【懲りない日記】 独りでも幸せなのに、結婚する理由ってなんだろう?
「結婚は、してもしなくてもどちらでもいい」
そんな風に思えていたのは、結婚について現実的に考える必要のなかった学生の頃。
そして、結婚を続ける意味を本気で考えた離婚後だ。
子供を持つ、持たないという選択に関しては、そもそも「この人好ッき!」という人と出会うことさえ難しいのに、そういう人とそういう関係になって子供を持つだなんて夢のようなお話。
果てしなく尊い道のりだと感じていた。
でも、今の時代、結婚=子供という方程式は必要ない。未婚でもパートナーがいなくても子供を産む、持つ選択はできる。
少しだけかじって吐き出した結婚生活を経て、独りでいることの幸せをやっと知ったんだもの。
結婚なんて、もう懲り懲り。
面倒くさい契約を交わしてお互いの首を締めつけ合うよりも、当時の私に必要なのは自由な時間。
年齢的に子供を産むことは難しくなるけれど、自分を愛し、育てる方が必要だと思えた。
わたしは誰かの人生ではなく、自分の人生を思いっきり楽しみたい。
だから、これからは独りで生きていく。
「私は、私を幸せにすると誓います」。
そんな誓いと覚悟をして離婚届を役所に提出したんだ。
誰かのためではなく、自分のために。
自分を幸せにしない思考や人間関係を容赦なく斬り捨て自分を俯瞰してみると、同じようなパターンを自ら選択し、続けていたことがわかる。
これは、本当にしたい事だろうか?
この人と一緒にいて、私は幸せや安心を感じている?
「やらなくちゃ」という義務感や正義感。
ジェットコースターのような「好き」やドーパミン・プッシャァーの興奮や感情を抜きに、冷静に自分に問い続ける。
感情や衝動、そして同情に任せて行動せずに、自分に聞いて、決めていく。
この場合はどう?
さぁ、この場合は?
人から好かれたい、よく思われたい、選ばれたい、認められたい、愛されたい欲より、自分を大切にすることが優先できるかどうか。
手を変え品を変え、何度も訪れる誘惑。
自分を優先することが、こんなにも難しいだなんて知らなかったと痛感する日々。
そして出会ったのが、今のパートナーだった。
どうして付き合うことになったのか、今でもわからない。
でも、気付いたら横にいた。
だから言った。
「もしも結婚や子供が欲しいなら私にはムリ。違う人と付き合って」
過去の私ならバツイチというハンデや、年齢的なことも考慮して焦っていたと思う。好きだったら尚更。
でも、もう違った。
それくらい結婚も出産も興味がなかったの?
独りで生きることの悦びを感じていたワケ?
そう聞かれたら、そんなものにしがみ付いて生きづらさを味わう人生をもう二度と繰り返したくないという意思表明として、当時の私はイエスと答えたと思う。
先日、noteでシェアさせて頂いた韓国の少子化に関するニュース。
そして、tomandfriedaさんのフィンランドの記事にもあるように、女性として生まれてきた私にとって、結婚とキャリアの両立なんて、よほどじゃないと出来ないと思ったから。
どちらかの基準に合わせた男女平等なんて嘘だ。
夢物語だと思っていたし、いくら男性より稼げても家事やら何やら結局しなくちゃいけないのは女性の私。
そんなことを考えたらコスパだのタイパだのが悪すぎる。
割に合わない話だ、と思っていたし、今も思っている。
でも、本音は違っていた。
その証拠に、懲りない私は今年、彼と籍を入れた。
お腹の中では今、8ヶ月目を迎える生命体がムニュムニュ、ドコドコ動いている。
独りで育てる覚悟は今もある。
子供が出来たことを理由に結婚したワケではない。
幸せを求めて結婚したのとも、なんか違う。
結婚したからと言って幸せになるとは限らないことは、一度失敗して思い知ったもん。
じゃぁ、何でわたし、結婚したんだろう?
明確には答えられないのだけど、一つだけ思い当たることはある。
彼と付き合っていく中で、わたしの中の「男性」や「女性」、「結婚」、「パートナーシップ」などの思い込みが溶けていったからだ。
女性は料理や洗濯、家事をしなくちゃいけない。
女性は仕事や趣味よりもパートナーや家族を優先しなくちゃいけない。
それに加え今の時代、女性も精神的、経済的に自立していなくては生きて行けない。
でも実際、わたしは彼から「(家事など)しなくて良いよ」と言われたことはないが、強要されたこともない。
それなのに、自分を何かの枠に入れて縛り付けていたのは私自身だということに気が付いた。
求められようが、られまいが「わたし」がしたいなら、すれば良い。
したくないなら、わたしがしたいことしよう。
それで何か言われたら?
そんな男性は選ばなければいい!!
ザ・亭主関白の家庭で育った私にとって、女性はいつも、男性から選ばれる存在だった。
それは、セックスに関しても然り。
でも、私にだって選ぶ権利は当然ある。
そして、1人でも幸せになれることを知ったのだから、自分を殺してまで誰かと一緒にいる必要はない。
最初は相手の反応にドキドキ。
でも、私は私を幸せにすると誓ったからには、やるしかない!!
私は彼よりも自分を大切にしたいし、愛したい。
それを許せない男性は
必要ない!!!
と、今でも毎日自分に言い聞かせている。
私はいつも自分の本音から逃げて、消去法で物事を選択していたから。
「仕方ない」と妥協ばかりして、自分の本音を伝える努力はおろか、自分の心と体の声に蓋をし続けた。
国とか、社会とか、経済とか、政治とか、常識とか、正解とか、男性とか、女性とか、結婚のカタチとか、そんなの全部放り出して、
私は何がしたい?
どう生きたい?
そんなシンプルな問いに応えていった結果、自分の人生をより楽しくするパートナーとして彼を選んだ。
「独りでも幸せ。一緒にいても幸せ」
そんな風に思える相手だからこそ、私の場合、結婚したんだと思う。
だからと言って、結婚して2人の関係が変わらないワケにはいかなかったけど、彼とチームを組む契約をしたから頂いたチャンスだと思っている。
彼のために、チャレンジするワケじゃない。
2人のために、自分のためにチャレンジする。
あれだけ煩わしく感じていた家族や親戚との関係も結婚を機に改めて考えたり、2人にとって居心地の良い関係性を築くための作業は人間として器が試される。
でもやっぱり思う。
「結婚はしてもしなくても良い」。
ただ、他人と関わると別の視点で物事を見る、知ることになるから、良い意味でも、悪い意味でも自分の世界が広がっていく。
だからこそ、こんなにも色んな人たちが生きていて、私はわたしを、そしてあなたを知ることになるんだと思う。
いつか必ず、人生の終わりが来る。
だったら、わたしは自分にとって大切なご縁を通し、広い世界を知り続けたい。出来る限り人生を楽しく過ごしたい。
「あ〜、楽しかった!」っていう人生を終えるために。
あなたはどんな人たちと一緒にいたいですか。
▼コミュニティ
女性が安心して「じぶん」を話せるコミュニティembrace公式HP
▼小説
ここまで読んでいただきありがとうございます。詢川華子と申します。
私は今、embraceというコミュニティを通じ、学び、成長し、本当にしたかったことや見たい世界を広げる時間と場所を創造しているところです。
そして、その鍵を握っているのが、自分の素直な気持ちを言葉にして「書く」ことだと思っています。
セックスと同じように、言葉は暴力にも、愛にも変わります。
どのような意図でその言葉を使うのか。使ったのか。
日々、あなたが選択した言葉によって、あなたの人生が創られていることに気が付くと、言葉に染み付いた自分の思考のクセ、思い込みに気付くことがあります。
今回書かせて頂いた通り、私は思い込みが非常に強い人間でした。
でも、新しい出会いや言葉を知り、今までとは違った選択が出来るようになったことで人生が思わぬ方向へどんどん変化していきました。
そして、その思い込みの根本にあるのが「女性」、「男性」といった生物学的、文化的な性やセックスに対する強くて根深い思い込みに気づいたら、人生が軽く、楽しくなりました。
キャリア、収入、恋愛、パートナーシップ、家族関係、ボディ・イメージなどなど、あらゆるものに対して存在する「女性なら(男性なら)こうあらねば!!!」の思い込み。
でも、性とかもう、関係ない!!
自分がしたい!と思ったことを素直に表現し、行動していこうと決めたら、人生が少しずつ好転していきました。
そのことを身を持って知ったことが大きな原動力となり、数年前には信じられなかった「今」を生きています。
性は、男性、女性という生物的な意味だけでなく、男性的、女性らしさなど文化的、社会的な意味や性的趣向、セックスなども含み、とっても興味深いテーマです。
そして、それらの背景をたっぷり含んだ言葉や思考に気付くと、世界が、人生が思わぬ方向に変化していく。
そのことを、少しでも多くの人と分かち合いたいと思っています。
表現する、創造するって、本当に凄いパワーを秘めています。
私はライフワークとしてやってきた「書く」を通し、これからも見たい世界を創っていこうと思っています。
私が主催しているembraceでは書く、ジャーナリングを通し、そんな経験や時間を提供しています。
あなたが新しい言葉を見つけ、人生の選択を広げるお手伝いをさせていただけたら嬉しいです。
🔽詳細
🔽セクシャルウェルネス講座
人生は、あなたの言葉で変化する。
そのための言葉を見つけるお手伝いをさせてください🌎✨
「性、ジェンダーを通して自分を知る。世界を知る」をテーマに発信しています^^ 明るく、楽しく健康的に。 わたし達の性を語ろう〜✨