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世界一美しいカタツムリの伝説:語り継がれるキューバの物語

ナショナル・ジオグラフィックにこんな記事が出ていました。

「世界一美しいカタツムリ、絶滅危機と懸命な保護活動」

ポップな色彩の殻を持つキューバ固有種カタツムリ”Polimitaポリミータ"🐌
(キューバではpolimita表記ですが、世界的にはpolymita表記が多そうです)

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キューバ固有種のカタツムリ「ポリミータ」

キューバに住んでいた頃、幾度か仕事でポリミータに関する案件に携わり、ハバナで観られる場所を探したり、殻を使った工芸品についてや、彼らの発祥地や繁殖地について調べたことがあったので、ナショナル・ジオグラフィック紙上でポリミータたちの姿を見つけた時は、なんというか、親戚の子が取材されているような喜びを感じました。

とはいえ、わたし自身はカタツムリが大の苦手で、本物を観に行くことはなかったのですが、記事を読みながら、ポリミータという名前の甘やかな魅力と、彼らの故郷バラコアに伝わる伝説を思い出しました。

ポリミータ最大の特徴、そして魅力は殻にあり、鮮やかで多彩な様子は、「青以外なら自然界全ての色が見つかる」とも讃えられています。

でも、なんで青色だけ無いの?

その起源にまつわる伝説が、ポリミータの故郷であるキューバ東部の町バラコアBaracoaで、今も口承文学として語り継がれています。

「むかしむかし、キューバで最初に生まれた村バラコアを治めていたカシーケ(部族を取り仕切る長を指す言葉)が、一人の美しい娘に恋をした。彼女を一生愛することに決めたカシーケは、愛の誓いとして特別な贈り物を捧げようと思い立ち、探しに出かけた。
あらゆる植物や鉱物、貝殻などを見つけたが、どれも美しく、贈り物としてふさわしいように思えるものの、何かが足りない。もっと深く真の驚きと喜びを与えるものでなくてはならない、そう思い悩みながらカシーケは、いつのまにか森の中を歩いていた。と、彼はそこで素晴らしい贈り物を閃いた。そうだ、自然の全ての色を彼女に贈ろう、色は全て小さなカタツムリに集めよう、と。
こうしてまずはカタツムリを山ほど捕まえてきて、その殻に、太陽の黄色、花の赤色やピンク、波頭の白色、樹木や芝のあらゆる緑色など、様々な色を集めていった。しかし、突如太陽が雲に隠れてしまい、素晴らしい空の青色だけは獲ることができなくて、しかたなく雲の灰色を最後の色として集めた。それでも全く問題なかった。青色以外の全ての色を宿し、特別なカタツムリとなったポリミータは、彼の目的を十分果たし、カシーケと娘は一生の愛を貫いた」

この壮大で、それでいて、欠落があり、それでも全く問題はなかったというおおらかさがなんとも愛おしい恋物語に触れるたび、語り継がれた土地バラコアのことを思い出します。

キューバの最東部にある小さな街バラコアへは、拙著アメージング・キューバの取材で訪れました。

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キューバ全土の手描き地図
黄色い矢印のところがバラコア。

このキューバ全土の手描き地図は、約1カ月に亘るキューバ取材の取材珍道中メモを元に書き上げたものです。結果的には、奇跡的にほぼ全て丸くおさまったので、今振り返れば、腹を抱えて笑えることとや、ありえない奇跡の連続への感謝ばかりが湧きたちます。しかし、取材中は本当に苦しみました。

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ぶっ通しの取材行程

何事も、本当に、何事も、全く、思い通りに進まないキューバにおいて、通訳兼コーディーネート兼執筆という責任を初めて一人で背負いながら、プロのカメラマンと編集者を日本から迎えて、タイトに組みずぎたスケジュールをキューバ全土を舞台にぶっ通しで実行するというのは、ノミの心臓のわたしには堪え難いプレッシャーとなり、今思い出しても総毛立つ程の恐怖と不安からノイローゼ突入、毎分毎秒生命を引き裂かれそうな緊張の中で、旅を楽しむ余裕なんて一切無いまま、心理的強行軍を続けていました。 

でもそんな中、なぜかバラコアでの一泊だけは、身体が芯から解けるくつろぎを感じ、旨味に満ちたような生ぬるい夜の空気に包まれて、久しぶりに爆睡できたことを今も不思議に思います。滞在はたった一泊、20時間に満たない短さだったので、他のどの街よりも過ごした時間は少ないにも関わらず、取材旅行の話になると、いつも最初に思い出すのはバラコアなのです。

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ホテル・カスティージョからのバラコア一望。
左手の山がユンケ山。
美しい弧を描くバラコア湾。
ここにコロンブスが十字架を刺したとか刺してないとか。

バラコアはスペイン人が建設した街としてはキューバで最も古く、一般的には殲滅されてしまったと語られがちな先住民族のタイーノ族やアラワク族の末裔の方達が今でもわずかながら暮らしていると言われるほど、長い歴史を持つ土地です。

街の中心にあるアスンシオン大聖堂には、コロンブスがバラコア上陸の際に海岸に打ち立てたと言われている木製の十字架が展示されています(下写真)。
ただ、十字架の両隣にある青いパネルには、科学調査によって真正が証明された、と書かれてはいましたが、真贋に関しては賛否両論激しく、未だはっきりていないようです。

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コロンブスが海岸に打ち立てたと言われている十字架。
木製。


バラコアの町はさほど広くありませんし、観光の見所も多くはないですが、湾曲した浜の背にそびえるユンケ山の雄大な姿は美しく、穏やかな海や豊潤な水を讃える河川でのアクティビティや、カカオの有機農園を訪問するアグロツーリズムなど、他の街では経験できないツアーも用意されています。また、豊富な固有種を含む生態系は近年観光客のみならず、専門家からも注目を浴びており、バラコアから35キロの位置にある世界遺産アレハンドロ・デ・フンボルト国立公園訪問の拠点ともなっています。

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Rio miel  蜂蜜川

バラコアの市街に向かう途中にある”Río miel 蜂蜜川”は、艶のある名前がぴったりの美しさ。

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カカオ農園のあちこちで熟するカカオの実


カカオ農園では、農園のおじさんがマチェテと呼ばれる山刀で目の前でもいで食べさせてくれます。厚い殻を剥いだ中にある果実の味は、薄いライチのようでした。

また、バラコアに通ずる道路La Farolaは、原生林を抜けて走る九十九折が激しい山道でヒヤヒヤしますが、キューバの国鳥トコロロの鳴き声に耳を済ましながら眺める深い山並みは絶景でした。

バラコアに通じる道路La Farolaからの絶景。
バラコアの町並み。

キューバ島東の果てにあるバラコアは、首都ハバナからはかなり遠く、東部の都会サンティアゴ・デ・クーバからも決してアクセスしやすいとは言えません。それでも、苦労や時間と引き換えにしても、どうしてもおすすめしたくなってしまう街、それがバラコアです。

【追記】もしバラコアでポリミータたちに出会う機会があれば、どうぞ心に刻み、たくさんの写真と思い出の中で持ち帰ってあげてください🙏🏻工芸品であっても殻の国外持ち出しは現在禁止されています。

【追記】
取材旅程でバラコアに到着したのは、午前1時過ぎ。そういえば、その日はわたしと編集者さん、二人そろっての誕生日だったことを投稿してから思い出しました。そうだった、ハリーケーンやら何やら、突然のスケジュール変更を幾度も繰り返した上で偶発的にバラコアで迎えることになった誕生日。当時は激務すぎて元気に祝うパワーが一ミリも残っていませんでしたが、バラコアの短くも深く温かい安眠、あれこそが最高のギフトだったと今しみじみ思います。


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