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映画『洲崎パラダイス 赤信号』(1956)

日曜の夕べは夜雨の名画座。こんばんわ、このところお休みの日に天気がすぐれない唐崎夜雨です。夜雨の名が悪かったかしら。ということで今日は雨の降る映画をご紹介。

1956(昭和31)年のモノクロ映画『洲崎すさきパラダイスぱらだいす 赤信号あかしんごう』を見る。監督は川島雄三。

上映時間は81分。これくらいの尺は手軽に見られて理想的。
離れられないずるずるべったりな関係の男と女の物語は、長いと重っ苦しくなる。
それと、これくらいの時間だと冗長的なシーンがない。

Wikipediaより拝借

橋から始まり橋で終わる物語

映画は隅田川に架かる勝鬨橋から始まり勝鬨橋で終わる。
始まりと終わりが橋からバスに乗ってどこかへ向かう男女二人だが、始まりと終わりとでは男女の仲は異なる。

本作にとって橋は重要な意味を持つ。

勝鬨橋からバスに乗った蔦枝(新珠三千代)と義治(三橋達也)の二人は洲崎弁天町で降りる。ここを南に折れると川があり、川に架かる橋を渡った先は遊郭・洲崎パラダイスがある。

洲崎パラダイスは現在の江東区東陽一丁目。二人が降りた洲崎弁天町のバス停は永代通り東陽三丁目交差点。交差点を南へ折れて東陽一丁目へ向かう道が大門通り。
洲崎パラダイスの手前に流れていた川・洲崎川は、現在埋められ緑道となり橋・洲崎橋もなくなっている。

遊郭は昭和31年(1956)5月に可決された売春防止法により姿を消した。すぐに廃業となったのではなく、罰則に関しては2年の猶予期間がもうけられた。
劇中でも売春防止法の話題が出る。

洲崎橋の手前で立ちつくす義治と蔦枝。橋の向こうには洲崎パラダイスのネオンが見える。だが二人は橋を渡らない。

蔦枝はかつて洲崎パラダイスで働いていたらしい。おそらく、ここへ来ればなんとか稼げると思ったのだろう。だが、それでは元の木阿弥。

劇中、洲崎パラダイスを出てカタギの仕事をしていたが遊郭にまた出戻ってきたという年増の女が出てくる。出戻ってきたけれど、年増の女が遊郭の店先で若い女と並ばされたって、もう売れやしない。それは哀れであり惨めでもある。売れなきゃ店に借金だってあるだろう。
橋を渡っていたら蔦枝も似たりよったりの末路だったろう。

蔦枝役の新珠三千代は着物姿。冒頭からしばらくは、垢じみたぺらぺらの一張羅。
中盤、金持ちの男に着物を買わせる。黒っぽい着物に白っぽいシルバーかゴールドの光沢がありそうな帯の装いで登場。モノクロなので着物の判別つきかねる。だらしのない感じの女だったのが、いきなりキリッとどこかの女将さんのようないでたちで現る。

話を戻すと、蔦枝は洲崎橋の手前にある居酒屋千草で住み込み女中として働き、義治は近くの蕎麦屋の出前持ちに就いた。居酒屋で働く蔦枝の客あしらいは素人でない。

やがて、カネの切れ目が縁の切れ目とばかりに、蔦枝は店の客である金持ちの男のもとへ出ていく。振られた格好の義治は蔦枝と別れて新しい人生を歩もうとする。
が、出ていったはずの蔦枝が再び義治の前に現れる。

離れられなズルズルべったりな男と女。たいてい男に甲斐性がない。成瀬巳喜男の『浮雲』しかり、豊田四郎の『夫婦善哉』しかり。

かなり湿っ気のある映画

かなり湿っ気のある映画。この湿度はなんだろう。橋があるから川もある。居酒屋千草は川辺に建つ。窓には川面のゆらめきがうつる。季節も梅雨の頃らしく、よく雨が降る。

義治が酔って暴れる夜は雨、義治と蔦枝が再会するのも雨の夜。

居酒屋千草の女将は家を出て行った亭主を密かに待っている。あんな男と言いながら、女将は弁天さまに毎日お参りしている。郵便が届いたときの彼女の表情からは、言葉と裏腹なのが察せられる。亭主は洲崎の女と出奔していた。男のいない千草の家は雨洩りがする。

この旦那は中盤に千草の女将のもとに帰ってくるが、雨の夜にある事件に遭遇してしまう。この末路もまた、蔦枝と義治がたどった道かもしれない。

そういえば、蔦枝と金持ち男が芝居小屋で見ているのは「明治一代女」。これは愛憎のもつれから起きた刃傷事件。

ベッタリと汗がまとわりつくような感覚、雨に濡れる男女、言い切ってしまえばセックスの間接的表現だろう。昭和31年の映画ですから、そんなことはおくびにも出しませんが、そこがかえって良い味になる。

肉欲の目をもってすれば、すっぽんぽんで抱き合ってる男女に興奮するかもしれない。しかし、雨に濡れる男と女に情念を感じる。直接的に見せるより、見せないほうが脳みそには刺激的で面白い。

蔦枝と義治は洲崎橋を渡らない。洲崎パラダイスに足を踏み入れない。カメラも橋をわたらない。洲崎パラダイスのネオンの大門が橋の向こうに見えるだけ。洲崎遊郭の女や、遊郭の客は居酒屋へ来るけれど、蔦枝も義治も千草の女将も橋は渡らない。
タイトルになっているが、これも見せずにイメージさせるだけ。

洲崎弁天町の名の由来と思われる洲崎弁天、いまは洲崎神社が劇中にも何度か登場する。弁天さまは水にご縁がある神さま仏さま。日本三大弁天も相模の江の島、近江の竹生島、安芸の宮島である。

川だの雨だの水気の多い映画なのは、舞台が洲崎弁天町だからこその作品なのかもしれない。

『洲崎パラダイス 赤信号』(1956)
監督:川島雄三 脚本:井手俊郎・寺田信義 原作:芝木好子 撮影:高村倉太郎 美術:中村公彦 音楽:眞鍋理一郎 助監督:今村昌平
出演
新珠三千代(蔦枝)、三橋達也(義治)、轟夕紀子(千草の女主人、お徳)、河津清三郎(落合)、芦川いづみ(玉子)、牧真介(信夫)、小沢昭一(蕎麦屋の店員)、植村謙二郎(お徳の夫)

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