糞フェミでも恋がしたい (その9)
私の名は能條まどか。糞フェミだ。
糞フェミにだって幸せはある、たとえばいまこの瞬間がそうだ、幸せだ、大好きで大好きでたまらない男の子と、顔を突き合わせて、見つめ合っている、抜けるような白い肌に、金色のふわふわ産毛のような髪、くるくる動く、静かな柔らかい青緑色の瞳、申し分ない、奇跡と言っていい、だた問題は、その子が私のことを欠片も覚えていないということだ、いやもう死にたい、死のう、死ぬしかない。
ショックのあまり涙目でそう考えていると、綺羅君の母親が、略して綺羅母が、助け舟を出してくれた。彼女の説明によるとこうだ、綺羅君に女装をさせると、まるで新しい人格が生まれたように活発に、社交的になって、自分からあれこれしたいと言い出して動き出すのだが、それはあくまで女装をしている間だけのことで、脱ぐとその人格は引っ込んでしまう、つまり、もとの引きこもりの綺羅君に戻ってしまう、と同時に、女装していた間の人格が経験したことは、全部忘れてしまう、なんかぼんやりとは覚えているらしいが、はっきり思い出そうとしても出来ない、そんな風に、女装している綺羅君と、女装していない綺羅君は、別人格として、隔絶しているのだ、乖離しているのだ。
女装すると、別人格になったまま出掛けてしまうので、外でどんなことをしているのか、誰とどんなコミュニケーションをしているのか、綺羅母は知らない。もともと頭のいい子だし、引きこもっていたのが嘘のように、あれをしたいこれをしたいと積極的に動いてくれるのだから、それほど心配してないと笑っていたが、ちょっとは心配だろう。ただ、気になるのは、先日外から帰って来ると、ふっと衣装を脱ぎ捨てたまま、それっきり、女装をしようとしなくなったこと、それがどうも、私のほっぺたを引っぱたいたのと同じ日であるらしいこと。それを聞いて、身体の中で、熱く疼くものがあった。衝撃を受けたのは、私だけではなかったのだ、ひょっとすると、狂ったドMの私に会うことで、綺羅君の中の隠された嗜虐性を目覚めさせてしまったのかも…。
説明の間じゅう、ものすごく居心地の悪そうな顔をしていた綺羅君は、綺羅母の話が終わると、もういいでしょう、と言うように、お菓子を引っつかむと、二階の、おそらくは自分の部屋へと戻ってしまった。去り際に、小さな声で。
「……おねえさん、ごめんね。」
って言ってくれたのは、本当に嬉しかったんだけど、私としてはそれどころじゃない部分もあるわけで。
ようやくつかまえたと思った自分の恋が、またするすると手の間をすり抜けて、遠くへ逃げ去ってしまったかのよう。ガッカリという言葉ではあらわしきれないガッカリ。でも、仕方がない、それは綺羅君のせいじゃないんだ、綺羅君を追い詰めた、いろいろな悪い力のせい。私が糞フェミになったのが私のせいではないのと同じ。私たちは、どこかで似たもの同士なのだ。だからこそ引き合ったのだ、今のところ、引っ張っているのは私だけだが…。
ともあれ、綺羅母は私のことをとても気の毒に思ってくれたようで、心証を良くした、ふふふふふふふふふふふふふ、今後の展開には好都合だ。武将を倒そうと思ったらまず乗っている馬から倒すのだと聞いたことがある、いまの私はその心境、まずは綺羅母と仲良くなって、時期を待って、チャンスをつかむのが大事、本気になった雌は、粘り強いのだ。作戦を練りに練りに練って、ガッツリ攻略だ。
さて、冷静になって考える。
私の会いたい綺羅君は、女装した綺羅君だ。通常の綺羅君は私のことを覚えていないが、女装した綺羅君は、きっと覚えているだろう。だから、わたしは綺羅君に会って、女装してもらう必要がある。しかし、その場に綺羅母がいた場合、ちょっと面倒なことになる。綺羅君の人格がものすごいことになるだろうし、言動もちょっと世間的に許しがたいものになるだろうし、私が性的に大興奮して濡れまくっているだろうことも、気付かれてしまう、いくら綺羅母が自由放任の性格だからといって、あからさまに発情した雌を自分の息子に近づけたくはあるまい。あれやこれや、冷静になって考えた結果、私は困って、残った水ようかんをもぐもぐ食べながら、ひとり呟いた。
「うーん、これはなかなか難しいぞ。」
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