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日本企業のパーパス(存在意義)を再発見する

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

サマリー

  • 日本企業のPurpose(パーパス)に対するアプローチは欧米企業と比べると、より内包的、創発的、つながり重視、コミュニティ主導型といった傾向が見受けられる。

  • サステナビリティの本質を取り違えた事例もありますが、「パーパス」の意味合いをビジネスに組み込むことによって、より本格的に企業の存在意義に則した行動が生まれるようになってきた。

  • 国際競争が激化する中、日本企業は21世紀を生き抜くための新しいタイプの組織に変革するチャンスを再び迎えていると思われる。

はじめに

今は時代の転換期にあります。世界中のリーダーは、従来のビジネスのあり方には持続可能性はないという共通認識を持っています。
企業はその環境や社会から孤立して成長することはできません。企業の体質変革には苦労を伴うものですが、利益追求だけではなく次世代を含むすべてのステークホルダーの満足度を考慮した、より包括的で責任あるアプローチへとシフトする動きも現れてきました。

2019年、米国を拠点とするビジネス・ラウンドテーブルは、企業の目的そのものを再定義し、株主のためだけではなく、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会全体に対する影響の重要性を強調しました:「それぞれのステークホルダーが非常に重要です。私たちは、企業、地域社会、そして国の将来の成功のために、すべてのステークホルダーに価値を提供することを約束します。」¹
このような考えに基づく活動は、社会的な問題を新たに引き起こすことなく解決の一助となり、そしてマイナス面を補うだけでなく積極的に再生型ビジネスモデルを作り出すことができます。
世界中で新たな再生型ビジネスモデルが登場する中、歴史と文化を活かして日本企業は多くのことを提供する一方で、ウェルビーイングとパーパス、そしてコミュニティのそれぞれの連携について研究したこの分野のパイオニアである企業が確立した概念や活動から学ぶこともあるでしょう。

西洋の視点から見たパーパス

ビジネスにおける「パーパス」の概念は1970年代に起源を持ち、2009年の著書『Start with Why』とTED講演(最も再生された動画トップ10の1つ、現在6,200万回再生以上)でサイモン・シネックが提唱しました。²サイモンは「なぜ」、「どのように」、「何を」という3つの構成要素の「ゴールデン・サークル」でこの概念を説明しました。ビジネスの成功の秘訣は、「なぜ」、つまりより高次元な企業の存在意義を優先することだと主張しました。
コンサルタントであるフロムとクロス³は、パーパスがビジネスのあらゆる局面にどのようにして浸透するのが理想的なのかを次のように説明しています。「パーパスとは基本的なもので作り物では決してありません。存在意義そのものなのです。パーパスはイノベーションから製品開発、消費者エクスペリエンス、マーケティングに至るまで、ビジネスのあらゆる局面に影響する確固たる戦略です。(中略)パーパスはミッションステートメントのみならず、全てのレベルにおいて意思決定に影響を与えるのです。」

日本におけるパーパス

「パーパス」は欧米企業に限るわけではなく、この概念が西洋諸国に普及する以前から日本企業は社会的目標に向けて発展してきました。創発的で、つながりを重視し、コミュニティに焦点を当てていることが日本企業のアプローチの特徴です。
パーパスには、「会社は社会と密接に関係しその一部を成すものである」という基本的な考え方があり、「会社」という言葉も、「社会」と同じ二つの漢字で構成されています。多くの日本企業は、社会の一部として存在するという前提において、その目的を明確にすることは困難なことでした。江戸時代に遡る考え方で、三方よし(文字通り「三方向に良い」、つまり買い手、売り手、社会)の原則は、今でも日本のビジネスにおいて尊重されています。
一方、日本における「パーパス」は、ヘンリー・ミンツバーグによれば「意図的」というよりも「創発的」である傾向があり、⁴暗黙の了解を重ねて創発的な決定をします。日本が国際競争に直面している今では、暗黙の了解ではなく意見を述べて明文化することがより重要になっています。
日本企業の社会的目標は常にコミュニティを中心に考えられてきました。明治維新で近代化を推進した企業、鉱業や繊維会社が設立された市町村、戦後の社員寮に至るまで、近代史を通じて日本企業は地域社会に融合していきました。
さらに、企業自体がコミュニティとして存在しており、終身雇用がもたらす忠誠心、年功序列による報酬の増加、先輩後輩の力学に代表される師弟関係、入社年数によるグループ内の強い絆などがあります。同期入社、大学派閥、出身地域、または課外活動などもそうです。
こうした社外と社内の関係は、日本企業だけの特徴ではありませんが、これらの連帯は存在理由そのものであり、ビジネスの成果は、それを実現する人間のつながりの後に続くものにすぎないのでした。

失われる目的意識
しかしながら日本人の目的意識は近年薄れつつあります。VC投資家でありコミュニティ・リーダーでもある鈴木絵理子氏は、「明治維新後、あるいは戦後間もない頃、企業に国民のために食料を増やし、生活の質を高めようという意欲があった頃は、国家的な強い目的意識が日本のビジネス界を牽引していました」と指摘します。
「豊かさを手に入れた現在、このような集団的な動機付けはなくなりました。
日本の各産業分野には、存在意義を掲げる企業は少ないですし、持っていたとしてもうまく表現できていない企業が多いと思います。」鈴木氏はさらに、「もし(日本企業が)明確な存在意義をを見つけることができたら、もっと面白い、コミュニティ主導の、全体が明確な目的に向かって前進する組織になれると思います」と説明しています。
もう一つの現象は、特に年齢、性別、国籍などの多様性が増すにつれて、日本企業の伝統的な方法とされてきた創発的、暗黙の了解といったものが、もはや普遍的に理解されず、評価されなくなっていることです。
コリーン・ジョンソンの言葉を借りれば、「全員が新卒(卒業後すぐの入社)である均質な組織であれば、組織をハイコンテクストに保つことができます。そして、「この会社に入ったら、これをやるつもりだ」と思い描きます。しかし、女性、若者、中途採用者、外国人など、採用する人材が均一的でなくなった瞬間、全てを明文化する必要があります。今日の若い世代は、ローコンテクストの世界で生きています。」
労働者は今、指導者や企業のより明確な舵取りを求めています。すでにパーパスの潮流にある国際企業はリードしていますが、かつてハイコンテキストの企業文化に根付いていたものを現代のより明確なバージョンに移行することで、日本企業はモデルを更新し、現代により適合した、人間中心のソリューションを提供するまたとないチャンスがあります。

今新たなパラダイムを模索している企業のひとつが丸井グループです。1931年の創業以来、丸井はインクルージョンをビジネスの核としてきました。小売と金融を融合した同社の当初の事業は、家具を月賦販売することでした。
最近では、ビジネスの財務面が主な成長原動力となっています。丸井は日本初のクレジットカードを発行し、すべての人が必要な時に収入や年齢にとらわれず、お互いの信頼の下金融サービスを受けられる、包括的なポリシーがその背後にありました。2014年度、当社グループのエポスカードの取扱高は初めて1兆円を突破しました。
一方、丸井グループの小売空間は、お客様との関係をより強固にすることを第一の目的とした「売らない店」「イベントのある店」へと進化してきました。

現在の戦略は「共創による知的創造企業への進化」⁵です。会社の持続可能な未来を作るという丸井のコンセプトは、包括性と共創に基づいています。丸井は、2019年1月にビジョンブック2050『Co-creation with you ~すべての人の「幸せ」を共に創りましょう』を発行しました。
重要なのは、このビジョンが「幸福を生み出すための共創を基盤とする3つの事業」を特定することによって、イノベーションの機会に直接結びついていたことです。

  1. 世代間事業を炭素効率や循環性を重視する「Green」と社内外の社会的持続可能性を重視する「Human」の2つとする。

  2. オープンイノベーションや共創などの共創事業の実施。EPOSカードとより広範なサイズ展開を果たしたラクチンキレイシューズシリーズは顧客の共創から生まれましたが、そのアプローチはコミュニティや投資家を巻き込むまでに拡大されています。

  3. クレジットカードや生涯資産形成(投資信託など)などのサービスを提供し、これまで信用確保が困難だった若年層や外国人などの顧客へのサービス提供を行うファイナンシャル・インクルージョンの取り組み。

インクルージョンは持続可能性に関する丸井の4つの中核テーマで強く特徴付けられています。

  1. お客様のダイバーシティ&インクルージョン

  2. ワーキング・インクルージョン

  3. エコロジカル・インクルージョン

  4. 競争経営のガバナンス

この共有された目標は会社の伝統や中核となるビジネスモデルと一致し、より実行可能なものになります。ビジョンブック2050⁶は、この戦略が6つの主要なステークホルダーグループ(顧客、ビジネスパートナー、将来世代、従業員、投資家、地域社会)全体にわたって生み出す価値(「幸福」)を経済的利益にさらに結びつけ、「持続可能性プレミアム」の増大を予測しています。
このように、インクルージョンと共創は社内外の価値創造の中心に位置します。(株価の推移参照⁶)

新しいモデルへ向けて

再生型ビジネスの時代を迎える中、日本企業はどのようなユニークな提案ができるのでしょうか?
企業、ブランド、個人の目的がその意味の源となる可能性があります。最近、再生型ビジネスの概念は西洋諸国で普及し、悪者扱いされてきましたが、日本のビジネス文化にも長年にわたって存在していました。
企業は常に日本社会に深く組み込まれており、社会における役割の共通認識が企業を導き続けています。組み込み型、創発型、コミュニティ主導型のこの日本モデルは、大々的に宣伝することが多いトップダウン型の西洋諸国モデルとは対照的です。
歴史的に見て、戦後の経済拡大の推進は、企業活動の背景として国家的な目的意識をもたらしました。現在、相対的に豊かな時代(日本は世界のGDPで第3位)ですが、真の意味での目的意識をもつ日本企業はそう多くないように見受けられます。世代やメディア消費の変化は、ハイコンテキストのアプローチが常に機能するとは限らないことも意味しています。目的意識を高く掲げる西洋諸国型と、そうでない日本のアプローチが融合される時期なのかもしれません。
日本企業は、パーパスに対してより明確なアプローチを採用することで、より大きな成功を収めることができます。ただし、それが効果的であるためには、中核事業に根ざしている必要があります。
過度に抽象的、哲学的、または複雑なフレームワークは、従業員、顧客、その他の利害関係者の関与を妨げ、イノベーション、売上、ブランドの成長につながらない可能性があります。一方、実践的なビジネスに焦点を当てたアプローチは、日常業務に適用可能であり、エンゲージメントと成長を促進する可能性があります。
言い換えれば、明確な分節化という西洋諸国的な価値と、統合というより日本的な価値を組み合わせるのは有用なアプローチとなり得るのです。
日本モデルのもう1つの特徴は、伝統的にコミュニティに焦点を当ててきたことです。これは今でもその役割を果たしていますが、関連性を維持するには工夫が必要です。日本企業には、強い忠誠心とプライドを持つ、やや閉鎖的なコミュニティになる傾向がありました。これは長年にわたって有益でしたが、急速に変化する世界では、閉鎖的なコミュニティは孤立し、時代遅れになる危険があります。
しかし、共創というオープンなアプローチとビジネスへの包括的なアプローチは、イノベーションの画期的な進歩と持続可能な成長のためには重要な条件となります。
従業員がコミュニティと繋がり、仕事に意義を感じ、周囲の人と容易にコミュニケーションがとれるといった好環境にあり、それらを業務と結びつけることができたときに初めて、彼らはより幸せで、より積極的かつ効果的な変化を起こすことができるでしょう。
さらに、コミュニティ主導であることは、個人および集団の幸福の基礎となります。この新たなモデルの構築には解決が必要となる課題はあるものの、その実現により日本のみならず世界に大きな変革をもたらすこととなるでしょう。


参考文献

  1. Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’ (2019). Business Roundtable. https://www.businessroundtable.org/business-roundtable-redefines-the-purpose-of-a-corporation-to-promote-an-economy-that-serves-all-americans

  2. The most popular TED talks of all time (2023). https://www.ted.com/playlists/171/the_most_popular_ted_talks_of_all_time

  3. Fromm, J. and Cross, P. (2021) The Purpose Advantage 2.0: How to Unlock New Ways of Doing Business. Vicara Books.

  4. Mintzberg, H., & Waters, J. A. (1985). Of strategies, deliberate and emergent. Strategic Management Journal, 6(3), 257–272.

  5. Marui Group (2023). Business Model. https://www.0101maruigroup.co.jp/en/ir/management/model.html

  6. Marui Group (2018) Vision Book 2050. https://www.0101maruigroup.co.jp/en/sustainability/pdf/s_report/2018/s_report2018_a3.pdf


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