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『あなたは子どもが産めません』
『子どもが欲しいなら、今すぐ不妊治療を勧めます』

38歳の春
若年性更年期障害と診断されたわたし

若年性?更年期?
そんなワード、人生で初めて聞いた😂

今だから言える話だが、婦人科外来に行くことはそれまで年に数回

それも、避妊失敗😭?
EDで悩んでいた7歳年下の恋人は、行為途中で萎えて、避妊具が抜けるハプニング数回

緊急避妊薬をもらいに行くためだけの婦人科外来だった

20代、30代、女性器についての正しい知識がないまま過ごしていたわたしは、精神科外来で婦人科で一度検査を受けなさい

と言われるまで、きちんとした検査すら受けたことがなかった

流石に、ともに仕事をしてきた前講師の助産師に言える話ではない😭

彼女とともに資料を作成し、講座を開講し、そこで多くのことを学び、そして思ったことは🤔

20代30代の時にもっと、自分の心とカラダに真剣に向き合っていれば、若年性更年期障害という症状が出ずに済んだのではないか

そして、わたしのように若年性更年期障害で悩んでいる人がいるのではないか

女性ホルモンは人生の友

わたしはそう捉えるようになったのだ

20代30代の頃の荒れていたわたし

クズ男との出会いを読みながら
「 めちゃくちゃ酷い人生だな!」と思うかもしれない🤔

だが、女性ホルモンがいかに大事か、女性ホルモンとどのように付き合っていけばいいのか? が伝わると思う



▶︎更年期はまだまだ先の話


30代の方に更年期について話をしても、返ってくる返事は皆同じだ

『わたしの周りには更年期で悩んでいる人がいない』
『更年期は遺伝だと聞いた。母親が更年期症状が出ていないから、問題ない』

わたしの母は更年期について
『出産経験がない人ほど、症状が重いから、あんたも子ども産まないと更年期の症状ひどく出ると思うわよ』

更年期に対する知識は、ほとんど乏しいといったところだ

フェミニンケア×更年期プラクティショナー養成講座の説明会でも参加者の30代はみな、同じ回答だった

『わたし、まだその年代じゃないので関係ないです』
『知りたいのは妊活・不妊・産前産後なので、更年期の知識は必要ないです』

リサーチ不足だったとその時は思った

だが、前講師の助産師の話を聞いて、わたしは理解した🤔

女性ホルモンは女の一生
その人の人生そのものだ

更年期の症状の出方も、その人の20代30代の生活習慣や考え方、癖など全てが集合体として症状として現れるのだ

わたしの若年性更年期障害も、20代30代、わたしの人生そのものが症状として現れているということになる


20代30代の頃のわたしは、一言で言えば荒れていた

ろくな人生を送っていない

19歳の時、家庭が崩壊し、母子家庭になったわたしは大黒柱になった
大学も途中から自分が稼いだお金で学費を払い、無事に卒業することができた

社会人になった後、心労続きで鬱を発症してしまった母親の面倒を、ずっと看続けてきた

周りは結婚、出産と
歳を重ねるにつれて、結婚適齢期が過ぎていった

当時の恋人は、わたしと結婚をする気は全くなかった
今思えば、会えばSEXができる関係の都合のいい女といったところだろう

そして、結婚したらわたしの母親との同居は確実だ
最後の最後まで、そのことを言われ続け、どんどん結婚話を先延ばしされた

結婚する相手ではない
わたしは自分の力で生きていこう、と心に誓い
その恋人とは別れた

31歳の時、勤め先の会社からリストラを宣告され、1年半無職生活
派遣切りで職を失い、派遣村を作ってなんとか食い繋いでいる人たちと1年半共に過ごし、その人たちの人生話を聞いてきた

大多数が、大手有名企業出身者で、わたしと同じようにリストラされた人たちだった

そのほとんどが団塊世代ジュニアで、彼らと会話するたびに、『あの頃よかった』が口癖で、それをバネに再就職に向けて努力し続けている人たちだ

若き頃の話をたくさんしてくれた
彼らもまた、カラダを酷使し続け、心身共に疲弊していた

なんとか生きていくために、昼も夜も派遣で食い繋いでいた人たち

再就職が決まったという話を聞いて、一緒に泣いて喜んだこともあった

彼らの頑張りを見て、わたしも1年半後に大手化粧品メーカーに再就職することができた

その間、生きていくために飛び込んだ銀座の夜の世界

そこで得ることができた経験はわたしにとって人生の糧になっている

だが、カラダに負荷をかけ過ぎたその代償は若年性更年期障害という形で現れてしまったのだ



▶︎どうしようもないクズ男


再就職するまで1年半、なぜ仕事が決まらなかったのかというと、その当時第二次氷河期と言われる時代で、派遣切り、リストラというワードがテレビでも報道されるほど、就職難の時期だった

わたしの場合、営業成績1位をキープし続け、売り上げも順調だったはずなのに、リストラを宣告された

1年半もの間、週3日は日雇い派遣と中途採用の面接を受けに行き、夜は週5日で銀座で働く日々

睡眠時間は1日4時間あればいい方だった

土日も休みなしの生活を続け、カラダは疲労困憊状態

あの頃は本当に心が荒んでいた

そんな時、日雇い派遣でとある男と知り合いになるのだが、その男は今だから言える話で、どうしようもないクズ男だ

彼は、とある街でプロカメラマンとして活躍していた
会社を立ち上げ、順調に事業が軌道に乗っていた

だが、あることがきっかけで事業に失敗し、今まで積み上げてきた全てを投げ捨てて、知人を頼って東京に出てきた

東京で再起をかけて、努力していたのだ

そんな彼の姿を見て、気にかけるようになっていく
あぁ、この人はわたしそのものだと

互いにそんなつもりはなかったのだが、傷の舐め合いをするかのようにカラダの関係をもってしまった😂

そして、同棲をはじめてしまったのだ😳

彼の夢は、再起をかけてもう一度あの頃のようにプロとして一線で活躍すること

その夢のために資金が必要だ
自分の仕事に集中したい、そのためには日雇い派遣をしている時間がもったいない
だから俺を養うために金を稼いでくれ

というわけで、わたしは稼ぐ力をこの経験がキッカケで養うことができるようになったのだ😂

どうしてわたしはこの手の男に惹かれてしまうのか😂

個人事業主
芸術家・クリエイター
ヒモ

当時付き合っていたこのカメラマンは、この3つ全部兼ね備えていたクズ男だ

ちなみに別れた元旦那は、稼ぐ力はあるが、途中からヒモに変わった🤔
中身は内田裕也さんにそっくりだったが


その男は、ストレスのあまりふさふさだった毛が抜け落ち、生えてこないと嘆いていた

SEXは心の傷を癒すためのものだといつも言っていたが🤔
一瞬でそんなものは終わる

2Kのマンションでの同棲生活はなんと3ヶ月で終わりを告げる😳

交際している間、実は何度もわたしは婦人科外来に行っている

理由は🤔生理が来ないということが度々あったからだ

すでに32歳の時、わたしは更年期症状が出ていたのだ

若年性更年期障害の第一段階の症状が出ていたのにも関わらず、無視し続けていた

生理が来ないのも、不規則な生活が原因だと思っていたからだ

それ以外にも、何度も避妊失敗か😳
緊急避妊薬をもらいに婦人科に行っている

全くもって大事にされていない

そんなクズ男と別れようと決めたのは
再就職が決まり、この男の夢を叶えようという気持ちがなくなったからだ

モラハラ気質の男と一緒に過ごし、心もカラダも荒んでいった
自分は幸せではない未来を歩む気はない
だからケジメをつけて、新たな人生を歩もう

そう決めて、別れたのだった

38歳、若年性更年期障害と診断されるまで、わたしの人生は最悪だった


▶︎その後の6年間のわたしの人生は


32歳ですでに更年期症状が出ていたわたしは、ちょっとしたことですぐに怒ることが増えた

それは職場でも、母親の前でも、恋人の前でも同じこと

もう、これは性格なのだと思い込んでいたのだが、実際38歳からはじめたホルモン補充療法によって、イライラや怒りっぽいという症状が消えた😳

性格ではなく、ホルモンバランスの乱れによって生じていたことがわかったのだ

若年性更年期障害と診断されるまでの6年間🤔

結婚を一度経験してみたいという願望の塊だった😂

わたしは焦っていた

婚活パーティーに頻繁に通い(銀座会場以外は絶対参加しなかった)

出会った男性と何度かデートをしてみたり、関係をもってみたり、もう最悪だ

結局、交際期間は大体が3ヶ月で終了

中目黒のバーテンダーとの交際がいちばん最悪だった

婚活パーティーに参加していた男性のほとんどが、40代😳
わたしと同じように、結婚適齢期に結婚を躊躇い、女性に振られ😂その後、出会いがないと嘆く人たちの集合場所になっていた

焦れば焦るほど、何事も上手くいかない

銀座のホステスと二足の草鞋生活を隠して交際しても、相手になぜかバレる

それもあり、振られることもしばしば

36歳の頃のわたしは、もう結婚を諦めよう
自分の力で稼いで生きていこうと決めていた

そんな時、12年もの付き合いがある銀座のとある占い師に言われた一言が、わたしの人生を変えてくれたのだ

1年何もせずに、待ち続ければ38歳で結婚できるから

その言葉を信じ続け、実際に38歳で結婚できたのだ😂

36歳からの2年間、実は婦人科外来に行っていない

理由は、緊急避妊薬をもらう必要もない😂
婦人科外来は緊急避妊薬をもらうためだけの病院ではないのだが😂

もしも🤔毎月、きちんと検査をしていれば…

若年性更年期障害の症状も出ずに済んだのではと今でも思う


▶︎過去の過ちと女性ホルモンの関係


30代の頃のわたしの人生は最悪だ

最悪だと思うから最悪なのだが😂

逆に、こうして自分のカラダと真剣に向き合うために必要な経験だったと捉えたらどうだろうか

この経験がなければ、もしかすると助産師とタッグを組んで講座開講をしていなかったと思うのだ

20代30代の食生活が更年期症状の強弱に大きな影響を与える

まさしく、わたしが実体験してわかったことなのだ

更年期の症状は、20代30代で培ってきた人生そのものが、更年期という時期に現れる

規則正しい生活を送ってきた人は、症状が軽い
逆にわたしのようにめちゃくちゃな生活を送ってきた人は、更年期の症状が早く出るか、症状が重いかのどちらかだと思う

30代の方に更年期の知識が大事かということを伝えても、理解されないのは、自分が当事者ではないからだ

更年期だけでなく、不妊も同じことが言えるのだ

婦人科でも更年期の症状の強弱についての原因について説明がないという声も、スクール生から聞いている

若年性更年期障害と診断され、閉経してしまったわたしは、30代のあの頃に戻って、こうして今、自分は辛い症状と闘っているんだと伝えたい

という悔しさもある😢

だが、この経験がなければ、今の自分はいないのだ

女性ホルモンがいかに大事か🤔
それを理解してもらうためには、どのように伝えていけばいいのか

わたしは模索し続けて、noteに実体験を赤裸々に綴り始めた

スクール生には話していない内容ばかりなのだが、それでも共感してもらえていることに感謝している

若年性更年期障害と診断される30代が増えているということを知り、わたしの実体験を通じて、女性ホルモンとどのように付き合っていけばいいのか

そのヒントとなればと思っている😌




佐方ともみ 
美容業界28年目 エステティシャン
IOB認定オーガニック専門家
食べて痩せるオーガニックダイエットBioeat(ビオエット)®︎協会代表
フェミニンケア×更年期プラクティショナー養成講座主宰兼講師

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