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日本の持続可能性変革、その転換点とレバレッジポイント

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

サマリー

  • 持続可能な変革は、出現、加速、安定化の3つの段階で起こり、各段階の間に転換点がある。

  • 複雑なシステムの中で、レバレッジポイントを取り入れることで、最小限の入力で大きな出力を生む機会が得られる。

  • 消費者が開拓に関心を寄せる分野:再生可能エネルギー(33.7%)、持続可能な住宅(22.1%)、ジェンダー平等(27.4%)、電気自動車(31.2%)、インパクト投資(22.8%)。

  • 政府と経済界は、戦略的介入を通じてさらなる変革を推進が可能。

サステナブルトランスフォーメーション(SX)による変革は、軌道を順調に進んでいくことはなく、環境、政治、社会経済などの変化のある時点で、一気に著しい変革の進行が見られる場合があります。

Allen, C.とMalekpour, S.¹は、創発、加速、安定という3つの段階を伴うS字型曲線における理想的な持続可能に関する移行モデルを示しました。転換点は、創発と加速の間にあり、強い変革が突然現れ、均衡な流れに変化をもたらします。

この転換点が出現するためには問題の複雑さにもよりますが、全人口の約17~30%が関与する必要があります。

ファブリックの調査によると日本人のサステナビリティに対する意識は徐々に高まっているものの、多くの人は、商品やサービスの価格や便利さを主に選択する、サステナビリティ意識の低いグループに属しています。

人々は具体的にサステナブルな価値を示した商品やサービスであれば、それを選択をするようになるかもしれません。フェアトレードオーガニックコーヒーは香りと味が優れているのでプレミアム価格は当然であるという人もいます。一方で、オーガニックパーソナルケア製品のキッチン用、トイレ用洗剤でも泡立ちや洗浄効果が低いようであれば選択はされないということもあるでしょう。

もちろん、変革は消費者たちの手だけに委ねられているものではありません。政府、業界、非営利団体など全てが「レバレッジポイント」とされる、小さな一歩から大きな変革を呼び込む可能性を持ちます。アメリカの環境科学者ドネラ・メドウズは、これを「複雑なシステムの中で(中略)、ひとつのことが少し変わるだけで、全体に大きな変化をもたらすことができる点」と定義しています。²

では、日本人がサステナブルな行動を起こすようになる転換点はどこにあるのでしょうか。そして企業や政府が将来に向けて変革を起こすきっかけ何にあるでしょうか。

持続可能な生活への転換

日本においても幾つかの持続可能な社会に向けての動きは広まりつつあります。
ファブリックが実施した2023年度の調査では、65%の人が選挙で投票し意思を伝え、54%が徒歩あるいは自転車を使用し、公共交通機関を利用しているということが明らかになりました。こうした行動は変化の基準値と言われている30%を超えており、4つのR(Reducing、Reusing、Repairing、Recycling)は、日本においても一般的な行動様式になっていると言えるでしょう。

さらに、サステナビリティに積極的には関与しないグループの中でも60%の人は選挙で投票し、約半数はサステナブルな交通機関を利用しています。

その他では、デモなどの抗議活動については回答者の63%が参加の意志はないと回答しています。また、肉類の消費を減らすことは二酸化炭素の削減に効果があるとの証明がありますが、多くの人の行動は変わっていないようです。³

最も有用なデータは、人々がやりたいと思っているが、まだ実践していない持続可能な行動にあるのでしょう。政府、業界、消費者レベルに見られる活動や機会を考察することは、この層における潜在的な変革の可能性を理解するために必要です。

1、再生可能エネルギー

調査によると、日本に住む人の33.7%が再生可能エネルギーへの転換を希望していることがわかりました。

日本政府は、1990年代後半に市場の段階的な規制緩和が始まって以来⁴、2050年までにカーボンニュートラルを達成するためのクリーンエネルギー戦略とエネルギーミックスの多様化に対する取り組みの一環として、再生可能エネルギーの開発を積極的に働きかけてきました。⁵

注目すべき取り組みは再生可能エネルギーの市場浸透に対してインセンティブを提供するために、2012年に導入された固定価格買取制度(FiT)です。この制度は、太陽光発電などの再生可能エネルギー源から生成された電力に対して保証された買取価格を提供することで、さらなる再生可能エネルギーの市場拡大に貢献する仕組みです。

このしくみは確実に自然電力グループ、Looop、TRENDEなど、再生可能エネルギーの新たな開発者や小売業者の市場参入を促進しました。日本の大手エネルギー供給会社や新興企業が関心をもつ関連イノベーションとして、ブロックチェーン技術を使用して個人や企業が余剰再生可能エネルギーを相互に直接売買できるようにするピアツーピア(P2P)エネルギー取引があります。

再生可能エネルギーへの切り替えの利点について消費者に周知して、行政上の障壁を下げ、全国的に導入を促進するためにインセンティブを提供するという効果的なチャンスを捉えたと見ることができます。

2、 持続可能な住宅
環境に優しい自宅用電力を選択することも大切ですが、持続可能性がより考慮された住宅を選択することは、消費者にできる環境に最も良い影響を与える選択のひとつといえます。

2023年の調査では、28%の人がよりエネルギー効率の高い家へのリフォームを希望しており、また22.1%の人がより持続可能な家への転居を考えていることがわかりました。

注目すべきは東京都が2025年からすべての新築住宅にソーラーパネルの設置を義務付ける政策を発表したことです。この政策は再生可能エネルギー推進を一層加速させることでしょう。

これを受けてメーカー各社は、快適なデザインや快適性を備えたエネルギー効率の高い住宅を開発しています。この分野を牽引する積水ハウスは、これまでに76,000棟以上のZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)を建設しており、2022年には新築戸建住宅のうちネット・ゼロ・エネルギー住宅が93%に達しました。

しかし、環境的にも経済的にも持続可能でない「使い捨て住宅」から脱却して、住宅を長い間大切に、維持・改装して住み続けるという文化的転換には残念ながらいまだに至ってはいません。

3、ジェンダー平等

国連の持続可能な開発目標(SDGs)のひとつであるジェンダー平等に対して、日本では「大きな課題が残っている」⁶とされています。そのため、日本政府は男女平等の問題に取り組むために多方面と協調しながら様々な努力を続けています。

ファブリックの2023年の調査では、27.4%の人が男女平等に向けて貢献したいと回答しています。

改善の余地はあるものの、2013 年に当時の安倍首相が立ち上げたウーマノミクス構想によってジェンダー平等に関するいくつかの進歩が見られました。中規模から大規模企業にはジェンダー統計の開示と女性のエンパワーメントのための行動計画を明らかにすることが義務付けられました。手厚い育児休暇制度の導入や保育施設の増加など、出産後の女性の職場復帰が促進されました。さらに、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)もESG投資を開始し、投資市場に影響を与えています。⁷

国内外の圧力に直面し、より多くの日本企業がダイバーシティ、公平性、インクルージョンに関する方針を策定し、女性の採用増加と昇進を図り、男女間の賃金平等に取り組み、従業員リソースグループを立ち上げています。

消費者は、企業が提供する新たなジェンダーに関する制度を利用するだけでなく、女性経営の企業や、経済産業省と東京証券取引所が女性の活躍推進に優れた企業に名付けた「なでしこ銘柄」に選ばれた企業を支援することもできます。⁸日常の行動に影響を与えるという点で、企業は社内外のコミュニケーションにおいてジェンダーに関連する固定観念を排除し、新しい規範を生み出すことで重要な役割を果たすことができます。

4、 電気自動車

2023年の調査では、31.2%の人が将来的に電気自動車に乗り換えたいと回答しています。

政府が掲げる2050年温室効果ガス排出実質ゼロ方針を実現する一つの要素として、環境にやさしい自動車の開発があります。2023年までに日本で販売される全ての自動車がクリーンエネルギー車(CEVs)になると予想されます。これにはバッテリー電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池電気自動車(FCEV)が含まれる可能性がありますが、ハイブリッド車(HEV)は含まれません。政府はこのような車を購入する消費者に対して80万円の補助金制度を設けています。⁹

グローバル市場においては2023年までに35%を電気自動車に切り替えるように計画されており、主に欧州、中国、米国がその流れを牽引していますが、日本は立ち遅れています。日本では電気軽自動車が市場を牽引していますが、中国では39%に達している電気自動車市場も、日本では未だ3%に留まっています。¹⁰

国内の自動車会社の技術革新は、待望のゲームチェンジャーとして期待されているものです。多種多様の意見があるなか、トヨタは燃料電池にこだわってきましたが、戦略を変更し、2021年12月にBEVのフルラインナップを発表し、燃料電池以外にも多様な選択肢を用意するという堅実な技術革新を2023年7月に表明しました。新しいバッテリーは充電時間10分、航続距離1,200kmで、5年以内に量産予定であるとされています。¹¹EVの利便性の向上と競争の促進は、政府の補助金の追加増額とともに、自動車業界内で消費者の選択に劇的な変化をもたらす可能性があります。

一般的に消費者は大きな経済的負担がかかるような(それは大きなインパクトを与えることができることだとしても)投資より、プラスチックの袋やボトルを使用しない、といった小さな行動を好む傾向があります。その中で、例外として、消費者がEVに関心を持ち始めていることは重要な動きだといえるでしょう。自動車が高価であること、融資制度、耐久性、減価償却などが消費者に自動車の長期保有を促しているので、自動車市場の急激な変化は容易には起こりにくいからです。

5、インパクト投資

2023年の調査では、22.8%の人が「将来的には持続可能な企業に投資したい」と回答しました。

日本のインパクト投資市場はまだ世界全体の4%に満たないのですが、急速に成長しています。投資額は2021年の1.3兆円から2022年には5.8兆円と4倍以上に増加しており、これは投資水準の向上と新たな投資機関の増加の結果です。¹²さらに、調査対象となった投資機関の84%が今後数年間でインパクト投資を増やす予定であり、継続的な成長を示しています。

日本政府は積極的なインパクト投資を促しており、税制優遇措置の提供、規制緩和、民間投資の促進を通じてイノベーションを前進させるソーシャル・インパクト・ボンド(初期投資を民間資金で行う、社会課題解決の事業を展開するシステム)の推進などに取り組んでいます。

企業レベルでは、資金運用会社からベンチャーキャピタル、大手銀行、保険会社に至るまで、日本でインパクト投資に取り組む組織が増えています。¹²日本の主要銀行はすべてインパクト投資に積極的にファンドも提供していますが、認知度と理解を高めるためには、より明解なコミュニケーション活動が必要でしょう。

インパクト投資は、個人による投資が影響力を拡大する上でも重要な役割を持ちます。人々や地球によりよい影響を与えるインパクト投資を推進する、グローバルネットワーク組織GSG(The Global Steering Group for Impact Investment)によると、すでにある程度の投資経験を持っているZ世代とミレニアル世代の間では最も認知度が高く、大半が気候変動の緩和やヘルスケアに関連した投資となっています。¹²

インパクト投資の透明性やそのリターンについてはまだ議論の余地がありますが、この市場はまだ初期段階にあるので今後、順調な成長が期待されます。

変革のスピードと形

サステナブルな変革を進めていくのは日本に限らず容易なことではありません。変革を典型的なS字曲線を描くように進行させることは、可能に思えるかもしれませんが、変革過程を精査してみれば実際には様々な困難がいくつも待ち受けていることがわかります。

サステナブルな変革とは、様々な困難があらゆる変化の過程で顕在化し、紆余曲折を経て複雑に構成されていくものです。この変革を示す要素は動きが速く、すでに加速度的な動きとなっています。

再生可能エネルギー(回答者の33.7%)、サステナブル住宅(同22.1%)、男女平等(同27.4%)、電気自動車(同31.2%)、インパクト投資(同22.8%)などは社会面、環境面、そして経済面において大きなインパクトを生むものであり、大多数の人が変化を望んでいます。

重要なことは、こうした人たちが実際に行動に移しているとはまだ言えないことです。ここにこそ、政府や企業が効果的で明確なポリシーをもって発信し、周知して、戦略的介入をすることによって変革を促すことができる可能性があるということです。

こうしたさまざまな変革に見られる転換点と大きな効果を期待できる変革の要素が融合すれば、今後数年間で日本全体の変革ペースが加速していく可能性があると思われます。


参考文献

  1. Allen, C., Malekpour, S. (2023) Unlocking and accelerating transformations to the SDGs: a review of existing knowledge. Sustain Sci 18, 1939–1960. Available at https://doi.org/10.1007/s11625-023-01342-z

  2. Meadows, D (1999) Leverage Points: Places to Intervene in a System. https://donellameadows.org/archives/leverage-points-places-to-intervene-in-a-system/

  3. The Guardian (2021). Meat accounts for nearly 60% of all greenhouse gases from food production, study finds. https://www.theguardian.com/environment/2021/sep/13/meat-greenhouses-gases-food-production-study

  4. Tokyo Gas (2023) Deregulation of the Electric Power and Gas Markets. https://www.tokyo-gas.co.jp/en/IR/library/pdf/anual/17e06.pdf

  5. JapanGov (2023) Clean Energy Strategy to Achieve Carbon Neutrality by 2050. https://www.japan.go.jp/kizuna/2022/06/clean_energy_strategy.html

  6. Sachs, J.D., Lafortune, G., Fuller, G., Drumm, E. (2023). Implementing the SDG Stimulus. Sustainable Development Report 2023. Paris: SDSN, Dublin: Dublin University Press, 2023. 10.25546/102924

  7. Matsui, K. (2023) ‘Womenomics’ can bring women back to the workplace after COVID. https://fortune.com/2022/05/10/japan-womenomics-gender-equality-covid-economic-recovery-kathy-matsui/

  8. Nadeshiko Brands Selected for FY2022 (2023). https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0322_001.html

  9. ITA (2021) Japan Transition to Electric Vehicles. https://www.trade.gov/market-intelligence/japan-transition-electric-vehicles

  10. Mainichi (2023) Global EV sales to jump 35% to record 14 million units in 2023: IEA. https://mainichi.jp/english/articles/20230513/p2g/00m/0bu/020000c

  11. Davies, R. (2023) Toyota claims battery breakthrough in potential boost for electric cars (2023). https://www.theguardian.com/business/2023/jul/04/toyota-claims-battery-breakthrough-electric-cars

  12. The Japan National Advistory Board, The Global Steering Group for Impact Investment. (2022) https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/gsg-2022_en.pdf


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。

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