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Interview#62 世界一のパン職人大澤秀一さん(Comme’N )の考えかた

食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う企画、第62回63人目は、世界トップクラスのパン職人がその技を競う「ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン」で2023年、総合優勝を果たしたComme’Nの大澤秀一さんにお話を伺いました。

おいしいとわかったら、もっとおいしい状態で食べたくなる

パン職人 大澤秀一さん

知らなかったパンの世界へ

実家のパン屋を手伝って小1の頃から揚げパンを作り、小3では包餡もしていたので、父に言われて18歳で奈良に修業に出た時は、結構自信がありました。でもシェフという言葉は知らなかったし、憧れるシェフのところで修業するという概念もまったくなかった。

その頃、一緒に働く人の薦めで神戸のコム・シノワ(現 サ・マーシュ)の西川功晃さんの『パンの教科書』を買いました。人生初のパンの本です。そこに載っていたものと、自分が今までパンだと思っていたものがあまりにも違い過ぎて、なんだかすごいと思ったので、すぐに神戸にパンを買いに行きました。

色濃く焼きこんでいるのに硬くも苦くもなく、柔らかくてやさしい感じがするところが、その違いでした。

独立してから、お客さんに「おいしい」と喜ばれても、それは父が作った配合や修業先で覚えたことをただそのままやっているだけで、なぜおいしいのか自分にはわからなかった。どういう配合にするとどうなるのか、ちゃんとパンの勉強をしないとだめだなと思っていた矢先に、店が入っていた施設が閉業してしまった。

その時、初めて自分の意思で修業に出ようと思ったんです。

西川シェフのところに行って断られたらパン屋をやめる覚悟で、店を閉めたその夜にそのまま夜行バスに乗って「サ・マーシュ」に行きました。

タイミングよくちょうど人が辞めたところだったので、すぐに働けることになったんですが、最初に生地を丸める作業をした時、メチャメチャ怒られました。自分には、そんなの息をするようなものだったので、まさか怒られるとは思わなかったですよ。今は理由がわかりますけどね。シェフはパン生地をヒヨコとか赤ちゃんの手のように扱うんです。それをいきなりガーッと丸めたら、怒られますよね。

ハード系のパンはそんなに好きじゃなかったんですが、西川シェフのパンを食べて、おいしいとわかったら、もっとおいしい状態で食べたくなって、トースターを使うようになりました。

それまでパンは、店に売られている状態のままかぶりついていて、スライスしたことすらなかったんです。

ハード系のパンはスライスしないまでも、一口大にちぎりながら食べてほしいと思っています。その方が絶対においしい。かぶりついてしまうと、違うものになってしまうから。

パンを絶対、無駄にしない

クリームパンは人気があるのでよく売り切れてしまいます。追加するために生地にクリームを包んで発酵をとって焼き上げて、とやっていると3、4時間はどうしてもかかってしまうんです。

パンは他にもいっぱいあるんだから、他のパンにクリームを挟めばいいと思いました。それを「本日のクリームパン」として売れば、お客さんにもいいし自分たちにもいい。ケークブリオッシュで作ったクリームパンは評判がいいです。

ケークブリオッシュは、余って加工しようのない菓子パンをミキサーに入れて、ブリオッシュ生地に練り込んでいます。食品を捨てるのは絶対だめ。うちはたくさんパンを作っているけれど、無駄にしていないんです。

「気まぐれジャンボンブール」も、ハムを挟むパンをバゲットだけと決めないで、お客さんの好きなパンにしています。芦屋のメツゲライクスダのハムと、風味がしっかりあるのにスッキリした味わいの北海道産フレッシュバターを使っています。

日本らしさについて考える

自分が生まれ育った環境は食パンがあって、メロンパンなど甘いパンがいっぱいあって、ハムロールやコーンロールがあって、焼きそばパンがある典型的な日本のパン屋です。

やっぱり自分は日本人で、何も考えずにただ好きなパンを食べていいよってなったら、そっちなんです。なかでも焼きそばパンは日本ならでは。ただ普通に作るのじゃつまらないから、青海苔と紅生姜を生地の中に練り込んでいます。子供によけられがちなものを残せないようにしてやろうって。そうすると食べるきっかけになるんです。おいしいものなんだってわかる。カレーパンには福神漬けを入れていますよ。

日本らしさって、何をやってもいいってことだと思うんです。フランスは守らなきゃいけないものがあるから、そういうことはできないと思うんですよ。でも日本はご飯の国だから、何をやってもいいところがある。いろいろやったらいいと思います。お客さんがそれを柔軟に受け入れてくれる時代です。

守らなければならないことといえば、子供に食べさせられないようなものは作らないということかなと思っています。

第3回 ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン優勝チーム

大澤秀一  パン職人

1986年群馬県生まれ。神戸「サ・マーシュ」西川功晃シェフに師事。群馬・高崎の駐車場に建てられたプレハブ小屋に「Comme’N」を開業し、パンの世界大会出場を目指す。2019年「モンディアル・デュ・パン」で日本初の総合優勝を果たす。東京・九品仏に2020年「Comme’N TOKYO」を、2022年「Comme'N GLUTEN FREE」をオープン。2023年3月、「モンディアル・デュ・パン」上位チームで再び技を競う「ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン」でも優勝。二連覇に輝く。

NKC Radar vol.95より転載

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