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サステナブル・トランスフォーメーションへの道を切り開くには

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

渋澤健氏は、ステークホルダー資本主義とサステナブル投資における日本を代表する評論家の一人です。2001年に投資顧問会社シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を設立し、コモンズ投信株式会社の共同創設者でもあります。渋澤氏は、岸田首相の政策イニシアチブである「新しい資本主義実現会議」の顧問として、構造変化を実現するために最前線で活躍されています。渋澤氏に企業がイノベーションを起こすためにどう変わればいいのかについて尋ねました。

将来的なことについて伺う前に、日本におけるサステナブルトランフォーメーションの歴史的な背景についてはどのようにお考えでいらっしゃいますか?
私は1961年、昭和時代に生まれました。ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた時代ですね。日本は確かに成功を収めていて、米国からはジャパン・バッシングを受けるようになりました。そこで、日本で製造した製品を先進国に輸出する「Made in Japan」型のビジネスモデルから、「Made by Japan」という海外製造型のビジネスに転換したのです。とても大きな転換でした。しかしながら、平成時代になりバッシングはいつの間にかパッシング、つまり日本はスルーされるようになりました。
今私たちは、日本が進歩するためのとても興味深い局面に立っていると思います。私にとっても生まれて初めてで、経験したことのないほど大きな構造改革を迎えることになるかもしれません。原因は人口統計にあります。団塊世代と団塊ジュニア世代の人口は、この30年間で二重樽型のような形で上方にシフトしていきました。私はコモンズ投信株式会社を始めた10年か15年前にこのトレンドに注目し、2020年に一体何が起こるのだろうかと思いました。この状況では2050年に向けて労働力人口が急激に減少します。このような人口構成では、昭和モデルに基づいた経済繁栄を維持することは不可能です。「Made in Japan」「Made by Japan」ではもうだめなのです。「Made with Japan」、つまり世界と協調した経済繁栄を目指す必要があるということになります。

構造変革に対する障害や変革への契機についてお考えをお聞かせください。
そうですね、お話ししたとおり団塊ジュニア達は40代で、彼らが就職活動していた時期は就職困難な時代でした。一方、銀行や商社、大企業では、最も人員数が多いのは、1988年から1992年に入社した「バブル入社」と呼ばれる人々です。彼らは今既に50代で、定年を迎えようとしている人たちです。残るポストがもうわずかしかないという彼らにイノベーティブになることは期待できません。私は京都を拠点とした企業のCEOの話をお聞きしたことがありますが、彼はこれらの社員たちを「Clay Layer」(粘土層)と呼んでいました。この層には上からも下からも何も浸透しないのです。興味深い考察ですね。しかし、この粘土層の次の層は牧草地であり、日本の大企業の組織的な意思決定の「水通し」は大幅に改善されていくことでしょう。
本当の変化の引き金を引くのは労働改革かもしれません。私が思うに、岸田首相は過小評価されているのではないでしょうか。なぜなら彼は今までの歴代首相が成し得なかったことをしようとしているのですから。見解の別れるところではありますが、防衛費の倍増もその一つです。企業の立場から見れば、岸田内閣から出てきたビッグアイディアは首相の「新しい資本主義」でしょう。私は2021年から会議に参加していますが、主要な議題は賃金の底上げです。構造的な賃上げには、労働市場および労働慣習の構造的な変革が必要です。

賃金の底上げは日本の資本主義変革の鍵を握るのでしょうか?
例として私の経験をご紹介しましょう。私は20代、30代の頃に外資系の金融機関で働いていました。給料は日系の金融機関と比べて悪いものではありませんでした。なぜでしょう?安定性はないものの積極的に外資系企業で働こうとする人は、労働市場の流動性を理解しています。つまり私にとっては転職を機に給料は上がるものという経験を得てきたわけですが、一般的に日本では職場を変えることは職場を解雇されたというイメージがあり、タブー視されていました。
岸田内閣では「労働市場の流動性」という言葉は使っていませんが、「労働移動の円滑化」という考え方を明記しています。組織内の従業員が新たなスキルを身につけるための対策や、社内・社外に渡る労働移動の重要性に注目しています。自分の会社の従業員の可能性に目を向けなければ、彼らは転職してしまいます。このことは日本企業の閉鎖的、排他的(うちの、そとのといった明確な区別)な従来の考え方をもっとシームレスなものにするということなのです。

次世代についてお話ししましょう。企業は彼らのスキルを引きつけ、維持するために十分な努力をしているでしょうか?
日本が性別の多様性や外国人就業者に寛容になってきていることは確かですが、いまだに年齢的な多様性を受け入れることに対しては欠落が見られるようです。才能あふれる若い世代が世界を変えたいと思い会社に就職したとしても、責任ある仕事に就くまで30年かかるということがわかると企業が雇いたいと思うような優秀な人材は来ないか残らないかのどちらなのではないかと心配です。
数年前、ミレニアル世代について議論する委員会に参加していて、その会議に2名のミレニアル世代を講師としてお招きしました。そのうちの一人が、かつて優秀な人材が大企業に入社したのは、社会で活躍するために必要な情報や基盤が大企業に存在していたからですが、今は大企業に就職したとしても、そこにあるのは様々な制約であり、インターネットに接続することまで制限されることもある状態では、もはや入社はしないと指摘しました。この若者の言うことはまさに真実であり、今はトップ大学を卒業した優秀な人材は大企業に就職せず、起業している時代なのです。

教育もアプローチを変える必要があるのでしょうか?
教育の改革は何十年も議論されてきました。しかし、なかなか根本的に変わりません。なぜなら日本の大学教育の最終目的は良い会社に就職させることなのですから。大企業のトップは変革を見据えているし、新しい才能を欲しています。しかしながら、人事を担当する部署では300人から400人の採用を受け持っていて、必然的にその採用法はクッキーの抜き型のように画一的な評価のもとで行われるようになってしまうのです。企業の求める基本形に合わない人材はカットされてしまいます。ですから教育改革に必要なことは、大企業はまず採用方法を変えることが不可欠です。たとえば、アフリカでボランティアとして2年間働いた人に、それを2年遅れではなく2年間働いていたものとして扱うことで報酬を与え始めることもできるでしょう。そしてその人たちを企業を変革するためのポジションに就かせるといったやり方もあると思います。

日本の大企業が社内で人材を育成するだけでなく、外部のスタートアップと協力することにますますオープンになってきているようにファブリックでは思いますが、そのような例を見かけることはありますか?
日本人の多くにはその生き方や行いに強い「村意識」のようなものが見受けられると思います。日本人は生活している地域を大事にします。例えば学術会や政府など、それぞれの「村」から出ることを避けていました。しかしそんな意識も少しずつ薄れてきています。30年前のことになりますが、私は三井住友銀行という銀行ができるなんて、全く想像できませんでした。事業のためであれば、三井と住友という旧財閥の境界も越えられるのです。
最近の大企業の多くはコーポレート・ベンチャー・キャピタル・グループを持ち、外部で起きていることに目を向けています。その流れの中で、ファブリックは様々な企業と協力して、企業の若い層や中堅層が新しいことを取り入れたり、新たな構造を作る機会を与えてイノベーション プログラムを立ち上げています。大企業のCEOがこのようなイノベーションプログラムにコミットし、その中に若い世代を取り入れていけば、結果はいい方向に向かっていくはずです。

渋澤氏は日本における変革と不活発性について理解する鍵は人口分布にあると私たちに教えてくれました。これから社会に出る世代が最も社会に力を与える人材なのかもしれませんが、この世代は自身の目指すゴールに到達する可能性を見出させてくれる企業でのみ働きたいのです。日本企業は次世代の若者を惹きつけ、またベテラン世代の大いなる経験値を活用する新しい人材戦略が求められています。こうしたバランスの取れた方法をとることによって川上と川下両方からの進歩を果たすことができるでしょう。それには若年層からベテランまで、すべてのメンバーの共感が必要です。日本の素晴らしい強みである、「誰も取り残さない」という考え方が活用できるのではないでしょうか。


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。

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