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できること、できないこと、考えたこと。

うつ病を発症してから、初診に行ってから、仕事を休んでから、主治医についてもらってから、うつ病(と不安神経症だ)とはっきり診断されてから、復職してみてから、再び休職に入ってから、随分と時は流れた。

何事も比較の問題である。前述の「◯◯してから」のいつと比べても、改善していることは間違いないと言える。

自分の力量を見誤らずに過ごすのが、前より上手くなったと言える。

人によって本当に異なる症状があると聞くが、一度、最近のできることとできないことを、書き出しておこうと思う。

1.最近の(最近も)できないこと

・レンチン以上の作業を伴う料理(かつては作り置きを週末にいつもやっていた)
・無洗米を炊く作業(果てしなく億劫)
・毎日の入浴orシャワー(どこまでも億劫)
・聴きたい音楽を選ぶこと(←最近始まった)
・毎日着替えて外に出かけること(いつが最後だ?)
・低気圧に打ち勝つこと(朝から終了)
・物語を読むこと(頭に入らない)
・熱心に興味のあるネット記事を読むこと(かつて得意だったし好きだった)
・人の話が頭に入ってこない(しょっちゅう)
・予定しない出来事への対応(思考停止する)
・気に入らない音の刺激に耐えること(その場から去る)
・人の言葉を素直に受け止める余裕を持つこと(親しい人にほど、誤解されていると感じると過剰に正したくなる)
・職場の定時に合わせた生活
・週5確実に大丈夫でいること
・人混み(元々嫌いではある)で平常心を保つこと
・頑張ること
・疲れやすさのコントロール

2.最近の(最近も)できること

・必要な支払い
・必要な手続き
・一人暮らし
・皿洗い(好き)
・掃除
・洗濯(好き)
・ネットショッピング
・決まった食材や日用品を買うこと
・クレカの停止手続(詐欺に引っかかった)
・デビットカードの作成
・新たなサービスを使ってみること
・企業等への問い合わせ
・支払い方法の変更
・パスワードとIDの整理
・家族とLINEやzoomで関わること
・ごく親しい人を自宅に招くこと
・生活環境を整えること(快適が好き)
・観葉植物を育てること
・ゴミを捨てること(ゴミ屋敷は嫌)
・スタスタ歩くこと(追い抜かれなくなった)
・1日座って何かすること(横になりたい欲の減少)
・コンビニでネットプリントを利用すること
・お金が絡む何かに立ち向かうこと
・旅程を組むこと
・ひたすら映画を眺めること(配信や劇場で)

3.考えたこと

家族も認める私の特徴として、明らかなことが1つある。それは私が、わりと度を超えた、大変な怖がりだということだ。
不安神経症とも関係しているのだと思う。思うに、子どもの時からずっとこうだ。

お金がなくなって貧困に陥ることが怖い。日本学生支援機構の奨学金の手続きも着実にやったし、そのくせお金つかうのは怖がって、なるべく手をつけずに、バイトはし続けて、結構繰り上げて返還も完了させた。

一人で旅に出て、無事に帰れなくなるのも怖い。でも海外旅行が好きなので、お金を貯めたら、ブランド品にも高価なものにも興味がないから、どこかへ行きたい。私にとって快適な、欧州にばかり行きたがる。でも怖いから、防犯ブザーやら何やらを備えて、万全を期すことに必死になる。危ないところは避ける。夜も避ける。

とにかくお金が絡むこと、自分の身に危険が迫ることは、何がなんでも阻止したいのだ。その恐怖に耐えることができないから。進学に伴って上京して以来、自分で何とかするしかない環境になったから、よりその側面が強まって、こうなったのだと思う(「環境が人を作る」は真実のひとつだと思う)。

それにしても、その度合いが、恐らく「異常に」強いため、旅程を組むこと、きちんと手続きすること、支払いをすること、事前に調べることは、人よりも得意なようだ。どうにか仕事でプラスに活かしたい。

でも、うつを発症するきっかけになった出向中の仕事では、私の特性はマイナスに作用した。

計画を立てるタイプでない(マネジメント能力がゼロ以下の)上司と仕事するのがストレスだった。報連相や共有、協力の文化がない同僚と仕事することも、ストレスだった。ちゃんと準備してやりたいのを、邪魔されることが辛かった。話が通じないのが辛かった。無計画なのが理解不能だった。協力という言葉を知らない人と関わるのがしんどかった。任期があるから、自分の責任でやれることに限界があるのも苦しかった。
社内の人間関係に関してもこれだけではなくて、とにかく我慢しすぎて、キャパシティーを超えてしまったからこうなったのだけど、身を置く環境は今後は選ぼうと思った。

「恐怖」は私を猛烈に動かす。残念ながら、力を使いすぎると、得意なことであっても、やはり疲れて翌日ダウンすることはある。

物語を読むようなことや、ネットの記事を以前のように読みこなす胆力はないのに、防衛本能に訴えてくる情報収集や、確認、手続きといったことに対して使えるエネルギー量は著しく多い。その他のこととの間にある著しい差に、我ながら驚いてしまう。家族に笑われているし、我ながら笑う。

新しいサービスの利用は、実は母が、私の特性をわかって、リハビリがてら差し向けてくれた作業でもあった。結果から言って、バッチリ効いているわけだ。何かが「できる」と思えることは、何より私が失った自信を1ミリでも2ミリでも回復させてくれるから、純粋に嬉しいしありがたい。

今はなんとか活動量を増やして、復職を見据えて生きていたい。だから今は無理をせず、頑張らずに、自分にたくさん「私にとって良いこと」をさせたい。自分を大事に扱って、雑に扱う人とは縁を切った。いつかまた繋がるのなら、縁があったってことだと喜びたい。

離れていても家族の全面協力が得られて、私は幸せだなと思う。一人暮らしの限界を感じて泣き腫らした時期もあったけれど、心配させたり、説明が必要になったりすることが、更なるストレスだと何度か帰省してよくわかったから、結局、私は1人でよかったなと、今は思っている。毎晩、起き抜けや、物音がする時に、実家にいる気がしてしまって、寝言レベルではなく、ひとり大声で、夢の中の家族や知人に、答えている日々だけれど。

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