見出し画像

インパクトを最大化する、プロジェクトデザインの極意

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

はじめに

UBSの社会貢献を統括する部署で、アジア太平洋地域の責任者を16年間務めてきた堀久美子氏。CSR元年と呼ばれた2000年から、法務省所管の人権センターで研究員としてキャリアをスタートし、子どもの権利やジェンダーなど国際基準の人権に日本企業が取り組むための調査研究と啓発教育に従事。

その後(株)損害保険ジャパンCSR・環境推進室を経て、グローバル金融機関のUBSではCSR・社会貢献やDEIによる、企業文化を総合的に変革する役割を担ってきました。ポジティブインパクトを広く生み出すためのプロジェクトデザインや、多様性を尊重したアプローチ方法について伺いました。

エンパワーメントで、社会的インパクトをもたらす

UBS在職時に担当されたプロジェクトで、もっとも印象に残っているものとは?

コロナ禍の総額400万ドル緊急支援等、担当する13カ国・地域で年間60件程度のプロジェクトを実施してきましたが、日本では、2011年東日本大震災の復興まちづくりプロジェクトですね。発災当初から私たちは長期的な視点で、人々のエンパワーメントを通じた復興に注力してきました。災害で失われたインフラ、ハード面の再建が進んでも、復興には地域社会のつながりや自己決定力などのソフト面、人の力が重要で、コミュニティの再生が目標でした。そこに暮らすと決めた地域の人たちのニーズや課題を丁寧に拾い上げ、共に試行錯誤を繰り返し、行動変容が生まれていく過程をデザイン、実践しました。同時に、東日本地域の市民セクターや中間支援組織の発展に寄与することも重視しました。

「地域の人々の幸せを追求する権利をどう守るか」が重要で、地域性や多様性、自主性を考慮しない一方的な支援は、支援する側からの押し付け、多くはない社会的リソースの搾取にすらなりかねません。地域の人々のまちの再建に関する決定や実施に徹底的に寄り添い、その過程を通じて信頼を築き、結果、災害前に比べ、自立した多様な人材が活躍するまちづくりが進みます。10年以上を経てようやく成果が見えてきたと感じています。

アジア太平洋の多くの国や地域のプロジェクトも数多く担当されてこられましたが、文化的な違いなどはどう乗り越えてきましたか?

欧米とアジア各国・地域の文化的な違いや歴史的背景に留意し、丁寧に話し合うことを大切にしてきました。

例えば、日本企業では2000年頃までは総合職と一般職に分かれている企業が多く、女性は圧倒的に一般職に就くことが多かった。欧米から見ると、男女賃金格差も含めジェンダーギャップとされますが、組合との協定などに基づいて雇用を守ってきた経緯もあります。表面的に同様な社会課題でも、多様性を考慮せずに解決しようとすると、本質的な行動変容を伴わなず一過性のものになってしまいます。

これはSDGsやESG推進においてもいえることで、国連などが取りまとめた基準が整備されつつあるものの、社会的な価値観などのギャップは当然あります。例えばボランティアなど社会貢献活動は、欧米では就業時間内に行われますが、アジアでは週末や就業時間外が多い。企業インパクト評価で時間を人件費換算しての報告基準では、就業時間内のみが計上されるのでアジアでは不公平感が持たれることもあります。基準を満たして数値を計上し、目標達成とすることが、果たして社会のサステナビリティを高めることになるのかどうかは、今後も慎重に考慮する必要があります。

エンゲージメントを高めるプログラム作り

ボランティアは社員のエンゲージメントを高める効果があるのでしょうか?

UBSに着任した当初、東アジア地域のオフィスではボランティア活動は馴染みがなく、「面倒」「偽善的」といったイメージも変える必要がありました。

現在の複雑な社会的課題の解決には、寄付などの資金面だけでなく、人の関わりが必要なこと、企業がボランティア活動にリソースを充てることが必要です。また、社会課題の解決に資するという側面だけでなく、ボランティア活動が社員や企業組織にもたらすメリットについても、仮説を立てて検証してみました。

ボランティアに参加することで、組織に対する好感度が上がる、社員の成長とパフォーマンスの向上、社内コラボレーションの増加など、ビジネスの成果にも繋がることが、数字として見えてきました。ボランティア活動を企業利益に繋げることが目的ではありませんが、副次的効果はあると考えられます。

社員の貢献度を高める鍵とは?

自分の行動によって目の前に変化を体験する、そこに学びがあることが大切だと思います。私たちはどのようなプログラムであれ、社員にとって新しい経験や学びとなるようデザインしてきました。現場に向き合い、地域の人々に伴走するなかで、社会課題を共通課題として捉えることで、より本質的な課題把握が可能となり、分析と解決を目指す姿勢が身についた人材に育ち、組織への貢献度も増すのではないかと思います。

久美子氏が考える、エンゲージメントが成功している状態とは?

社員がネットワークを広げ、コミュニケーションを活発にし、「知り、共感し、行動する」サイクルが生まれていることです。こうしたステップを踏むと、最終的には共創できる関係性をつくることができますし、機会損失も起こりにくくなります。ボランティアを通じて、普段の業務では生かされないスキルや潜在的な能力を発揮することもあります。

例えば、自分の守備範囲ではない仕事や課題に直面した際に社内のネットワークを活用できれば、よりクリエイティブになりビジネスチャンスを失うことも防げるのです。顧客や同僚との関係性が良好であれば、同じ目線から未来を見つめ、課題を解決する姿勢が生まれます。ボランティア活動はこうした関係性を築く機会にもなるのです。

ボランティアは、必ずしも全ての社員が参加するものではありません。できる時にできるだけ、できることをする。社員の働き方やライフサイクルに沿ったプログラムであることが重要です。ボランティアはチームで行いますので、世代や部署など多様性に富んだチーム構成も重要なことです。チーム組成に時間はかかりますが、アウトプットのレベルが確実に高まります。

真のサステナビリティを実現していくために

日本におけるサステナビリティの現状を、どのように見ていますか?

国連のSDGsは流行として捉えられることが多く、取り組みの有効性やインパクト評価が確立していないように思われます。また、ESGは、経済性と社会性の両輪で組織や社会の持続性を担保するための非財務指標としての取り組みですが、形式を追求するだけでは手段の目的化になってしまう恐れもあります。

一方では変化もみられ、1990年代にはSRIに留まり、インパクト投資やESG投資を考える企業は少なかったのですが、現在は自社の事業展開から運用や投資にもESGの観点が必要だという考え方が広まってきており、実践も増加しています。

また、ESGは「環境」「社会」「ガバナンス」の項目に沿って組織内で縦割りに活動していくことが多いですが、今後は企業戦略や経営計画と統合した枠組みで捉え直していくと思われます。社会から求められる企業であり続けるためにも、組織と社会のサステナビリティへの取り組みの本気度が問われます。

国際的に見て、日本企業の取り組みはどうでしょうか?

1990年代は環境への取り組みで先進国と呼ばれた日本が、今は周回遅れとまで言われているのは悔しいです。ESGをはじめとして、規格は欧米を中心に設計されている上、グローバル企業と日本企業では、目標開示やコミットメントに対する認識が異なり、日本企業の取り組みの評価が実情を下回ることもあります。

例えば、10年前にゼロエミッションやカーボンポジティブを宣言したグローバル企業をトラッキングすると、9割以上が未実施・未達成という調査結果がでています。一方で日本企業は宣言したら必ず遂行する誠実さがあるため、実現が難しい段階では宣言しない。失敗に至る過程にも学びがあり、再度前進する寛容さが、日本にもっとあればと思います。

日本企業だからこそできる、あるいはやらなければいけないサステナビリティの取り組みを、マテリアリティを見極め、事業と組織成長に統合していくことが必要になっています。

今後、さらなる活用の余地があると感じているリソースや仕組みを教えてください。

企業間や他のセクターとの連携においては、今後より多くの可能性があると思います。例えば、日本は国や公共のセクター、NGOやNPO、企業の間で、人の流動性がまだまだ少ないと思います。

人口減少が進み、社会課題が複雑化し、経済成長が緩やかな状況が一層進むと、国民一人ひとりが担わなければならない社会的な役割が増え、公助だけでなく共助、自助が一層求められます。人が流動的に動き、連携することで自助も共助も可能となる社会になっていくのではないかと思います。

被災地の復興まちづくりや企業のサステナビリティの取り組みに関して、広く社会にインパクトを与えるプロジェクトデザインの極意として、堀久美子さんには一貫した取り組み方があります。それは、関わる人すべてが手を取り合い、皆が同じ目線に立ち、同じ目標に向かって伴走しながら、エンゲージメントを育むことです。多様なバックグランドを持つ人たちが共創できれば、成功するという確信こそが、コミュニティインパクトの最大化を可能にしてきました。そしてそれが、個人の成長と組織の成長という良い循環を生み、ビジネスの発展につながります。今後、企業がサステナブルに躍進していく上でも、重要な鍵といえるのではないでしょうか。


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。


この記事が参加している募集