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【創作ものがたり】チュムの実

森のなかに、トルックという名まえの十才くらいの男の子が住んでいます。
おとうさんとおかあさんは、遠くにある町にでかけたきり、まだ帰ってきません。
トルックはほんの少しの間の、お留守番のつもりでいたのです。
二人が帰ってこないまま、春・夏・秋・冬、四つの季節がながれました。
 
トルックには、好きなことがあります。
それは、森のなかでチュムという実をひろうこと。
ドングリを三つか四つ集めたくらいの大きさです。
もちろん、一年中とれるわけではありません。
だから、トルックは秋になってこの実がなって、森の地面に落ちてくるのを、心まちにしていました。
 
トルックの家では、昔から伝わる食べ方でした。
小さいときから、お父さんお母さんが作っている様子を見ていたので、ひとりになったトルックにもできるようになったのです。
実をひろって、ひとかかえのカゴに入れて家に帰ってくると、まず実のカラをわります。
カラをわって、とりだした中身を、大きなナベに入れていきます。
ぜんぶカラをとったら、火にかけて、たっぷりのお湯を入れて、ぐつぐつ煮立たせます。

ときどき、ヘラでナベをかきまぜると、チュムの実のこうばしい香りが、家のなかにひろがって、トルックは思わず、にっこりします。
そのあとザルにあけて、やわらかくなった実をすりつぶします。
さいごに、丸く平たく形をつくって、天日に干したら完成。
 
トルックの家は、山の峠道をこえて、町へおりてゆく、道のそばにあります。
嵐で道が閉ざされたとき、旅人や商人が、雨風をさけて、家の戸をノックすることがあります。
その時トルックは、父母がおらず他に食べ物もなかったので、喜んでチュムの実をさしだしました。
しかし、
「うへぇ、ひどく苦くて、変な味がするじゃないか。こちらからたのんでおいてすまないが、これはもうけっこう。おいとまするよ」
と言って、みなチュムの実をきらうのです。
 
人と関わることが少ない森の生活です。自分が大好きな実を喜んで食べてもらいたいと思ったトルックの、落ち込みようは、それは大きいものでした。
そういえば、父母が旅人にチュムの実を出していたところを見たことがありませんでした。
トルック一家は幼い時から食べなれた味だったのです。
そうして、また四つの季節がながれました。

ある日、いつものように家の戸をノックする旅人がいます。
四十才くらいの男で、歩きつかれているのか、顔色がわるくみえます。
息切れもしています。
このまま家の戸を閉めたままで、旅人を放っておいたら、命があぶないかもしれないと感じました。
 
トルックは、もうたずねてきた人に、実をわけるのは、やめてしまおうと決めていました。
しかし、あいにくその時、すぐ食べられる食事はありませんでした。戸だなのおくにしまってある実を、旅人にさしだしました。
旅人は手を合わせてから、手にとって口に運びました。
(だいじょうぶかなあ。またまずいと言われないかなあ)
とトルックは不安でした。

少しおどろいた顔をしたあと、残りの実をぜんぶ口に入れ、背すじをまっすぐにして、目をつむって、しずかにかんでいます。
「……はじめて食べたが、これはなんと体にしみわたる食べ物だろう」
と言い、なみだをぬぐいました。
トルックは、顔を上げて、旅人の顔をまじまじと見つめました。
「わしは町に住むユーパという。この実がまだあれば、お礼ははずむから、分けてほしい。さっきまで胃がいたくてどうしようもなかったのだが、急にすっきりしてきた。なんと不思議なことだろう」
と旅人は言いました。
トルックがひとかかえの実をわたすと、旅人のユーパは銀貨の重い袋をおいて去ってゆきました。
 
しばらく日がすぎて、また戸をたたく人がいます。
開けると、どこかで見た顔が。
「おお、おれだ、ユーパだ。このあいだはごちそうになったね。ありがとう。あのあと、町に帰ってから、おれと同じ病気をもっている人に、あの実を分けたんだ。みんな胃がいたくて、でも医者からは見放されてしまっていた。
すると、みんな少しずつ具合がよくなりはじめて、しばらくすると、みんな元気になったんだよ。ほかの薬で良くならなかったのが、うそみたいだ。
またあの実が手に入ったら分けて欲しい。お願いだ」
と、ユーパは頭をさげました。

トルックは、すぐにはハイと言えませんでした。
お父さんとお母さんは、遠い町の人に、だまされてしまったのかもしれなくて、自分もそうはなりたくなかったのです。
また、両親のいないあいだに、そんな約束をしてしまってよいのか、分からなったのです。
 
ユーパは、ふたたびトルックの目を見て、
「トルック、君のチュムの実は、たしかにみんながみんな、好きになる食べ物じゃないかもしれない。
でも、まちがいなく、あの実を食べて、体が良くなった人が、もうすでにたくさんいるんだよ。必要としている人が、ほかにもまだいるんだ」
ユーパは、また来ると言って、頭を下げて帰ってゆきました。
 
 
一週間ほどして、ふたたびユーパがやってきました。
「たのむ。どうしても、みなが欲しがっているのだ。ダメかい?」
とユーパはききました。
「ぼくのとうさんとかあさんは、町に行ったっきり、帰ってこないの。おじさんは町に住んでいるんでしょう? ねぇ、さがして。実をわけてもいいかも、とうさんかあさんに聞かないと」
「そうか、これまでお父さんお母さんの姿を見かけなかったのは、そういう理由があったのか。そんな大事なこともかんがえずに、お願いしてすまなかったね。よし、おれも仕事の仲間に聞いてまわってみよう。君のおとうさん、おかあさんについて教えてくれるかい?」
 

 森に、チュムの実がなる季節がやってきました。
秋が深まってきています。
それに合わせて、トルックは、ツルで編んで、あたらしいカゴを作りました。
これまで使っていたものより、ひとまわり大きいものです。
木になったチュムの実が、風に吹かれて、ゆれています。
夕日が、木と木のあいだから、ほそく実を照らしています。
トルックは、それを、いつまでも見上げていました。
 
チュムの実がぽとん、ぽとんと森の地面に落ちはじめるころ、またユーパがやってきました。
「手がかりが手に入ったぞ。……あまり良い知らせではないけれどな。君のお父さんお母さんは、王宮のなかにいるようだ。……とらわれているらしい」
「え? つかまっているっていうこと? とうさんかあさんは何も悪いことをしていないよ」
トルックはびっくりして、ユーパに近よります。
「そうとも、トルック。なにかのまちがいで、とらわれているだけだ。おれの仲間が、なんとかうまくやってくれるはずだから、もうすこし待ってくれ」

そう聞いても、トルックは心配でたまりません。
ユーパは、なんとかトルックを少しでも元気にしたいと思いました。
「そうだ、トルック。チュムの実は、もうすぐ収穫のころだろう? おれも手伝っていいかい?」
トルックはうなずきました。
 
実を採り終わると、皮をむいて、干す作業です。皮をむくときに、実の汁が手にかかると、手がかぶれてしまいます。
「おじさん、手、かぶれちゃうけど、いい?」
ユーパはすこしビクリとしましたが、うなずきました。
 
やがて、二人は皮をむきおわり、干しました。
二人の手はかぶれはじめて、真っ赤です。
「これはかゆくてたまらんな」
ユーパは顔をゆがめます。
「トルックはつらくないのか」
「いやだと思うときもあるよ。かゆくて、いたい時もあるし。でも一か月くらいで、いつもなおるから。おじいちゃん、おばあちゃんもそうやっていたから」
「うへえ、一か月もかい。おじいさん、おばあさんもたいしたもんだな」
「とうさん、かあさんも『これはうちが昔からやっている、しきたりだから』って、毎年かならずやっているんだ」
「ほう、しきたりねぇ。この実のおかげでおれは命びろいしたんだから、ありがたいもんだ。それにしても、こんなに手間がかかるとはねぇ」
 
その日の晩、トルックは晩ごはんをユーパにごちそうしました。
そして、だんろの火を見つめながら、ユーパがこれまでしてきた旅の話を、トルックはとてもうれしそうに聞いていました。
次の日、ユーパは町へ帰ってゆきました。

それから一週間ほどたちました。
トルックは薪をわっています。
――と、道のとおくから、自分の名前を呼ぶ声がききます。
よく耳をすますと、それは長く待ちのぞんでいた声でした。
「とうさーん、かあさーん!」
トルックは駆けだします。
 
道の先に、とうさんとかあさん、そしてユーパが見えます。
トルックは駆けて、駆けて、二人にだきつきました。
「どこ行ってたのさ……」
「……ごめんな、ごめんな、ほんとうに長いこと」
二人がトルックの頭をなでます。
おかあさんが、トルックの顔をのぞきこみます。
「王宮に呼ばれてね、うちの周りの木を切って、ぜんぶ出せって言われてね。この人、がんこだから、絶対わたしませんって、言って。閉じ込められてしまっていたのよ。ひどいでしょう」

おとうさんが、トルックの肩に手をおく。
「そうしたら、このユーパさんの仲間が、王宮の人にかけあってくれてな。あの山には、薬になる実が採れる木がある。だから守ったほうがいいと言ってくれたんだ。ユーパさんから分けてもらった薬で治った王宮の大臣がいてね、その人が、その話は間ちがいない、その山を守るべきだ、と言ってくれたんだ。そうしたら今度は、その山をきちんと手入れして守るようにと言われてね。そうして帰ってこられたんだ」
トルックには、そういう話はどうでもいいことでした。
ただ、お父さんお母さんが無事にもどってきたことだけで、じゅうぶんでした。
 
「さあ、トルック。助けてくれたユーパさんにお礼を言って」
トルックは顔をあげると、
「おじさん、ありがとう」
とユーパに言いました。
「いやいや、お礼を言うのはこっちの方だよ。あの実のおかげで命びろいしたんだから。……そうだ。トルック、これを手にぬってごらん」
ユーパはぬり薬のようなものを出しました。

「ほら、自分でぬってごらん」
トルックはおそるおそる手にとって、ぬりこみます。
ぬり薬を持つユーパの手をじっと見つめます。
「あれ、おじさん。おじさんはもう薬をぬっているんでしょう。全然よくなってないじゃん。……ほんとうにこの薬ききめあるの?」
ユーパは頭をかきました。
「かゆいけれど、トルックがぬったあとに、自分もぬろうって決めていたんだ。トルックより先にぬるわけにはいかないからね」


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