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樹齢2000年のオリーブ巨樹に出会う🙏✨ 世界道バタ紀行#4 クロアチアのパグ島

2020年夏、クロアチア共和国。

正直、もうどうでもよくなっていた。
真夏の炎天下、日陰一つない道を彷徨うこと1時間。野生のオリーブが群生する保護区で、わたしは樹齢2000年のオリーブの古木を探していたが、普段の運動不足もたたって熱中症一歩手前、もう、本当に、どうでもよくなっていた。

ここはアドリア海に浮かぶパグ島北端、
ルン・オリーブ植物園 Vrtovi lunjskih maslina。

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園内は見渡す限り野生のオリーブ樹林が広がっている。野生のオリーブの樹は、樹皮が荒々しくゴツゴツとしていて、幹は猛々しく捻れていたり、時には凶々しいほどのウネリを携えて迫るものもあり、これまで見慣れたオリーブの樹とは全く異なる植物に思えた。

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ここには樹齢2000年と1600年という超弩級の長老樹木がいらっしゃると聞いて訪れたのだが、地図で見る限り、細長い園内はさほど広く思われず、植物園に行けばすぐ見つかると思っていた。が、縦幅3キロの敷地内には細かい道が網の目のように広がっていて、目指す樹木までは徒歩1時間以上かかることを、入り口のおじさんに聞いて知った。

とはいえ、せっかくここまで来たし!と元気に歩き始めたのも束の間、炎天下の日向は予想以上の早さで体力を奪った。照りつける太陽はもちろんのこと、乾燥し切った道から舞い立つ埃にも全身の皮膚の水分が奪われていくようだ。

歩き出して30分、ベロベロに弱ったわたしはどうしたか?

もちろん、不貞腐れてた。

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これは道バタではなく、駄々である。

仰向けになりながら、わたしは延々泣き言を言った。

見てご覧よ、どの樹を見たって立派じゃないか、そもそも、木の樹齢なんて素人が見てわかるのか、樹齢2000年だって看板でも出てりゃいいけど、そもそも、本当にあるかもわからんし、そもそも、たかが数十年しか生きていない人間なんぞが、樹齢にこだわること自体がおこがましいじゃん、もう十分だよ、満足しようよ、あぁ、あれ、あの樹は他よりもすごく立派だ、あれだ、あれ、あれが2000年ってことでいいじゃないかetc,etc...

オリーブの巨樹が見たいと言い出したのは自分のくせに、まるで、同行する夫が無理強いしたかのような言い草が自分のことながら情けない。
とはいえ、本当に、ここまで見てきた樹がどれも立派であることは確かで、

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こんな樹々に囲まれていたら、もはやどの樹もミレニアム・ツリーなんじゃないか、そう思えてくるのも仕方がない。

しかし、駄々をこねて発散したが効いたのか、寝転んで疲れが和らいだのか、ここで若干の気力を取り戻して冷静になると、やっぱり今見ておかなければ後で非常に悔いる気がして、再び大人しく歩き始めた。

それにしても、ちゃんと気を取り直せたということは、ダダとしか思えなかったこの仰向けゴロゴロも、これはこれで立派な道バタだったんだな、と、今更書いて気づく👀なお、わたしの"ダダ道バタ"の間、夫はこの写真を撮ったきり完全無視の放置プレイであった。今後パートナーが駄々をこねて持て余すことがある人のために、念のため報告しておこう。

さて、再び歩き始めて5分、ついに初めて案内板に遭遇し、そこに目指す2本の樹齢表記を発見した。実在が確認できて大変嬉しい。

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よしよし、左手には2000年の樹が…1600m先!?

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じゃ、右手の1600年のは…1800m!?

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これだけ歩いてきた今がやっと中間地点…
だがしかし、こうして案内板で情報が確認できたことは良いことだ、そう自分を励まして、まずは2000年を目指すことに。それでもう体力尽きたら、1600年は今度にしようと相談が決まった。

ざっくりとした方向を、おのれの距離感覚だけを信じて黙々と目指す。

すると、15分ほど歩いた先に、2000年直近の案内板を発見。

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気力を振り絞って左手に曲がる細い道の奥へ急ぐと、

その樹は突然現れた。

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見落とすわけがない、あまりに圧倒的な存在感。
他を寄せ付けない神々しさに、疲れも暑さも言葉も忘れて、茫然と立ち尽くし、無言で魅入る。

気持ちが落ち着くとともに樹にご挨拶して、根本そばに座らせてもらう。オリーブの木陰には、花とも果実とも違う、甘露のようにやさしくて甘い香りの風が吹いている。やがて、疲れた身体が風で緩み、ぐにゃりと力が入らなくなった。全身が、まるで溶け出して地べたに吸い込まれるようにドロリと倒れ込む。多分、そのまましばらく気絶していた。

どれほどその姿勢で過ごしていただろう、夫に呼ばれて目を覚ましたわたしは、今自分が稀有な道バタの状態であることに気づいた。今の道バタを撮ってくれ、と、寝転んだまま叫んで彼を呼んだ。

それがこの一枚。

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ご覧いただいた通り巨樹の背丈はあまり高くない。過去にわたしもいくつか素晴らしい巨樹に出会ってきているが、樹高でいえば、このオリーブの樹は群を抜いて低かった。

しかし、だからだろうか。
これまでの巨樹への感動が、偉大さを見上げる畏怖の念だとすれば、
このオリーブに感じたのは、根に平伏し永劫を感じる畏敬の念であった。

この道バタには、まんまその想いが現れている。

さらに同じ場所で仰向けになると、驚くことに、四方八方に茂る枝には、新緑色の小さなオリーブの実がみっしりたわわに実り始めていた。陽に照らされて輝きながら風に揺れる葉影や楕円の実は、空から光の雨が降り注いでくるかのように美しい。

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2000年の樹齢の樹が今日も淡々と生きている。

これまで、例えば歴史で習うような紀元前後という遠い昔は、身体的実感を伴わない、今とは断絶した縁のない過去であった。
しかし、このオリーブの根本で感じたのは、今自分も共に居る、ざらりとしたこの土、ゴツゴツとしたこの場所で、目の前のこのオリーブが連綿と内包してきた、実存する、今と繋がる、当たり前の今日一日の、ただその連なりである、2000年という時空への実感と、その体験への驚異であった。

正直言葉での説明はとても難しく、ここが書けないがために半年以上この記録を仕上げられないでいた。今も上手く説明できたとは微塵も思わないが、自分がこの時肉体でなにがしか感じ得たことだけは書き留められただろう。

このオリーブはずっとここにいた。それを全身で受け止めた。ただそれだけの感動を大切に受け取った。

ちなみに、2000年樹木の反対側もなかなか迫力がある。

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パンフレットや他の人たちの写真では、どうもこちら側が定番らしい。わたしとしては、道バタしたほうがお母ちゃん、こっちがお父ちゃんっていう感覚を覚えた。いずれにせよ、とても心地よく全身癒されたのは確かだ。

さて、すっかり元気を取り戻すことができたわたしは、この巨樹から立ち去るのは名残惜しいものの、感謝と別れを告げて1600年樹木も探しに行くことにした。

ただ、2000年樹にあまりに感動してしまったので、もはや1600年樹に過度な期待はなく、まぁ、帰り道がてら見れればいいや、ぐらいに思っていた。

しかし、これがまたなかなか見つからなくて、40分ほどウロウロした。2000年樹の下でチャージした元気はまだ残っているが炎天下を彷徨うのはもう極力避けたい。で、もう帰ろうか、2000年樹が見れて十分だよね、なんて夫と話し始めたその時、ぽんぽんと誰かに左肩を叩かれた。

振り返ると、遠目でもわかるオーラを放って、探す御方がいらっしゃった。

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陰影ながら、その姿に一目惚れした。

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樹をこんなに愛おしいと感じるなんて知らなかった。
非常に深い愛を感じながら、佐々木のじぃさんもこういう気持ちなのかなぁ、なんて思い出してしまったのは余分だが、しばしうっとりと見惚れ続けた。

ただ、ここでは道バタはしなかった。そう、道バタは、どこでもなんでも倒れ込めばいいというものではない。道バタは道バタで呼ばれる場所というのがあるのだ。

そのかわり、樹冠を通して青空をずっと見上げていた。

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オリーブ園、悔いなし。

たとえ、ここから駐車場まで戻るのに5キロ近く歩いたとか、その全てが緩やかな登り坂で、行きよりもずっと辛かったとか、お水が無くなって最後は瀕死の状態で出口に辿りついたとか、そんなことも喉元過ぎて、感動だけが心に残った。

しかも帰り際には更にもう一つ、良い思い出ををいただいた。

植物園の出口についたわたしたちは、受付の横の売店で水を買い、飲む前に頭からジャブジャブかぶっていた。

売店の前では、作家さんらしき人がオリーブ細工の調度品をパラソルの下で販売している。普段、わたしも夫も、そういう土産物には一切興味を示さないのだが、今回は夫のほうが珍しく、目ざとく、良さげなオリーブのお皿を見つけて手に取った。

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お皿からは、先ほど2000年の樹の下の風と同じ甘い匂いがする。

聞けば、作家さんの商品は全て園内の倒木から作られているという。匂いに一目惚れ?一鼻惚れ?した私たちは夫ゆるい値段交渉の末、350クーナ=日本円で約6000円という値段で購入したん。オリーブ製品が特産のクロアチアにしては相場の倍くらいする値段だが、質感といい、色といい、そして何と言っても、この香り。全く悔いのない買い物だ。

が、立ち去ろうとするわたしたちに向かって、作家さんがふと思い出したように呟いた言葉に度肝を抜かれた。

「そうそう、そのお皿は樹齢900年の樹から作られてるからね」

「え?900年?」

「うん」

「え?90じゃなくて?」

「うん、900、ナイン・ハンドレーーーード」

そうに言いながら、わたしたちが買ったお皿をもう一度手に取って裏に返すと、嬉しそうに説明し始めた。
お皿の裏には、買うときには気づかなかったが、幾つかの砂利というか、小石のようなものが木の中に混じっていた。

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しかしこれは粗悪品にあらず、むしろ、長年かけて荒れた土壌を生き延びたオリーブが育つ過程で巻き込んだ、野生を生きた何よりの証なのだという。もちろん、この真贋を確かめる術はないのだけれど、この魅力的な物語がたいそう気に入って、わたしはますます嬉しそうに飛び跳ねた。

で、その様子にさらに気をよくしたらしい作家さんは、奥からもう一枚お皿を取り出してきて、さらに驚く事を言った。

「これは1000年だけど、こっちにする?特別に交換してあげるよ。」

なんと、ミレニアム・プレートの登場である。こうなると少しでも樹齢の長い樹の方が価値ある気がしてしまうのが人の性。わたしは交換する気満々で手に取ってみた。が、実際触ると、もちろん品は素晴らしいものなのだろうが、わたしには明らかに900年の方がしっくりときた。しかしミレニアムも捨てがたい・・・と、理性と感覚の間でしばらく迷ったものの、結局は最初に選んだお皿をお持ち帰りした。

ただ、ザグレブに戻ってきてみてふと、両方買えばよかったんじゃないか?って今更気づいても後の大祭り。
樹齢にしては大変お求めやすい値段だし、料理する人には最高のお土産になるし、あのオリーブ皿を送った時の喜ぶ顔が何人も浮かぶ…

よし、また必ず会いに行こう!

夏以外で!

そう心に誓ってオリーブ園の旅は幕を閉じた。

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ルン・オリーブ植物園
Vrtovi lunjskih maslina 
Olive Gardens of Lun 

ホームページ
http://olive-gardens.eu/en/home/

Google mapロケーション
https://goo.gl/maps/1EZF9wMPc4WJQKyQ8

入場料は2020年時点で40クーナ(日本円で約350円)。入り口はエントランス1・2の二箇所。どちらも駐車場あり。御長寿樹木まではエントランス2からの方が若干近い印象です。園内には売店もトイレもありません。真夏は避けて、歩きやすい季節に行くことをお勧めします。エントランス2の先には素敵なビーチもあります。

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追伸:今年のお正月、このオリーブ皿にアドリア海で獲れたマグロを乗せていただきました。オリーブの甘い匂いがほんのり移ってとても美味しくなりました。わたし達が行った時は、作家さんはエントランス1の方にしらっしゃいました。それにしても作家さん、樹齢の話を先にしてくれてば、きっとあなたの言い値で買ってたよ…なんてことも見るたびに思い出す愛おしい一枚です。

パグ島のルン・オリーブ植物園、極めてオススメです!




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