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Interview#63 ニューヨークのテイスト。ロブションさんの思い出。

食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う企画、第63回64人目は、巨匠ジョエル・ロブションのもとでロブション世界初のパン専門店の統括シェフを務め、ニューヨークでも系列店のパンを焼き、帰国して自身の店、ブルーポピーベーカリーを開業した山口哲也さんにお話を伺いました。

ニューヨークのテイスト。ロブションさんの思い出。

ブルーポピーベーカリー オーナーシェフ 山口哲也さん

ブランチにポップオーバーとビスケット

ポップオーバーは、一緒に働いていたフランス人シェフから教えてもらいました。ニューヨークの「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」のブランチで出そうと話していたのですが、計画がなくなってお蔵入りに。それをうちで出すことにしました。ポップオーバーの中はシュー生地のように大きく気泡が開いて空洞になっていて、サクッとしつつ中はしっとりした軽い食感で、塩気があります。食べる前に軽く焼き直し、外側をカリッとさせるのが、よりおいしいと思います。
 
これは何にでも合いますよ。サラダやハッシュブラウン、卵料理、ステーキ、ジャムや蜂蜜、クレームエペス(サワークリームの仲間)やチーズまで。今日はイタリア直送のリコッタチーズにオリーブオイルをちょっとかけて、胡椒を挽いてサラダを添えました。塩味のビスケットも、アメリカではよく見るアイテムです。チェダービスケットはそのアレンジです。チェダーチーズと玉ねぎのような香りのするチャイブ、カイエンヌペッパーの辛味を効かせています。

ぼくがこういうものをつくるのは、アメリカのおいしいものを忘れないようにするためです。どうしても時間が経つと記憶は薄らいできてしまうので。渡米したばかりの頃は、あまりおいしいものがない印象だったけれど、それは知らなかっただけで、開拓していくといっぱいありました。こういう歴史を経てこんな味になっているというようなことを知ると、そのおいしさもわかるようになっていきました。

アメリカ東海岸は、パンに関して西海岸より保守的かもしれない。ジューイッシュ系とイタリア系のルーツの人々が多いので、やっぱりベーグルとかフォカッチャ、チャバタが好まれて、サワードウのパンは正直それほど好まれない。中身しか食べないとかね。そんなお客さんもいっぱいいましたよ。バブカも流行りというより昔からあるもの。ずっと親しまれていて一日何百本と売れている店もありました。クロナッツみたいに一時的な流行りものもありますけどね。

シュクレサレの感覚

パテ・ド・カンパーニュをオリジナルのマーマレードと一緒にクロワッサンにサンドしてコルニッション(小さいキュウリのピクルス)を添えたものとか、フォカッチャのフレンチトーストにローズマリーとベーコンとメープルシロップとか、甘じょっぱい系のアイテムはアメリカでも人気の組み合わせです。日本でも昔から砂糖醤油の文化があって、みたらし団子がありますね。フランスだとクイニーアマンもそうです。甘味や塩味をうまく組み合わせるシュクレサレの感覚は世界共通に、無意識に求められていると思うんです。

ロブションさんの思い出

ロブションさんはパンのことをいつも「母の愛の象徴」と言っていて、子供の頃の話をしてくれました。お母さんが大きなパンを胸に抱えて、その位置でカットして自分たちに分け与えてくれたのが、自らの身を削ってくれているように見えたと。パンは愛を分け与える、あるいは分かち合う象徴として、レストランでもすごく大事に考えられていました。「お母さんが我が子に料理するように、あなた方もお客さまに料理をしなさい」と、ロブションさんは仰っていました。

ぼくがロブションさんのレストランに入った当時は、フランス的なものに厳格というか、フランスにないものはつくるなというスタンスだったんです。でもラトリエを世界で展開するようになって、ロブションさんもあちこちへ行かれて、きっと発見があったんでしょうね。考え方がより柔軟になって、それで変わりましたよね。カレーパンもつくりましたから。

パン・オ・ショコラのバリエーション

店で今、一番人気があるのはパン・オ・ショコラです。アメリカでパン・オ・ショコラにバトンでなくタブレットのチョコレートを使っているのを見たことがあって、おもしろいからやってみようと思って、ヴァローナのカタログを見ていたら、これもおいしそう、あれもおいしそうと、いろいろな味を食べてみたくなるじゃないですか。それならいっそ全部つくってしまえばいい、となってチョコレートだけ変えた5種類くらいを毎日並べることになりました。

ぼくはこれ、ちょっと邪道な食べ方をします。チョコがパリッとしたのが好きなので冷蔵してしまうんです。生地も少しムチっとなって、うちの娘も好きです。
食べ方といえば、食パンのトーストにバターをたっぷり、その上に海苔もたっぷり4枚くらい重ね、敷きつめて食べるのも好きです。

山口哲也 ブルーポピーベーカリー オーナーシェフ

1971年東京都出身。慶應義塾大学卒。「シェ・リュイ」(恵比寿・祐天寺)を経て1998年「タイユバン・ロブション」(恵比寿)より巨匠ジョエル・ロブションのもとでパンに携わる。2003年「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」(六本木)などでパン部門の統括シェフに就任。2012年ロブション世界初のパン専門店「ル パン ドゥ ジョエル・ロブション」(渋谷)のシェフを務める。2015年よりニューヨークへ。ロブションの他、グループレストランのパンのシェフとして活動。2022年4月に独立して東京・二子玉川で「ブルーポピーベーカリー」開業。

NKC Radar vol.96より転載

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