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『FIFA』とリアルサッカーの比較と考察――今後の両競技の発展に向けて(文:きのけい @keigo_ashiki )

ワールドカップの舞台では日本がドイツ・スペインを立て続けに破り、アルゼンチンは劇的な形で優勝を手にした。その熱狂の最中、新たに創設された『FIFAコミュニティシリーズ』の舞台でも、世界を目指す日本の選手たちが熱戦を繰り広げていた。

『FIFAコミュニティシリーズ』は世界トップクラスのシェアを誇る人気サッカーゲーム『FIFA』シリーズの国内大会だ。EA SPORTS社に公認され、今後連続的に開催される運びとなっている。本稿では、そのオープニングイベントとして12/3(土)に国内トップ8選手により行われた招待制大会『FIFAコミュニティシリーズ プレシーズン』の模様を、筆者が戦術的な観点から分析する。

リアルとゲームの決定的な差異
 

リアルのサッカーを模したゲームである『FIFA』は、年を追うごとに信じられないほどリアルのサッカーに近づいている。バラエティに富んだシュートやパス、それらを実行する選手の手足の動き、鮮やかに揺れるゴールネット、湧き上がるスタジアム。これらはすべて物理法則に背かず、極めて自然な挙動を見せている。さらに5人の選手交代やオフサイドディレイなどルール面でも最新のアップデートを図っており、もはや遠目からテレビ画面を見ただけではリアルとの区別がつかないところにまで、ゲームの発展は到達している。
 
ピッチと、2つのゴールと、ボールと、11人の味方選手と、11人の相手選手。サッカーというスポーツを構成する要素にももちろん、リアルとゲームとの間に差異はない。しかし、どんなに選手の顔が本物そっくりになろうとも、その挙動が骨格レベルで再現されようとも、決して等しくなることはない絶対的な差異が、リアルのサッカーとこの『FIFA』というゲームのサッカーの間には存在している。
 
それは何か。
 
“プレイヤーの数”である。


1対1で戦うFIFA"プレイヤー"

 ここで言う”プレイヤー”とは、”意思決定者”のことである。リアルのサッカーでは、ピッチ上で実際にプレーする生身の人間、計22人が意思決定を行う。それに対しゲームのサッカーで意思決定を行うのは、ピッチ上の味方選手でも相手選手でもない。コントローラを操作する生身の人間、すなわち自分と相手ただ2人である。
 
つまり、ゲームのプレイヤーは1人の連続的な意思決定によりピッチ上の11人を同時に操ることが求められる。この点がリアルとゲームの決定的な差異であり、ゲームをゲームたらしめている最大の理由とも言えるはずである。
 

ピッチ上に表れる”ナッシュ均衡”的な戦術


この観点に注意しつつ本大会の試合を振り返りたい。
 
サッカーは主要4局面として攻撃、ネガティブトランジション(攻撃→守備の切り替え)、守備、ポジティブトランジション(守備→攻撃の切り替え)に分けられることが多く、中でも攻撃、守備の局面はピッチ上のどのゾーン(ディフェンシブサード、ミドルサード、アタッキングサード)かによってさらに攻撃:プレス回避、ビルドアップ、崩し、守備:ハイプレス、ミドルプレス、ブロック守備というように細分化することができる。
 

先ほど1人が11人を同時に操ることが求められると述べたが、現実的にこれは不可能である。なぜなら『FIFA』においてコントローラにより同時に操作できる選手の人数は高々2人程度であるからだ。操作することのできない残りの約9人はAI(人工知能)が自動で操作することになる。よって考えるべきは、『FIFA』のAIの特徴と、それによりピッチ上で起こる現象がどのような影響を受けるかということである。そして、この制約の影響を最も強く受ける局面はミドルサードの攻防、すなわちビルドアップ対ミドルプレスの局面であると筆者は考えている。
 
一般的に守備の方法とはマンツーマンディフェンスとゾーンディフェンスに大別される。
 
サッカーにおいて、攻撃側に重要なのは相手選手の身体が届かない場所(=”スペース”)にいかに味方選手(=”選択肢”)を配置するかである。サッカーとはこの”スペース”と”選択肢”を奪い合うスポーツであると捉えられる。
 
守備側は攻撃側の”スペース”と”選択肢”を徐々に制限していくことによってボールを奪うことが求められる。その際、マンツーマンで相手選手を捕まえることにより選択肢を奪うことに重きを置くのがマンツーマンディフェンス、味方選手に対して適切なポジションをとり、スペースを制限することに重きを置くのがゾーンディフェンスである。
 
マンツーマンディフェンスはハイプレスを行う際など限定的な状況下で上手くハマれば絶大な効果を発揮する一方で、相手のポジションに合わせてポジションを変える必要があり、その主導権を相手に握られている分身体的な負荷が非常に大きい。そのためリアルのサッカーにおいてはゾーンディフェンスを基本とするチームがほとんどとなっている。

リアルのサッカー同様、ゾーンディフェンスを基本とするFIFA

『FIFA』はその実情をよく反映している。すなわち、守備はゾーンディフェンスが基本となっている。コントローラにより操作されていない選手は相手選手ではなく味方選手を基準にポジションをとる。”常時プレス”というようなマンツーマンを基調とする守備を戦術として指定することも可能だが、これは選手の体力の消耗が激しく、また危険なスペースを簡単に空けてしまうなどリスクも大きいため、スコアで負けている残り数分間でのみ採用されることがほとんどで、この点もリアルの再現度が高いと言えるだろう。
 
そうなってくると、AIによるゾーンディフェンスの完成度が『FIFA』のゲームバランスの鍵を握っているということがわかる。そして実際はというと、その完成度は決して高いとは言えない。
 
守備側の最終ラインの背後のスペースはオフサイドルールによる保護を受けてある程度守られているが、その次に使われたくないスペース、つまり最終ラインと中盤ラインの間のスペース、いわゆる”ライン間”はどうだろうか。ボールを保持する相手選手に対し中盤からファーストディフェンダーを決定し、そのカバーリングに入る選手を同時に操作したとしても、中盤ラインを構成する残りの選手の動きはAIに委ねられる。空いたスペースを埋めるようにして内側へと絞る動き(=ディアゴナーレ)は限定的で、迂回されると簡単に”ライン間”へとボールを刺し込まれてしまうのだ。
 
このAIの特徴により『FIFA』においては、ミドルサードでのビルドアップ対ミドルプレスの攻防はリアルのサッカーと比較して省略される傾向が強くなっている。それは1試合の時間がリアルのサッカーよりもはるかに短いのにも関わらずゴール前での攻防の割合を大きくすることでエンターテイメント性を維持するという、このゲームがある意味絶妙なゲームバランスを実現していることを意味すると捉えることもできるだろう。

"ライン間"にはボールを入れられやすいFIFA

その結果、”ライン間”にボールを入れさせないように守ろう、ではなく”ライン間”にボールを入れられた後どのようにして守ろう、という考え方がより支配的になる。では最終ラインの守備者を増やせば良いのではないか、という発想により5バックが選択されることは想像に難くない。
 
よって本大会では5バックを採用する選手が非常に多く見受けられた。圧倒的な強さを見せつけて優勝したナスリ選手は大会を通して[5-2-1-2]を主要フォーメーションとしており、ナスリ選手との激闘の末準優勝に終わったファントム選手も[5-2-1-2]、[5-3-2]、[5-4-1]といったフォーメーションを駆使して大会を勝ち進んだ。

決勝戦の両選手の布陣。白ナスリ選手、黒ファントム選手ともに5バックを使用

このように、”プレイヤーの数”というリアルとの決定的な差異により生じる『FIFA』のAIの特徴を捉える必要性、そしてその特徴が引き起こすピッチ上の現象を考察することで、ゲーム理論的に言うところのある意味”ナッシュ均衡”のような、選手の採用する最適な戦術の大枠が見えてくる。
 

カウンター?セットプレー?ドリブル?あるいは


 本大会を勝ち進んだ選手とそうではなかった選手の試合を見ると、やはり自陣ゴール前における守備のクオリティに差があるように感じられた。先に述べた通り同時に操作できる選手の数の制約を受け、”ライン間”には簡単にボールを刺し込まれてしまうのだが、素早い中盤のプレスバックや”マニュアルキーパー”などのゲームならでは駆け引きを随所に織り交ぜながら、トップレベルの選手ほど最後のところでゴールを割らせない守備が光った。

■アグ選手の“マニュアルキーパー”を用いたセーブ↓

リアルのサッカーにおいても5バックは増加傾向にあり、このようにリアルのサッカーとゲームのサッカーのトレンドが似た方向を向いている点は大変興味深い。さらにこの5バックによる強固な守備ブロックへの解決策を、攻撃側がカウンターとセットプレーに見出していることも共通点として取り上げることができる。
 
相手の守備ブロック形成によって”スペース”と”選択肢”を制限されてしまうのなら、そうなるよりも速く攻撃してしまえば良い。あるいはそれらの制限を受けない特殊な局面でゴールを奪えば良い。
 
特に本大会ではセットプレーが猛威を振るった。ナスリ選手は予選でセットプレーからゴールを量産し、ファントム選手は決勝トーナメントでも準決勝(対ムラサキ選手、○3-0)の貴重な先制ゴールや、決勝(対ナスリ選手、●1-2、●2-3)の3ゴールのうち2ゴールをセットプレーから奪っている。

 ■ナスリ選手のセットプレーによるゴール↓

■ファントム選手のセットプレーによるゴール↓

一方リアルのサッカーとの大きな違いは、セットされた守備ブロックの攻略法としては”スキルムーブ”を利用したドリブルを非常に重要視している点である。
 
『FIFA』には数多くの”スキルムーブ”と呼ばれるフェイントが実装されている。どのフェイントを繰り出すことができるかは操作する選手にも依るが、特に攻撃のクオリティは”ライン間”にボールを送り込んだあといかに適切なタイミングで意図した”スキルムーブ”を使用できるかという技術的側面に強く依存している印象を受けた。なお、ナスリ選手はこの点で日本では他の追随を許さないずば抜けた技術を有している

■ナスリ選手の”スキルムーブ”を活かしたゴール


しかし筆者はこの部分において、日本のプロ選手たちが日本を代表し世界のプロ選手たちと戦っていく上で『FIFA』のレベルにさらなる向上の余地があると考えている。
 
5バックの増加傾向というトレンドが共通していることを既に指摘したが、実はその経緯は大きく異なっている。
 
リアルのサッカーでは、いわゆる”ポジショナルプレー”という名前でフォーカスされた選手の配置による優位性を利用することでピッチ上の”スペース”と”選択肢”を能動的に支配しボールを保持しながら攻撃するサッカーに対抗するために、5バックを用いて守備を行うチームが増加した。今まさに行われているワールドカップにおいても、出場国の中で最も支配的なサッカーを試みていたドイツとスペインというサッカー2大国を日本が5バックで打ち破ったことは、その成功例の象徴と言える出来事だった。
 
逆に言えば、何度となく指摘している操作可能な選手の数の制約を受ける「ゲームのサッカー」の組織的なブロック守備のクオリティはリアルに比べると確実に落ちるため、攻撃側は”スキルムーブ”によるドリブルに多くを頼らずとも、より選手の配置を重視した”スペース”と”選択肢”を支配するサッカーによって、効率的にゴールネットを揺らすことが可能になるのではないか
 
確かに攻撃においても操作可能な選手の数による制約は受けるのだが、それは守備と比較すると強いものではない。フリーとなった味方選手は無駄の多い”スキルムーブ”を繰り出したり即座に”ライン間”や背後のスペースへとパスを出してしまったりするのではなく、例えば空いている価値の高いスペースへの運ぶドリブルによって相手選手を引きつける。その間AIにより操作される別の選手は別の価値の高いスペースに移動したり、背後へのランニングを行ったりする場合がある。それだけでなく、”トリガーラン”を用いることで意図したスペースへと走らせることも可能だ。もちろん技術的な難易度は高いだろうが、こうしたプレーを連続して行うことで”スキルムーブ”に頼らない戦術的な崩しを実行できるのではないだろうか
 
まとめると、『FIFA』で5バックが使用されるのは”ポジショナルプレー”への対抗ではなくAIのゾーンディフェンスが整備されていないことが理由であり、したがってポジショナルな攻撃のクオリティを引き上げることによって支配的に試合を進められる可能性が高まるということだ。
 
筆者が見た限り、本大会においてそのような可能性を最も感じさせたのはムラサキ選手であった。結果としては決勝トーナメント準決勝でファントム選手に敗れてしまったが(●0-3)、予選では後に優勝する絶対王者ナスリ選手を相手にあと一歩で勝利というところまで迫った(●2-3)。この試合では[5-2-1-2]で守備ブロックを敷くナスリ選手に対し、[4-2-3-1]からの可変システムを用いて相手の横スライドが届かない中盤脇の”スペース”に”選択肢”を配置し続けることで、安定したポゼッションを実現(前半のボール支配率は58%を記録した)。圧倒的な攻撃力を誇るナスリ選手の攻撃機会を削ぐだけでなく、さらにその中盤脇のスペースからの侵入により見事な先制ゴールをゲットした。 

■ムラサキ選手の戦術的な崩しによるゴール↓

ここまで述べてきたように、リアルのサッカーの本質的な性質を理解することはリアルのサッカーのみならず、ゲームのサッカーの発展にも大きな影響を与え得るはずだ。しかしこれは逆もまた成り立つと考えられ、例えばゲームで繰り返しシミュレーション可能なセットプレーなどの局面で得られた知見をリアルのサッカーに逆輸入するといった可能性も今後は検討されていくだろう。
 
リアルのサッカーとゲームのサッカー。両者が互いに影響を及ぼし合いながらその競技レベルを引き上げ、今後どちらの競技でも日本が世界のトップオブトップで活躍するプロ選手をさらに生み出していくことに期待したい。

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文:きのけい
Twitter @keigo_ashiki
footballista https://www.footballista.jp/author/keigo-kinoshita


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