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成長する持続可能性、その中心にいる人たち

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現を目指す日本の建材・設備機器メーカーである株式会社LIXILの取締役、代表執行役専務、人事・広報・渉外・Impact戦略担当兼Chief People Officerであるジン・ソン・モンテサーノ氏は、グローバルで持続可能な変革を推進する真のリーダーです。ウェルビーイングの促進、次世代マネージャーの育成、コミュニティの持つパワーの現状などについて、ジン氏に話を聞きました。

私たちは今回の調査で、ウェルビーイングをテーマに深く掘り下げました。企業が責任を持つべき範囲についてどのようにお考えですか?

何よりもまず、ウェルビーイングの欠如というのは新しい種類の流行病のようなものだと思っています。新型コロナウイルス感染症が収束した後に、私たちはとてつもない断絶感と孤独感を味わい、そしてとても大きなストレスを抱えていました。このストレスを解消していくことが企業の役割なのか、個人の役割なのかを断定することは難しいことです。なぜならこれはお互いが共に解決していくべきことなのですから。

人は一日およそ8時間以上働くわけですから、起きている時間の大半を「仕事」に費やしているということを雇用主は認識しておく必要があります。私はいつも、サティア・ナデラの言葉を思い出します。「私たちは家で仕事をしているのでしょうか?それともオフィスで寝ているのでしょうか?」。この言葉は、今の私たちが抱えている現状をよく捉えている言葉だと思います。

事実、この考え方は私がこの課題解決をうまく進めていく大切な視点になっています。企業が従業員のウェルビーイングな状態を向上させ、強化させることを可能にする職場を作り出すことで、従業員の能力をベストな状態で維持し、刺激し、力をもっと引き出すことができるようになります。ウェルビーイングを実現させるビジネスの形は実に明解なのです。

LIXILのCPOとしてあなたは150カ国の市場をご担当されていらっしゃいます。あなたが実務としてウェルビーイングを重要視されている考え方について、特に日本からの視点でお話いただけますか?

そうですね、それは会社としてのパーパスを明確にすることから始まる長い物語なのです。LIXILの場合は幸運なことに、今までずっと私たちの存在意義を明らかにする取り組みを続けてきて、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」という明確で究極的なパーパスにたどり着いていました。このパーパスのもと、全ての従業員一人ひとりが、全てのチームが、全ての工場が、そして全てのサプライチェーンが、「誰もが願う豊かで快適な住まい」を実現するために何をすべきかを明確に思い描いています。

次に、重要なことは活気のある職場とはどのようなものなのかを明解にすることです。私たちは、従業員が仕事に集中できるようにするための包括的な戦略を持っています。それは、いつどこで仕事をするのかということではなく、どの仕事をどのようにするかについての戦略です。例えば、私たちは就業時間の「コアタイム」を廃止しました。従業員たちは、ある仕事をする場合、自分自身で最も効果的にその仕事を遂行する時間を決めることができるのです。1日の仕事を遂行するにあたって、私たちは従業員に時間の使い方を任せているのです。

日本の多くの企業では、従業員はお互いを見合って、「上司がまだ席にいるから自分もまだいよう」といった意識が働いています。私たちはそのようなことがなくなるように、忖度よりも仕事そのものを大事にしていこうとオープンに話し合いました。

そのほかに、リモートワークなどの働く環境についても改革を行いました。新型コロナウイルス感染症が落ち着いた時点で従業員にアンケートを行ったところ、大多数の人は以前のやり方に戻ることを心配し、リモートワークを継続したいと考えていました。そこで私たちは旧本社ビルを売却し、ビルのワンフロアに引っ越しました。6,500席あった旧本社ビルから約500席のオフィスに引っ越したわけです。マネージャーたちは、どの仕事がリモートで遂行できるか、どの仕事は実際に集まって行う必要があるのかをしっかりと見極めなければならなくなりました。

これらはとても重要なハードウェア的な方針変更ですが、従業員に対する新たな規範の設定や文化の構築などソフトウェア的についてはどうでしょう?

LIXILが焦点を当て続けているのはインクルーシブな職場環境の整備です。私たちが目指すのは個々の能力を存分に発揮させる「インクルージョン」の実現であり、それを実現することで「ダイバーシティ」が加速されるという考え方ですので、ダイバーシティよりもインクルージョンの考え方が重要です。驚いたことに、私たちは「Forbes JAPAN」の「ダイバーシティ度」部門でランキング1位として選ばれました。それは私たちが既に多様性に富んでいる企業だからではなくー事実そうではないのですがー多様化を積極的に進め、結果を出している戦略とコミットメントに対してでした。

これとは別に、最近私たちは米国のWomen Corporate Directors Foundation(WCD)からも表彰を受けました。こうしたことを思うと、私たちのとっているインクルージョンを主体とした戦略はとても正しく、そのことは広く知られるようになりました。

私たちは今、計画の3年目に入っています。最初の2年間は社会適合性についての活動と、「D&Iを推進する理由」の明確化が全てでした。このことに関してはとても多くの時間を割き戦略ストーリーを作り上げてきました。「なぜLIXILにとってD&Iが重要なのか?」「世間から社会的に良い行いをする企業だと認められたいから?」「活動は、もっと競争力をつけるために役立ってきたか?」といった自問自答を繰り返しました。また、グローバルな従業員リソースグループ(ERG)を5つ設立しました。ERGは従業員が主体となって活動し、人事部門はファシリテーションとしての役割を担っています。従業員同士のつながりを強化し、LIXILの方針に沿って活動することで、D&I戦略目標のインクルージョンを実現するためのものです。各ERGは、執行役がスポンサーとして活動を支援しています。

また、最初の2年間で、D&I戦略とコミットメントを体系化するために必要な意思決定プロセスを検討し、適切なガバナンスも構築しました。当社のCEOがD&I委員会の議長を務め、ビジネスのトップリーダーがこのメンバーです。

そしてこの2年間をやり遂げ、3年目に入っています。これまでD&I促進は人事主導で進められてきましたが、D&Iの取り組みがビジネスリーダー主導で行われ、責任が各PLや部門に移されます。進捗状況は、常に活動を追跡しているダッシュボードの数字に基づいて報告され、それがD&I委員会に提出され、取締役会に報告されることになります。つまり、今期からはリーダーに説明責任が移っていくことになります。

とても大変な過程を踏んでいらっしゃるのですね。そのような会社の状況の中で、マネージャーたちが自らの役割でこの変革に取り組むために、どのような準備をしているのですか?

マネージャーたちは、関連が薄い者も、関連する活動の中心にいる者も、みなさん会社の運営全体を支えている方々です。私は言いたいことを全て言っていくつもりですが、私が思い描いていることをマネージャーの皆さんがご自身で作り上げていかなければ何も起こらないのです。ですからマネージャーの皆さんを動きに参加させていくことがとても重要です。

そしてマネージャーの皆さんはいつもプレッシャーを感じています。私たちは、マネージャーのアイデンティティは何なのか、痛みはどこにあるのか、何に混乱し、そしてなぜ実力を出しきれていないのかなどといった彼ら自身の現状を理解していなければなりません。それを私は「マインドセット」と「スキルセット」という言葉で呼んでいます。スキルセットはLIXILのなかで素晴らしいマネージャーになるために必須なものですが、マインドセット、つまり心構えが先に来るものなのです。そのために私たちはその両方に対するトレーニングを今年取り入れることにしています。

コミュニケーションもまた鍵を握るものの一つになります。ケネディ大統領がNASAの清掃員マネージャーにその仕事について尋ねたときのお話をご存知でしょうか。清掃員は「私は人類を月に運ぶ手伝いをしています」と答えました。この様なやりとりはとても大切なのです。ほとんどの会社のマネージャーはこのような戦略的なコミュニケーションスキルを持ち合わせていません。マネージャーの方々は、仕事が順調に行われたかをチェックするのが仕事だと思っていて、コミュニケーションすることではないと思っています。ここにマネージャーの方々に、まだできる重要なことがあると知っていただく大きな余地があると思います。

そして今、マネージャーの方々は大きな期待に圧倒されていると感じているかもしれません。だからこそ、私たちが立ち上げる新しいプログラムはすべて、マネージャーの視点から生まれたものでなければならないのです。例えばキックオフビデオでは「マネージャーの皆さん、あなたたちはこの会社の真のヒーローです。なぜあなたがその仕事に就いているのかというと、私たちはあなた方がみんなを導いていけると思っているからです。そして、ここに示すのは、いくつかのことを忘れ去り、前進する方法を学び直すための方法です。」というように語りかけることが重要なのです。

忘れ去り、学び直すといった学びは活躍するマネージャーを輩出するのに必須であることは明らかですが、昔ながらの教育方法は時代遅れとなりつつあります。あなたはどのような新たなプランを考えていますか?

まず、教室授業のようなものは辞めたいと思っています。ある程度オンラインでの学びは引き続きあると思いますが、もっとコミュニティやエコシステムによるサポートを期待しています。全員がお互い学び合えるような、クラブ活動の一員になったように理解して欲しいと思っています。

ケーススタディを学んだり、クイズ形式の学びを通じて最終的な評価を経て学んだことをいかにしてチームに反映させるかについていくつかお願いをしています。

他にコミュニティが機能している例はありますか?

今から2年前に、D&I戦略の一環として私たちは5つの従業員リソースグループ(ERG)を立ち上げました。これらのグループは皆グローバルグループで、各地域で活動しています。そしてそれらは全てコミュニティに参加したい人たちだけのために運営され、参加者はLGBTQの一員である必要はなく、そのアライ(支援者)であればいいのです。参加者たちはコミュニティを支援し、対話や議論に参加し、お互いに支え合いますローカルな活動であっても、実際に会ってミーティングすること、ランチを共にすることを奨励しています。

人は親近感を求めますので、このコミュニティを基点とした教育や学びの場は最良のものだと思っています。


世の中が常に進化していくように、マネージャーとしての基本的な考え方も進化します。マネージャーは依然としてビジネスの核となっていますが、その役割は作業を単に管理する立場から目的を持ったコミュニケーションを行い、チーム間の戦略的連携を促進させる立場へと移行しました。有意義な変化を起こしていくためには、人々を結びつける説得力のある物語が必要なのです。

また、次世代のマネージャーを育成する際には、将来求められるスキルが、現在のマネージャーとは大きく異なることを忘れてはなりません。積極的に学ぶ姿勢を持ち、古い方法を捨て、コミュニティの力を活用することは、組織の持続可能な成長にとって不可欠です。


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。