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彼のことなんか微塵も好きじゃなかった。そう吐いてみる。

海辺に向かって彼のことを思う。
私の物語は、そんなドラマチックなものじゃない。


残業をして終電間近になった人気の無いホーム。

泥酔したおじさんがホームで一人寝息を立てている。

真っ黒くて吸い込まれそうな線路を見て吐くように言った。
「彼のことなんか微塵も好きじゃなかった」

むしろ嫌いだった。

長くその人を想っていたわけでは無い、
なのにどうしてそんなに惹かれていたのだろうと今でもわからない。

必要以上に距離を詰めてくる人もいれば、
女性というだけで緊張を示す人もいた。

その中で彼は特に距離をとるわけでもなく、
別に私を特別視しているわけでもない。

ただじっとたまに目を見るその人の”癖”に、
私はやられたのかもしれない。

終電が近づき急いできたから、
ノースリーブに汗がじっとりと染みる。

気持ち悪い。


”彼女がいる”
そんなこと知らなくたって、知ったって、どうでもいい。
ホームのライトへ目を向ける。眩しくて白いライトをずっと見ていると光に吸い込まれそうになった。


「何してるの?」

顔を少し上げて見下ろすようにニヤっとするその人の仕草が好きだった。

取引先の親交会で出会ったその人は、
年齢がたまたま同じだったことから少し話をする程度の人だった。

二人になると、
少しふざけたようにタメ口を使っていじってくるその感じが嫌で、

でもきっと惹かれていたのを、自分自身で誤魔化したかったのだと思う。


「俺のこと好きでしょ」


そんなことを言われたのはつい一ヶ月前だった。

もちろん好きなわけない。

そっか

私のてきとうな返事に、彼も笑う。

なんの脈絡もない突然のことに本当は心臓が悲鳴をあげていた。



「〇〇さん、お見合いするらしいですよ!」
同期たちが話をしているのが聞こえる。

あぁ、そうなんだ。

あの日、私があしらったからなのだろうか。

もう別の人へ
進むのか。


ホームで座る。

微塵も好きじゃなかっただろ?自分。

お見合いくらい別にしたっていいよな。
きっとお偉いさんのお嬢さんとかで綺麗なんだろうな。

世界が違うよほんと。



さっと座っている私の隣に紺色のスーツが見えた。

「何してるの。おいで」

手をついとって立ち上がる時、私は彼の体に抱きつくように体重を預けてしまう。

取引先との付き合いか、お酒の匂いが少しした。

髪の毛は綺麗にセットされていて、
掴まれた手首から少しする彼の柑橘系の香水の匂いがドキドキさせた。


なんでか思い切って私は彼に抱きついたのだった。

抵抗する気もなく、すっと彼の体にフィットした私の体はこれまでにないほど心地の良い場所を見つけたようだ。

鼻で少し笑うのが聞こえる。

耳の上の方から声が落ちてきた。
「微塵も好きじゃないの?」


腹たつ。

何回か会っていただけなのに、
なんでこんなに引きつけられるんだろう。

むかつく。

けど好きだ。

最終電車のアナウンスが流れる。
私たちは未だ身体を寄せ、互いの鼓動を確認していた。



なんていう私の思いつき妄想、なんか聞いたことありそうな創作ストーリーでした。
妄想ていいよな。


今日もお疲れ様でした。

普通のR


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