「テスカトリポカ」を読んでいます・構成は生き物だ
(若干ネタバレあります)
今読んでいる佐藤究の「テスカトリポカ」の感想をノートにまとめている。まだ4分の3ほど進んだところなのだが、途中経過としてここに書いてしまう。
素晴らしく面白くて、かつ独特の小説だ。エンタメとして面白い以上のなにか稀有な秘密があるはずだと思う。
たまにこういう小説を読む機会に恵まれるけれど、構成が生き物みたいにオーラを放っている。「起承転結」や「ハリウッド3幕構成」といったものを超えて、構成が話を盛り上げるためのツール以上の輝きを持っている。展開が面白いというのは当然で、なにか巨大なプロジェクトなるものが進行していく過程が、世界を語るための「ナマモノ」として迫ってくるのだが、そんな生々しさがそのまま構成と呼応している。(直接は無関係だけれど、村上春樹の長編も同じように構成じたいに意味をもっているように個人的に思う)。
なぜ構成が素晴らしいのかまだ判然としないけれど、少しでも当たりをつけるためにあらすじから書いていこうと思う。
メキシコの麻薬カルテル「ロス・カサソラス」を組織していた4人の兄弟。その内の一人バルミロ・カサソラは、敵対組織の攻撃を受けてアジトが壊滅したあと、単身で逃亡生活に入る。かつての組織のステークホルダーである汚職警官の協力を得て、逃亡用の車と偽造IDを手に入れる。汚職警官のことは利用するだけ利用して射殺し、船のコンテナに忍び込んでジャカルタに入る。潜伏先で、自分たちのテリトリーを荒らした敵対組織「ドゴ・カルテル」に復讐する準備を始める。
ジャカルタで邂逅した闇医師と共に「闇の臓器売買」をおこなう犯罪ネットワークを開拓していく。違法に摘出した臓器を、世界中のレシピエントに輸送するビジネスだ。バルミロのビジネスは多くの犯罪者や、何も知らない一般市民を巻き込んで、人知れず拡大していく……。という筋書きだ。
多様な登場人物が登場する。各パートで視点人物が変わるので、群像劇的な雰囲気もある。犯罪者は読んでいて「ひぇっ」と肝を冷やすほど恐ろしく、一般市民は「どうして……」と肩を落とすほど悲惨な目に遭う。そして一人残らずバルミロの巨大な犯罪に巻き込まれていく。様々な加害者・被害者たちを見ていると、「これが総合小説というものなのかも」と思えてくる。
しかしひとつだけ、決定的にこの小説に登場しない種類の人物がいる。
それは、バルミロを脅かすような強い敵だ。
中盤まで読んで、あまりにもバルミロが無敵なので恐ろしくなってくる。権威のある人間はことごとく利用されていき、警察も役に立たないし、日本のヤクザも懐柔されていく。「邪魔者がいない」ということが、まずある。それがそのままこの小説の構成であり絶望感に繋がっているのではないか、というのが不図思いついた仮説だ。
つまり、「邪魔者がいない=邪魔者が入ってくる余地のない」ような強権的な犯罪ネットワークをつくっていく過程が、そのまま構成になっているということだ。
途中、自らの仕事が組織犯罪に繋がっていると気づいてしまった普通の男が、雇用主のバルミロに手を退かせてくれと頼む。他に仕事の宛てはなく、故郷の家族に送金もしなければならないが、それでもバルミロの下では働けないと心が折れる。良心が引き留めるというより、もっと生理的本能から、危険な仕事から逃げたいと願っている。そんな男にバルミロは次のように語る。
この犯罪哲学の籠もったセリフの通り、バルミロは「邪魔者はすべて消す」というメッセージを常に送り、演出している。自分のビジネスが大量死をもたらす悪であることを理解して、冷酷に采配する。邪魔者が現れたらすぐに始末するだろうし、途中で抜けたがる者も許さない。結局、心の折れた男は逃亡を諦めてバルミロの下に就くことになる。
一般的に小説のメッセージは二項対立的な拮抗によって興を添えられている。「生存か死か?」「仕事か恋愛か?」「都心か地方か?」などなど。主人公と相手役の主張が火花を散らしてぶつかりあったり、無意識の底で兄弟のような接点を持っていたりするが、いずれも二項対立によって盛り上がる(と、いうことに一応なっている)。
しかし、この「テスカトリポカ」では「正義」や「平穏」を求める弁護士やジャーナリストはすぐに殺されてしまうので、悪人の犯罪哲学だけが我を通して舞台の主役を独占する。そしてインド、東京、メキシコ、中国など世界中へと覇権を拡大していく。このひたすら拡大していくということに小説観が崩されるような新鮮さをおぼえた。
当然、臓器売買のビジネスも「殺し屋」を育成する計画も順調に進んでいく。劇中、殺し屋たちを育成するアジトとなる自動車工場が登場する。そこでは様々な訓練や儀式が行われており、これから読む方の為に詳しくは描写しないが、これがとても恐ろしい。こんな儀式を行ったら、ただでさえ悪人なのにさらに深く悪に嵌まっていくことになる。
悪人が悪人を教育して、もっと悪い人間にしていく……。
この小説は、今のところ「悪人が悪人を支配して大きくなっていく」という構造をとっている。そして、一度この構造が出来上がってしまうと、独裁国家のようなもので外からの圧力によって揺さぶられる、ということがなくなる。一般市民はその構造の内にとりこまれつつ、こちらに火の粉が飛んでこないよう、なんとか小さく生きていくしかない。
正直に書いてしまうと、自分の身辺に関連付けて書けることが何一つない。感想文を書くときは自分とどこか接点を見つけて書くものだと僕は思っているので、少し困った。
ただ、テレビの犯罪に関するニュースの見方が変わった。本当に邪悪な人間が牛耳っている経済圏のようなものがこの世にはあるのだ。軍用ドローンや密輸用のコンテナ船を使った組織犯罪というと映画の世界だけれど、ひとつの強盗事件の背後に広がる大きなもっと犯罪を想像してしまうようになった。
最後の章でどんな展開が描かれるのかまだわからないけれど、少し予測を立ててみたいと思う。ほとんど妄想の域だけれど、「はなしの想像力ってこんなもんか」と思って読んでいただけると嬉しいです。
バルミロは闇の臓器売買ネットワークをつくり、違法に摘出した臓器を世界中に輸出しようとしている。しかし、心臓や肺や腎臓を輸送する際に、なんらかのダイイングメッセージを臓器に仕込む者が現れるのではないか。ICチップなのか、ありは傷跡等のもっと原始的な手段なのかは問わない。臓器は、移植手術を通じてレシピエントの体内で生きることになるが、そこでレシピエントの身体に起こった不調のせいでバルミロの犯罪が少しずつ明らかになる……。
外側から犯罪を阻止できないなら、内部から少しずつ瓦解していくような書き方しかないのではないか?
99.99999999%間違っていると思うが、もしこの展開で正解だったら、明日のホットケーキにはご褒美としてさくらんぼを乗せたいと思います。
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