、劇中の登場人物ひとりだけをチャットボットにし、他をすべて自分で書く試みなどならばあって良いと思う。他人様の著作物からつくったデータセットの必要ないAGIを使う。それもAGI役の科白部分だけでいい。今の技術ではぜんぜんできないと思うけれど、AI役をAIにやらせたら面白いのではないか。ただ、実際にその時が来たとして、倫理的にアウトならば利用することはないだろう。現行のイラスト生成については、今のところ利用する予定も気持ちもない。)いずれにせよ僕も、もしも当時の高校生絵描きのような創作家がいたら支援してあげたいと思うのは変わらない。

 一番いけないことはやる気をなくすことだ。


 僕にできることがないか考えて、結局浮かんだのは「気になっているイラストレーターの画集を買う」ということだけだ。そして、絶対にAIなどの食い物にはしない。僕の小銭とポイントカードだらけの財布から捻出するわけだから、そう何冊も買えるわけではないが、今はこれしか思いつかない。アーティストに対価を支払うこと。

 繰り返しになるが、僕にはこれしかイラストレーターを応援する方法が思いつかない。結局カネの話かよ、と言われたらそこまでかも知れない。いずれ買おうと思っていた画集なのだから、そのタイミングを少し早めただけとも言える。しかしこれは「あなたの絵は僕に感動をもたらしているので、これからも応援し続けます」というメタ・メッセージでもある。そこから先、創作欲を燃やし続けるかどうかはその人に託すしかない。どうか、一緒に頑張ってください。

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