second_test 01

頭の横を通り過ぎた銃弾の風圧を感じて、反射的に悲鳴をあげながら地面に伏せた。顔を上げると、コンテナの陰に隠れた友人のアオハが「こっちへ来い」と叫んでいるのが見えた。
足に力が入らない。仕方がないので這って近づくと、いつの間にか目の前まで来ていたアオハにアーマーを掴まれた。そのままコンテナのそばまでズルズルと引きずられていく。ジェイはなされるがままになっていた。

アオハはジェイと銃を離すと、空いた両手でジェイの体をバシバシ叩いた。
「よし、怪我はないな。早く立って、敵が近いよ」
「いやいやいや、怖すぎる!」
ジェイは涙目になりながら叫んだ。話に聞いていたのと体験するのとでは全然違う。
「大丈夫だって。ただのゲームじゃないか」
「オレ、撃たれたら心臓発作で死ぬかもしれない」
「合法的にドリームオルガンを使って死んだベーシックは今までにいないよ。セーフティがあるからね」
「そういう問題じゃない」

まだ銃を持つ手が震えている。アオハから「初心者向けだよ」と言われて選んだ骨董品のようなアサルトライフル。演習場で使ったときは反動も素直で扱いやすいと思っていたそれが、今ではひどく重く感じる。重さを感じる機能はOFFにしてあるはずだからただの錯覚に違いないと頭ではわかっていても、体感として感じているのだから間違いない、とジェイは思う。

友人は「動きが鈍くなるから」という理由でアーマーはおろかヘルメットすら装備していない。土埃の立つ戦場ではあまりに目立つ鮮やかな緑色の髪が、近くで炸裂した手榴弾の爆風で翻った。

「ひー!」
情けない悲鳴をあげて頭を抱えたジェイを、アオハが哀れみの表情で見つめる。
「ほら、早くグレネード投げ返して!もう射程内だよ!」
「無理無理無理無理」

ライフルを抱えてうずくまるジェイを見て「仕方ないなぁ」とつぶやいたアオハは自分のポーチからグレネードを取り出すと、手慣れた動作でピンを外して放り投げた。遠くで爆発音がする。

「今のうちに移動しようよ。場所バレてるし」
「もう帰りたい……」
「出撃前はあんなにノリノリだったのに」
「こんなに怖いなんて聞いてない」
「……」

アオハは困ったな、という表情をする。どうしても前線に行きたいと言ったのはジェイなのだ。成人したばかりで浮かれていたジェイは、昨日の夜にアオハに「TMW3(The Moment War 3)をやりたいので一緒に連れて行ってほしい」とメッセージを送った。一度は断ったものの、専属のスポッターを育成したいと密かに思っていたアオハはなんだかんだで承諾するに至ったというわけだ。いきなりスポッター役では退屈に思われてしまうかもしれないと思い、気を利かせてCQB用装備を作って一緒に前線にやってきたわけだが、どうやらごく一般的なベーシックであるジェイには刺激が強すぎたらしい。

TMW3は成人向けのSR(Simulated Reality)系ゲームの中でもマニア向けなものの一つで、一般の銃マニアから実際の軍人の訓練用にまで使われている完成度の高いものである。
特筆すべきはその描画力で、あまりにリアルに過去の戦場を再現しているために、「最も多くの人々のPTSDの原因になったゲーム」という不名誉な称号を持っている。
現在では多少表現がマイルドになり、バイタルパラメータをOFFすることができるようにもなったりと、比較的大衆向けにアップデートされている……というのはSR系ゲームを知らない部外者向けの説明である。
実際のところ、バイタルパラメータがOFFできるようになったことで疲労感や痛覚を失ったバーサーカーが量産されただけであり、仮想の戦場はより血みどろの戦いが繰り広げられることになったのである。
というわけで、視覚的にはよりグロテスクにアップデートされたことで密かに話題になっていたTMW3は刺激を求める老若男女に再び爆発的ヒットを飛ばしている。現在のアクティブユーザーは五千万人とも言われている。いろんな意味で話題作だ。

ごく一般的な銃オタクであるアオハは前作からプレイしている、いわゆる古参プレイヤーだった。
ゲームに熱中するあまり、本来のライフワークであったコミュニケーション学の研究がおろそかになっているのがここ最近の悩みでもあった。
そして今は、無理やり前線に連れてきた友人をどうやって説得して戦闘に参加させるかということで頭を悩ませている。ここから撤収地点まではとても間に合わないだろうし、どうせ殺られるならチームのことを考えて一人でも多く巻き添えにしておきたい。しかし、今のジェイの様子を見ると無理かもしれない。かといってTK(Team Kill)するのは自分が受けるペナルティが大きすぎるしな、と考えていた。

悩んでいるうちにこちらに走ってくる足音が聞こえた。アオハは「ああ、やっちまったな」と思った。対応するには距離が近すぎた。

目の前で友人の頭部が弾け飛ぶのを見て、ジェイは悲鳴をあげた。友人を撃った敵兵の銃口がこちらを向く前に、彼は無意識のうちに両手を挙げていた。

「あー、だる……」
リスポーン地点に転送されたアオハは、あえてぼそっとつぶやいた。一つは、前線で油断して無様なキルカメラを見せつけられたことに対する気まずさを打ち消すため。もう一つはジェイへの謝罪と言い訳をするつもりだったのだが、同時にリスポーンされたはずのジェイの姿が見当たらない。彼とはフレンド登録をしているから、近い地点に飛ばされるはずなのだが。

「おっ、アオハじゃん。めっずらしー」
「おはよう、フェリカ」
「おはようって時間じゃねーよ。つーか、あんたが殺られんの久々じゃね?なんかやらかした?」
「はい、やらかしました……」

フェリカは同じチームのTMW3プレイヤーだ。狙撃を専門にしているアオハとは違って最前線に出ることを好む彼女とはチームを組むことはほとんどないが、長年プレイしていると時々見かける、顔なじみのような関係になっていた。

「初心者のフレンドを最前線に連れてったら油断しちゃって……。しかもフレンドが戻ってこない。一緒にやられたはずなのに」
「前線で覚醒したのかもな」
「そんな子じゃないよ」
「子どもか?」
「まあ、成人したばっかりって言ってたから子どものようなものだね」
「本人が聞いてたら怒られるぜ」
「それはともかく、戻ってこないとなると困る。運良く生き残ってるならいいけど……」
「捕虜になってたらめんどくせーな」
「でしょ?」

フェリカと雑談していたら気分が落ち着いてきた。なんど体験しても、撃ち殺されるときの感覚には慣れない。もっとも、今回は敵が上手かったのと棒立ちしていたのが相まって一撃でヘッドショットを食らったので、痛みを感じる前に終わったのが幸いだったかもしれない。手足に流れ弾を食らうと厄介なのだ。

そこまで考えて、ほとんどのプレイヤーは痛覚を感じるバイタルパラメータをOFFにしていることを思い出した。ONにしているのは自分のようにスペクターの中でも変わり者だけだ。アオハはバイタルパラメータが実装されて以来、それがフェアだと思ってONにしているが、ジェイから言わせると「変態」らしい。意味はよくわからない。

だとすると自分が撃ち殺されるところを至近距離で見せてしまった。ジェイがPTSDを発症しないといいのだが。もしそうなると彼の両親に怒られるだろうし、色々面倒なことになる。
そこまで考えたところで、彼の生来の楽天的性格が、今回のことはジェイをこのゲームに慣れさせるためには必要な試練だったという結論に至った。

「まあいっか」
「いっか、じゃねーよ。救出にいくのあたしら前線部隊じゃねーか」

自分を納得させたところでフェリカに怒られた。

「そのときはぼくも行くよ」
「いらねーよ。後方で芋ってくれてたほうがまだマシ」
「ひどくない!?」
「ひどくねーよ、適材適所。あんたの狙撃の腕は確かなんだから援護してくれたらそれでいいんだよ」
「えへへ」
「キモいなこいつ」

照れ笑いしたアオハを一蹴するフェリカ。彼女に限らず、なぜかこのゲームのプレイヤーのほとんどは口が悪い。実際に統計を取ったことはないから、あくまで体感だが。

フェリカと一緒に出撃準備地点まで歩いて移動する。
彼女もリスポーン地点にいたということは前線でキルされたことを意味している。長年プレイしているとはいえ、たまにはやられることもあるよねとお互い慰め合いつつ歩いていると、シェオルの基準システムがメッセージを受信したことを知らせてきた。

フェリカに断りをいれて、歩きながら受信メッセージ画面を開く。アオハはシェオルの標準的GUIを、SR系ゲームの没入感を台無しにするという理由で嫌っていた。嫌ってはいたが、コンピュータのスペシャリストばかりのスペクターと違ってベーシックも混在するSRゲームでは、昔の映画のようなGUIがあるのも仕方ない、と諦めてもいた。
足元が見えるように半透明の緑色のウィンドウに、明るい白い文字で新規の受信メッセージ一覧が表示される。そのうち一つはジェイからの音声メッセージだった。泣きながら何事か分からないことをわめいている様子から察するに、やはり捕虜になっているらしい。
もう一つはアテナからのテキストメッセージだった。アテナはアオハが所属している研究組織、ISSA(International Synthetic Space Agency - 国際総合宇宙研究機関)の管理者である。メッセージは、物質世界に関与するためのドールのテスト期日が確定したので時間があるときに直接説明したいというものだった。

フェリカにゲーム外の話をするわけにはいかなかったが、アオハはこのとき天にも舞い上がらんばかりに浮かれた気分になっていた。物質世界に行くテストは二度目だ。そのために何ヶ月も前にドールの設計図を申請して待っていた。ようやく自分の番がきたのだ。
二回目のテストを終えれば、正式にISSAの職員としてベーシックと関わる作業ができる上に、シェオル内での自身のコピー権限が一つ増える。コピー権限が増えれば、研究用とゲーム用にそれぞれ専用の自分が作れるということだ。この頃おろそかになっているコミュニケーション学の研究も捗るかもしれない。それだけではない。二度目のドールを使ったテストは月にあるティコ第一基地で行う、と書いてあった。ベーシックが大勢いる基地だ。自身の研究成果を生かしたドールを現場で実際に使うことができる、またとない機会が与えられる。

「ぼく、ちょっと用事ができたからログアウトする」
「お?友達を助けにいかねーのか?」
「優先すべき用事ができたんだ」
「仕事か?」
「そんなところだね」
「じゃあしかたねーな」

お互いに現実世界での素性を詳しくは知らないが、フェリカはログイン時間から察するにベーシックで、それなりの社会性を備えた大人の女性だ。口は悪いが話せばわかってくれる。

「フレンドの情報送ってくれ。できたら早いうちに救出に行くから」
「そのフレンドなんだけど、今日はもう十分に恐怖を体験したからログアウトするって」

わめき声の音声メッセージの直後に、謝罪と恨みつらみと断りの書かれた長文テキストメッセージが送られてきていた。

「そっか。じゃあしかたねーな。友達を助けに行くときはあたしも呼べよ。手伝ってやるからさ」
「ありがとう、フェリカ」
「じゃあまたな」

フェリカに別れを告げ、ログアウトコマンドを送信する。アオハはログアウトエフェクトを残してTMW3サーバから退出した。

VTOLエンジンが発する轟音が無線機越しに耳をつんざいて、聴覚がすっかり麻痺したようだった。エンジンの音以外には何も聞こえない。
ダミアン・ウェンツは無線機が正常に動作していることを確認し、次に暗視機能のついたARゴーグルを点検する。周囲の同僚が同じように無言で装備を点検している。もっとも、この状況で喋ったところで何も聞こえないのだが。

ゴーグルを装着すると、真っ暗だった機内の様子が鮮明に見えるようになった。VTOL機のキャビンの床に直接座り込んだ六名の同僚たち。全員、アメリカ合衆国宇宙軍(​​USSF)の特殊部隊だ。
宇宙軍と名前が付いているものの、実際は地球と月を含めたあらゆる天体に関する軍事的な作戦に派遣されるのが実態だ。宇宙空間での軍事作戦を専門的に行う部隊も存在するが、ダミアンが所属しているのは地上部隊だった。
軍の名前が管轄区域ごとに別れていたのも今から百年以上前の話。USSFが本格的に実行力を持つようになってから、担当エリアごとに独立していた軍はすべてUSSFに統合され、そのなかにいくつかの専門部隊が所属するようになった。きっかけは、なんのことはない。アテナと情報連携したUSSFの実行力があまりに強力だったからだ。

アテナのことは得体のしれない不気味な存在だと、ダミアンは認識している。姿を見たことはないが声は聞いたことがある。柔らかい低めの女性の声に聞こえるが、実際は合成された電子音声だ。その正体はオービターと呼ばれる知性体の一種である。
オービターは名前の通り惑星の衛星軌道上に実体がある……といわれている。セキュリティの性質上その場所は公開されていないから、無数にある人工衛星のどれがアテナの本体なのかを知るものはアテナ自身以外に存在しない。だから、アテナの姿を見たものなどこの世界に存在しないのだ。一応アテナは人間に対応するとき用のアバターを持っているという噂だが、ダミアンのような実行部隊のいち隊員はその姿を見る機会はない。

神話の神の名前を名乗るとは随分尊大だとダミアンは思う。しかし、実際アテナの存在は神話の神以上だった。
アテナは地球圏のあらゆる通信を観測している。街中を飛び交う通信機の電波から、衛星通信、素人の無線通信からテレビやラジオなどの公共放送、それから暗号化された機密通信まで。一体どうやっているのか、アテナはそれらをすべて把握しているのだ。そうして得た情報を、治安を維持する立場の人間に伝えている。どこそこの資金の動きがおかしいと言ってきたり、犯行計画を立てているオンラインゲームのチャットログを提出してきたりといった具合に。
アテナの情報収集、分析能力とそれらの正確さは疑いようのないもので、それらはもう百年以上に渡って証明され続けている。

その結果、詐欺からテロまで、あらゆる無線通信を使った犯罪行為 ── とくに人命が関わるもの ── はここ数百年で減少の一途をたどっている。完全にそれらが消滅しないのは、人間という強欲な生き物の性なのかもしれない。
犯罪行為はインターネット上からほぼ消滅し、代わりに現実世界に現れるようになった。独自の通信回線を構築したり、人を介して物理的にやり取りすることでアテナの監視網から逃れようとした。その結果、犯罪行為は百年前にくらべて件数こそ減少したものの、内容はより姑息で過激なものとなっていた。

尊大で偉大なアテナだが、物質世界に干渉する術を持っていない。アテナが行うのは、得た情報を然るべき管轄の人間たちに伝えることだった。アテナから与えられた情報をどう使うかは人間側に任されている。

そもそもアテナの目的は仮想都市シェオルの治安維持だった。アテナの情報収集と処理能力は本来、シェオルの安全を確保するために存在している。そのために物理的に対処が必要な問題が出てきた場合にアテナは物質世界の人間に協力を依頼し、人間たちは対価としてアテナが得た情報を受け取っているにすぎない。

今回の任務も、そんなアテナからの情報に端を発するものだった。
「某砂漠地帯で目的不明の違法建築が存在しているのが衛星写真で見つかった」
「調査に向かった地元の一般人と警察官が数名、行方不明になっている」
というもので、その上つい二十時間前に匿名通報で該当の建築物周辺で非人道的実験が行われていると連絡があったというのだった。

正直、そんなもの放っておけとダミアンは思っている。
しかしアテナの管理するISSAとUSSFは親密な協力関係にある。宇宙空間という管轄地域が被っているのもあるが、そもそもが互いの情報と実行力を欲していた。なにより、すでにUSSFはアテナの提供数情報に何度も助けられている。未然にテロの類を防ぐというアテナの戦術は実に効果的だった。そのためにUSSFの隊員が手を血に染めることがあったが、アテナには報告していない。機械の女神は生命の損失を何よりも嫌っている。それに、報告しなくても知っているだろうとダミアンは思う。女神は地球圏を飛び交うほぼすべての無線通信を傍受し、分析して独自に解釈しているからだ。そのおかげで地球ではここ数百年、大規模な軍事作戦が行われていない。すべてアテナが事前に把握して報告し、USSFがその実行力をもって未然に防いでいるからである。

アテナの依頼はシンプルなものだった。該当する建築物の調査。そのためにアテナはスペクターを派遣してきた。
ダミアンはちらりと隣で膝を抱えて座り、なるべくスペースを取らないように努力しているスペクターを見る。
長い間ISSAとの共同任務をこなしてきたが、実体──ドールと呼ばれる──を持つスペクターを見るのは初めてだった。第一印象は「小さい」だった。子供のような体型。立ち上がるとダミアンの肩より小さい。名前の通り人形のような顔が付いている。長い銀色の髪を背中で束ねており、一見すると少女のように見えるが、スペクターに性別はないとされている。整いすぎている顔からは表情が読み取れないので、何を考えているのかわからない。そのスペクターは今、キャビン内を何を見るともなく見つめている。
ダミアンたちの任務はこのスペクターの護衛だった。アテナの手先であるスペクターの操るドールは、愛らしい見た目と裏腹に高精度の機械だ。そして、それを操るスペクター自身も優秀なエンジニアであると聞いていた。スペクターの操るドールは高価で、それ故に基本的に地上の任務に使われることはほとんどない。そもそもが宇宙空間での作業に特化して作られている。そして、一般人の目には触れないようにしている。
アテナがエンジニアであり、高精度のセンサであるスペクターを派遣してきたのは例の建築物を調査するためだ。ブリーフィングで聞いた限りでは、アテナはその建物を脅威とみなしているようだった。付近で数名の行方不明者を出している以外にも理由はあるのだろうとダミアンは思っているが、女神からそれ以上は聞き出せなかった。
アテナは現地へスペクターを派遣して調査する。USSFの特殊部隊はそれを護衛する、というのが表向きの任務内容だ。
裏向きでは、USSFがスペクターの行動を監視するという目的もある。目を離すな、と上官から言われている。この愛らしい見た目をした、しかし無表情の人形がどんな行動をするのかを見て報告するのが、ダミアンの任務でもある。

「なにか?」
ダミアンの視線に気がついたのか、スペクターが振り返った。ダミアンはびくっとする。
エンジンの発する爆音で声は聞こえないはずだったが、さっき装着したばかりの無線機からはっきりと聞こえた。

なんでもない、とジェスチャーで伝えるとスペクターは再び正面を向いてしまった。
ダミアンがスペクターに対して苦手意識を持っているのはこれが原因だった。彼らは勝手にUSSFの機材にアクセスする。呼吸するように機械をハックし、中身を読み取ってしまう。今も暗視機能付きのARゴーグルにアクセスして隊員全員の視線を見ているのだろう。だからスペクターは自分が見られていることに気がついたのだ。

正直、ダミアンはこのスペクターを気味が悪いと思っている。名前の通り幽霊のようなものだ。無害かと問われれば、完全に無害ではないだろう。彼らはやすやすとこちらのプライバシーを侵害してくる。そして、それに対して悪意も何も持っていないのが厄介だった。彼らにとって機械をハックすることは二本の足で歩くのと同じ難易度なのだから。
だから、彼らを監視して物理世界になるべく干渉させない、という自分の裏向きの任務にも納得できる。

機長が無線越しに目的地が近づいてきたことを知らせる。VTOL機のドアが開く。エンジンの音が更に大きくなり、一気にキャビン内がざわつく。ダミアンは無意識のうちに、隣に座るスペクターを見た。着陸が近いことを察知しているだろうに、微動だにしない。
そう思ったとき、再びスペクターがダミアンの方を向いた。顔のサイズに対して大きすぎる目と視線が合った。次の瞬間、
「伏せろ」
と確かに声が聞こえた。それを認識したときはすでにダミアンはスペクターに押し倒されてキャビンの床に転がっていた。
轟音と激しい振動に閃光が加わって、ゴーグル越しの視界では何も見えなくなる。
襲撃された、と認識するまで長い時間がかかった気がしたが、実際は一瞬だった。ボディアーマー越しに、スペクターに押し倒されたときよりも強い衝撃を感じて、ダミアンは意識を手放した。


つづきます。

当作品はコンテスト応募用です。公開は3/31までの予定です。(間に合えば)
執筆終え次第順次更新していきます。

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