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海が大好きな癌末期の患者さんの海を見に行く1泊2日の旅行同行⑦

今回は
ホテルからの帰路のお話しです。

ホテルの玄関で、Aさんを介護タクシーに乗せようと準備をしている時に聞こえた
まさかの支配人の
「今日は良い夫婦の日ですもんね」
を聞いて私は鳥肌が立ち、腰砕になりそうでした。
振り返ると16日に依頼を受けてから5日間は緊張で頭がいっぱいになり、日にちの語呂合わせなんて考える余裕が無かったなと思いました。

支配人さんに見送られ、介護タクシーは出発しました。名残り惜しいですが快晴の瀬戸内海とはお別れです。旅行はトラブルも無く目的を果たして終盤になりました。ですが、このまま無事にAさん宅へ帰ってベッドに横になってもらうまでは気が抜けません。
 帰りの介護タクシーの中でも奥さんが色んな話をして下さいました。Aさんと奥さん、このご夫婦は明るく前向き、来るもの拒まず、決して他人を悪く思わず、家族思い、仲間思いの人なんだなと思いました。
豪快で気前も良く昔気質の本当の親分肌、今の時代には合わないかもしれないけれど人柄の良さが伝わってきました。

感動の再会
 
帰路途中でAさんが一番可愛がっている男性がオーナーをしている焼肉屋さんに立ち寄りました。一緒に泊まり込みで魚釣りに行く親子のような間柄でしたが、病気になってなかなか会えず、お互いずっと会いたかったそうです。
そのオーナーとも久しぶりに会えてAさんは嬉しそうでした。オーナーも忙しい人で、県外にもしばしば出かけるそうです。今日はたまたまスケジュールが空いていたとのことでした。またしても、たまたまという奇跡、大好きな海が見られ、帰り道に一番会いたい人に会えた。こんな瞬間に立ち会えたことが嬉しくて、側で見ていて涙が出そうになりました。

久しぶりの再会


息子のように可愛がっていた男性と

しばらくオーナーさんとお話し「元気でやりよるんか?」「また会おうね」と約束してお別れしました。
 約1時間ほどで無事にAさん宅に到着しました。一緒に行った娘さん達は先に帰宅してAさんを迎える準備をしていました。
介護タクシーから降りて、無事にお部屋のベッドに横になってもらう瞬間が来ました。ベッドに横になったAさんは「ありがとう、ありがとう」と笑顔で私に話して下さりました。体調は良さそうでしたが、仙骨部の皮膚剥離がホテルのベッドで寝たことや、介護タクシーでの移動中に悪化していないか気がかりでした。Aさんが使っている介護ベッドはエアーマットでした。奥さんとその部分を観察し悪化していないことを確認しました。
最後にベッド上でAさんの姿勢を整えてから、握手をしました。ガッチリとした手と力強さは今でも忘れません。

 こうして私の旅行の付き添いは完了しました。奥さんや娘さん達にお礼の言葉を言い、お別れの挨拶をしました。皆さん「ええ旅行だった、ありがとうございました」「またお願いしますね」と口々に言って下さいました。
私は「こちらこそありがとうございました」と言い感謝の念をお伝えしました。
てごナースきたひろのモットーは、名刺やチラシにも書いてあるように「あなたのしたいやりたいをお手伝い」としています。今回、Aさんからの依頼を受けてAさんと奥さん娘さん達が私のしたいやりたいをやらせて下さいました。なんだか、あべこべのような気持ちでした。
 
 Aさんの家を出て、訪問診療の医師にも無事に帰宅したことを報告しました。医師は「なんのための人生かと考えたら医療の枠を超えるよね」と言われました。この言葉は重いなと思います。
 Aさん宅を出て自分の車に乗った時には何とも言えない脱力感を感じました。無意識のうちに緊張して肩に力が入っていたんだと思います。と同時に達成感も感じました。私はやりたいことをやってみて、改めて自分はこの仕事が好きなんだな、向いてるなと思いました。何より依頼者さん達の大切な時間がスムーズに流れることに喜びを感じる。スムーズに流れるために自分が考えたり動いたり交渉したりすることは、全然苦にならない。そんなことを考えながら自宅へ到着しました。
 自宅へ到着すると妻が嬉しそうに迎えてくれました。母も「無事に帰れて良かったね」と言ってくれました。妻も母も看護師なので私のやりたいことは理解してくれています。そして命の現場で働く者として、そのリスク、役割の重要性も理解してくれています。と同時に「誰かがサポートすれば一時帰宅できたり、外出できたり出来る患者さんがいるのに」というジレンマも感じてきた2人です。
私が1泊2日の仕事の間に協力してくれて家族にも感謝でした。それから数日間は娘に「父さんまた同じ話しをしよるよ」と言われるくらい、2日間の奇跡を目の当たりにして興奮していたのだと思います。


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