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雪輪と白梅の気分

February14, 2019

好文棚という、側面に梅の透かしのある棚の前で、濃茶を点てさせていただいた。好文とは、梅の異名だそうで、晋の武帝が学問に親しむと花が咲き、怠ると咲かなかったことに由来するという。先月はねじり梅の平たい水指を使わせていただいた。先生のところでそうやってひとつひとつ、おもしろいかたちに触れさせてもらう。

知ろうとすれば、そこにはざまざまな物語が潜んでいることを知る。知らないまますませることもできる。知りたければ扉が次々に開いて、新しい景色が見える。新しい、けれどとても古くからある景色。

昨日「和雪香」のことを考えていたので、着物も梅と雪にちなんだものにしたいと思って、雪輪の着物を出しておいた。梅は帯揚げの中に忍ばせた。ほとんど見えなくても梅の季節を積極的に楽しむ。こういう楽しみは自己満足だ。

きものの柄ゆきは季節を先取るので、梅は一月の頃がいいけれど、梅も桜も日本の花の代表格、抽象化した形ならばほかの季節でも許されると思う。

雪輪の紋様も抽象化だ。雪輪は雪の結晶を抽象化したものと思い込んでいたが、数年前に何かで読んだのは、雪が枝から落ちたときのかたちとか、枝に残って溶けかかったかたちとかいう説だ。雪の結晶というものが認識される時代以前からある意匠だから。言われてみればその方が信憑性がある。

そんなわけで、今日は雪と梅をテーマにして着ることで、古の時代とリンクする。



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