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Interview#60 新しい郷土料理と小肌のサンドイッチ

食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う企画、第60回、61人目は吉祥寺「にほん酒や」の高谷謙一さんにお話を伺いました。「あの材料がないからできない」という考えかたではなく、あるものでつくること。あるものをあの材料に見立ててつくること。自分のいるその環境から生まれる味は、新しい郷土料理になる。そんな考えかたがほんとうに素敵です。

新しい郷土料理と小肌のサンドイッチ

にほん酒や 店主 高谷謙一さん

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パンと日本酒

 ぼくが店を始めたのは、日本酒に淡麗辛口だけでなく、いろんな味が出てきていて、楽しまれるようになってきた頃だったので、料理も和食に限定せずにやってきました。パンを使うこともありますよ。カウンターで一人、あん肝のペーストをのせたパンをアテに、熱燗を楽しんでくださっている年配の方も結構いて、近未来的でいいなぁと思います。

 発酵というキーワードで考えれば、パンも日本酒と同様に酵母を使いますし、乳酸のニュアンスもあり、相性がいいんです。パンに合わせるのは、なるべくカタカナではなく漢字の食材にしています。

 友達の家に集まるときは、地元の「ダンディゾン」や「エペ」でバゲットを買って、生魚と合わせるのが好きかもしれないです。生しらすとトマトでブルスケッタみたいにしたりとか。魚や野菜、果物は、季節感が出ますよね。甘さよりちょっと酸味のある食材がいいです。

 今日は小肌と子和えのサンドイッチをつくりました。子和えは青森の郷土料理で、にんじんとたらこの他に白滝や砂糖も入るんですが、この五寸にんじんがおいしいので、薄口醤油だけでサラッと味付けしています。ラペでも、しりしりでもいいんですが、子和えをつくってあったので、使いました。それから愛知のかりもり(堅瓜)の漬物もアクセントに挟みました。パンは山梨の「オオトパン」に送ってもらっています。

 こういうのって、結婚みたいなものだとぼくは考えています。青森に北欧からお嫁さんが来て、サンドイッチをつくろうというとき、小肌を鰊(にしん)に、白パンを黒パンに見立てるわけです。「あの材料がないからできない」ではなくて、元のレシピとは違っても、そこにあるものを活かす。見立てができれば楽にもなりますよね。環境から生まれる味は、新しい郷土料理になるんじゃないかと思うんです。

新しい郷土料理

 東京でいま、これだけモノがあふれているなかで、自分が料理する意味を考えたら、まわりにあるもので料理して、買い足さないという不便な状況にしたほうが、やりがいがある。在来種、伝統野菜などを扱う青果店から届く野菜も、天然鮮魚専門店の魚も、その日になるまで何が手に入るかわかりません。「今日はこれがあるから」という外的要因でつくるというのが自分ならではで、いいかなと思っています。

「納豆オイル」もそんなふうにして生まれました。中華をつくるのに豆豉がなかったけれど、まかない用に買ってあった納豆があったんです。納豆はすでに発酵しているものだから、これで豆豉(とうち)をつくってしまおうと。素揚げして粘りを取り、蝦醤(かぴ)でニュアンスを足しました。ここにハリッサの辛味を効かせて、今日はサンドイッチのソースにします。

フランスの日本酒

 このサンドイッチに合わせるのは、グレゴワール・ブッフさんが2016年にフランスでつくった「一心」という日本酒です。ちょっとずるいですけど、フランス人がつくったって言ったらパンに合いそうじゃないですか。寝かせたお酒は、シェリーや洋酒の雰囲気もあります。いまでは熟成して本当にいい酒になっているんですよね。

 このお酒が初めてつくられたこの年、温度などの環境がすぐには整わなかったフランスで、杜氏の若山健一郎さんは、日本酒というより昔ながらの発酵食品をつくる方法をイメージして、酵母を水分でコントロールすることを考えたそうです。発酵というのは、自分自身はなんの才能もなくても、環境を整えてあげれば、ちゃんとゴールまで連れて行ってくれるものなんですって。めちゃくちゃ格好いいなと思いました。

熟成する店づくり

 発酵食品のいいところは、時間が経つとわかります。熟成していい味になっていくんです。お店も、時間が経てば、料理だって接客だってうまくなっていくはずじゃないですか。でも変な話、飽きられるってことはあって、どんどんうまくなるのになんで飽きられるんだろうと考えると、それは店が発酵の過程に即していないからなのかもしれません。パッと流行りものを使って一、二年流行らせることはできても、どこかで落ちていく。そうじゃなくて、年を経れば経るほどよくなる店づくりがあるはずです。熟成の過程で味のバランスが悪くなる時期もあるので、いまはちょっと置いておこう、と考えることも大事です。急ぐ必要はまったくないんです。

高谷謙一 /  にほん酒や 店主

1979年青森県出身。高校の情報技術科を卒業し、システムエンジニアとして企業に勤めるも、方向転換して飲食の世界へ。飲食店スタッフとしての約10年の修業の後、独立。2009年、吉祥寺に日本酒専門の「にほん酒や」開業。燗酒、郷土料理、江戸料理、朝食などのイベントのほか、フランスで燗酒のプロモーションも。常に新しい日本酒専門店のかたちを模索している。

NKC Radar vol.93より転載

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